第22話 夜を待つ間に
「ごめんなさい。なかなか鍵が見つからなくて、ってあら?」
倉庫の扉が開いているのを見た佐々木先生は戸惑いの表情を見せた。手に握られた鍵の束がむなしく音を立てる。
「あ、先生。実は鍵が開いていまして、中にこんなものが入っていたんです」
先ほど手に入れた紙を見せると、先生はますます首をかしげた。
「何かしら、これ? 地図に書いてたマークも書いてあるし」
「先生は知らないんですか?」
「ええ。こんなものを作った覚えは少なくとも記憶にない」
佐々木先生も知らないものとなれば、今すぐの解決は難しそうだ。
紙と地図をじっと見比べていると、星守が「そうだ」と指を立てた。
「せっかく集まってることだし、今日の夜にでも探してみない?」
「俺は大丈夫だ」
「私もです!」
山城と中野が即座に返事をし、やや遅れて足立も「いけます」と答える。その様子を微笑ましそうに見ていた佐々木先生が口を開いた。
「それじゃ、私はまだ仕事が残ってるから職員室に戻るわ。何かあったら、職員室に来てちょうだい」
「分かりました。いろいろとありがとうございます」
お礼を述べると、佐々木先生は手を振りながらその場を後にした。その背中を見送りつつ、足立らも生徒会室へと戻っていった。
現在の時刻は13時半。夜が来るまでまだかなり時間があるため、ひとまず各々の宿題を進めることにした。
クーラーから出る涼しい風を浴びながら、足立は数学の問題をひたすら解き進めていく。少し難しい問題も盛り込まれているが、基本を抑えていればそう詰まることはない。最後の問題に赤ペンで丸を入れると、大きくぐっと伸びをした。
「う~……。ん~? むー」
「なんだ? 難しい顔して」
そう尋ねると、中野は突然シャーペンを放り出して天を仰いだ。
「全然分かんない! もう数学やりたくない」
「ちょっと見せて。──あ~、これは平方完成のやり方を間違えてる。それに、一個前の問題も計算ミスしてるよ」
「ええ!? せっかく頑張って考えたのに」
中野は肩をがっくり落とし、机にべたーっと倒れ込んだ。
「大丈夫。焦らずひとつひとつやってけば解けるようになるさ」
それからしばらくは中野につきっきりで勉強を教えた。数学は特に苦手なようで、少し進んでは止まって、また少し進んでは止まっての繰り返しだった。地道な道のりではあったが少しづつ理解はできてきたようで、2時間もするとそれなりの量を進めることができていた。
「ふう。けっこう進んだー!」
「お疲れ様。最初よりかなりできるようになったんじゃない?」
「これも足立くんのおかげだよ。ほんっとうにありがとう!」
屈託のない笑顔を向けながらお礼を言う中野がとてもまぶしく見えた。クーラーが効いているにも関わらず、頬が熱くなる。
「どう、いたしまして」
足立が目をそらしたところで、生徒会室の扉ががらりと開いた。
「お前ら、宿題頑張ってたみたいだからご褒美だ」
山城は手に持ったビニール袋を目の前に置いた。袋の中を除くと、ひんやりとした空気が鼻をつついた。
「え!? アイス買ってきてくれたんですか!?」
「おうよ。好きなの取っていいぜ」
「やったー! ありがとうございます! どれにしようかな~」
袋の中をしばらく物色した中野はバニラアイスを、足立はソーダアイスを取り出して席に座った。残りの先輩方もアイスを取り出す中、2人はそろってアイスの蓋を開けるとスプーンですくって口に運んだ。その瞬間、極上の冷たさが脳天を突き抜け、爽やかな甘みが口の中いっぱいに広がった。
「ん~! やっぱ夏はアイスに限るね」
「同感だ」
「喜んでくれたなら良かったぜ」
アイスを平らげた後はトランプをやったり、今読んでいる漫画について語り合ったりして時間を潰した。中でも驚いたのは、星守と山城がかなりコアな漫画を読んでいたということだ。その漫画はかわいらしい見た目に反して精神をえぐるような描写が随所に見られるため、ネット上では鬱マンガとしてたびたび話題になっている。そんな作品を揃って読んでいるというのだから果たして大丈夫なのだろうか?、と勝手ながら心配になってしまった。
その後は最近公開された人気アニメの映画について話題に上がり、その流れでアニメ鑑賞会が始まった。星守が持っていたタブレットを分厚い参考書に立てかけ、その周りを扇形に囲うような形で並べた椅子に腰掛ける。中野が最近はまっているというアニメをいくつか見ているうちに辺りはすっかり暗くなってきた。
「っと、もうこんな時間か」
「そろそろ動きましょう」
タブレットに地図を表示した星守を先頭に、一同は地図が指し示すところへ向かった。
教室には当然人っ子一人おらず、物音ひとつ聞こえない。明るさ以外は昼間と同じ状況のはずなのに、外で吹く風の音がひときわ大きく聞こえる気がした。
「まずはこの教室からね」
「『神のおわす所』というと、やはりあれでしょうか?」
足立がライトを向けると、小さな神棚が姿を現した。各教室にひとつ備え付けられている、普通の神棚だ。
「あれ、けっこう高いところにありますよね」
「山城先輩、椅子にのって中を確認していただけませんか?」
「おう。任せとけ!」
ガッツポーズを取った山城は近くにあった椅子を神棚の真下に持ってくると、その上に両足をのせた。
「うおっ!?」
椅子がぐらりと揺れ、山城の体が後ろに倒れていく。とっさに飛び出た3人は山城の体と椅子にそれぞれ手を伸ばした。
「ありがとう。助かった」
「いえ。思った以上に椅子のガタつきが激しかったみたいですね」
「いけると思ったんだが、ちょっと甘かったな」
胸に手を当てながら肩を上下させる山城の表情はかなりこわばっていた。
改めて、足立と中野で椅子を抑えている間に、山城は背伸びをして神棚の中を覗いた。
「ん? なんだありゃ?」
スマホで写真を撮った山城は椅子を降りると、皆に見せてくれた。
「これは、数字でしょうか?」
「そうみたいだな。もしかすると、他の教室の神棚も同じようになっている可能性が高い。さっそく確認するとしよう」
そう言った星守が廊下を出たその時、突如「キャーーーー!?」という悲鳴がどこからか聞こえてきた。
「なんだ!?」
「早く向かいましょう。声は上の方から聞こえてきた」
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