第24話 図書館に行こう
足立は廊下をひたすらに走っていた。息が上がり、早まる鼓動に胸が苦しくなる。足が思うように上がらない。
その後ろから、ドタドタと追いかけてくるひとつの影。距離はどんどん詰まっていく。
進めども進めども、廊下の終わりは見えてこない。そのことに違和感を覚えながら、ひたすらに足を動かしていく。追いつかれまいと必死に体を動かしていく。
だが、影の速さは尋常ではなかった。気づけば、既にものさしで測れるほどの距離まで迫っていた。
影から伸び始めた手が肩に触れる。その瞬間、足が石になってしまったかのようにぴくりとも動かなくなった。前のめりになった上半身を、肩を掴んだ手がぐっと引っ張る。反動でメガネが落ち、ぼやけた天井が視界に映る。
「誰だ!?」
後ろを振り返ると、すぐに言葉を失った。顔半分の皮膚が剥がれた人物が何も言わずに立っていた。その人物はこちらをじっと見つめると、やがてそのむき出しになった歯を大きく開いた。
体を突き放そうとする。が、どういうわけか力が全く入らない。何度も振りほどこうとするが、思うように体が動いてくれない。自分の体なのにまるで他人の体を無理矢理操ろうとしているような、違和感極まりない感覚だった。言うことを聞かない体に焦りを覚える中、大きく開いた口は既に頭の半分を覆い尽くさんとしていた。
口の中には底の見えない闇が広がっていた。それをじっと見ているとなんだか吸い込まれそうな感覚に陥った。
「っ!?」
落ちかけた意識を取り戻したその時、上下に開いた歯が一瞬にして閉じた。
「はっ!?」
目を開くと、自分の部屋が視界に入った。背中が汗でぐっしょり濡れているのが分かった。
「夢か……」
両手で何度も首を触り、頭を軽く横に振った。
悪夢を見たのは久しぶりだった。手がまだ震えているのが見て取れる。夢というのは脳がその日の情報を整理する過程で見るものだという話を聞いたことがあるが、せめてもう少しホラーテイストを抑えたものにできなかったのだろうか。
嫌な気持ちを晴らすべくカーテンを開けると、まぶしい朝陽が室内に差し込んだ。日の光を浴びていると、心に詰まった不快感がほんの少し和らいだ気がした。
残りの鬱憤をぶつけるような形で残りの宿題を一気に進めた後、足立は荷物を持って家を出た。向かった先は図書館だ。
加賀山図書館は家と学校との間に位置している。決して大きくはないものの、駐車場が整備されているということもあり、休日は子連れの人をよく見かける。
無論、足立も小さいころはよくここに連れてきてもらっていた子どもの一人だ。あの時から本のラインナップはずいぶん変わったみたいだが、絶妙に古くさい建物の様子は昔と全く変わらない。図書館中に広がる古本独特の香りも当時のままだ。
受付の近くに貼られている地図で目的のコーナーがある場所を確認していると、思いも寄らない声が飛んできた。
「足立?」
名前を呼ばれて振り返ると、たくましい体に似合わぬかわいらしいエプロンを身につけた先輩と目が合った。普段は見ないようなその格好を見た瞬間、これから何をしに行くのかもすぐに理解した。
「山城先輩。もしかして、ボランティアですか?」
「そうそう。今から読み聞かせに行くんだ」
そう語る山城の手には絵本が何冊か抱えられていた。一番上に乗っていた絵本は、自分も小さい頃に読んだことのあるものだった。たしか、2匹のクマがパンケーキを作る話だったはずだ。
「あら、足立くんじゃない。図書館にはよく来るの?」
スタッフ専用の部屋から現れた星守も本をいくつか抱えながら話しかけてくれた。
「いえ、たまたま今日ちょっと調べ物をしようと思っていまして……。なので、先輩がボランティアをやるのが今日だというのを初めて知りました」
「む、そうなのか。そういえばボランティアをやることだけ言って、日にちは言ってなかったな」
「はい。なので、さっき山城先輩に会ったときも内心驚きました」
小声で談笑にふけっていると、図書館のスタッフらしき女性が山城の肩を叩いた。
「星守。そろそろ時間だ」
「分かった。それじゃ、頑張ってね」
小さく手を振ると、2人は談話室へと向かっていった。その背中を見送りつつ、足立は幼い頃に来ることのなかった専門書のコーナーに足を運ぶ。今日ここに来た目的はずばり、加賀山の歴史について調べるためだ。昨晩、おじいさんが口にしていた「呪われた土地」という言葉。その話の真相を確かめるべく、関係のありそうな本を3、4冊手に取った。
それらを腕に抱えながらよさげな席を探していると、談話室から元気な声が聞こえてきた。その方に目を向けると、2人の先輩が子どもたちに囲まれながら絵本の読み聞かせをしている様子を捉えた。星守が一段と優しい口調で絵本を読み進め、山城が膝に乗っけた子どもと一緒にそれに聞き入る。普段ではなかなか見られない光景をぼーっと眺めつつ、近くの席に腰を下ろした。
持ってきた本のひとつを開く。『加賀山の歴史』と題された本だ。こういうローカルな本が無料で読めるのも図書館のいいところである。ページをめくりながら関連のありそうな記述がないか探していくと、加賀山高校のことに関する記述を見つけた。加賀山高校にはどうやら前身となる学校があったようだ。名称は『加賀山小学校』。創立1925年。当時、周辺に住む多くの生徒が通っており、日々賑やかな声が聞こえてくるような場所だったという。
へえそうなんだ、と驚きながらページをめくると、いくつもの古めかしい写真が現れた。それらに顔を近づけて確認していくとふと、見覚えのある写真に目が奪われた。
(この集合写真、あれと同じだ)
足立の頭には古びたアルバムの1ページが浮かんでいた。木造らしき校舎の前で並ぶ子どもたちの写真だ。縮尺が小さくて見づらいが、その構図も後ろに立つ立派な校舎も記憶にあるものと遜色なかった。
さらに記述を読み進めていくと、驚くべき事実が書かれていた。何でも戦時中は疎開先としてこの学校が使われていたというのだ。足立の目に付いた集合写真はその時に撮られたものらしい。もんぺ姿や少し痩せこけた人が多いのを見ると、戦時中の写真だと言われてもたしかに納得がいった。その後、校舎は不慮の火事で焼けてしまい、戦争が終結するまで建て直されることはなかったという。終戦から1年が経った頃に当時のGHQの指導の下、校舎が建て直されたことで加賀山小学校は復興の兆しを見せたらしいが、そのわずか半年後には再び閉校したようだ。
加賀山高校が開校したのはそこからさらに数年が経過し、高度経済成長期へと突入した時期になる。それまでの空白の期間で何があったのかや、なぜ小学校が閉校したのかについては本に書かれていなかった。
その後も持ってきた本を次々に開いたが、どれもめぼしい情報は得られなかった。やっと見つけたと思っても、扱いのずさんな誰かによってページが破れていたり、そもそも紙の劣化で資料が見えづらかったりといったものがほとんどであった。
これ以上の情報は得られなさそうと判断した足立は席を立ち、ひとまず持ってきた本をしまっていると横から声をかけられた。
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