第19話 ひとつの仮説

 暑さが頂点に達する昼下がり。足立は汗をダラダラ流しながら学校の門をくぐった。うだるような夏の猛暑に辟易としながら生徒会室に入ると、涼しい風が首を優しくなでた。

まさに手にも昇る心地。その場で立ち尽くしていると、「足立くん?」と声をかけられた。


「何やってるの?」

「……なんでもない」


 頬が再び熱くなるのを感じながら、足立は席に着いた。不思議そうに見つめてくる中野の視線を避けるように水筒のお茶を飲んでいると、今度は威勢の良い元気な声が飛んできた。


「お、もう来てたのか!」

「こんにちは! 部活だったんですか?」

「ああ。もうすぐ練習試合があるからな。格上の相手だが、全力を出せるように頑張るさ」


 ガッツポーズを取ってみせた山城が席につくと、続けて星守が姿を現した。


「みんな、もうそろっていたのか」

「おはようございます! 星守先輩が一番最後なんて珍しいですね」

「そういう日があってもいいだろう」


 星守がいつもの定位置に座ったところで、今日の会議が幕を開いた。はじめは秋に開催する体育祭やOB・OG交流会についての打ち合わせを行った。体育祭については、実行委員会から寄せられた要望を元に、生徒会側で支援できるものを検討するといった内容だった。例年通り、備品の貸し出しやその手配、体育祭の宣伝ポスターの掲示に協力するといった形でまとまった。


「続いて地域交流会についてだが、こっちは今年も難航しそうだ」


 星守の言葉が少しだけ小さくなる。ただ単に小さくなったというよりは、見えない何かが重しとなって言葉を押しつぶしたいった感じに聞こえた。


「やっぱ、じいさんばあさんの数が少ないのか?」

「年配の方にも積極的に参加してもらいたいのだが、依然として消極的な方がほとんどらしい」

「そうなのよ。だからこっちも大変でね」


 扉の方から飛んできた声に一同は顔を向けた。


「佐々木先生。聞いていたのですか?」

「最後の部分だけね」


 佐々木先生はややぎこちない歩き方で入ってきた。


「先生、足ケガされたんですか?」

「あら、バレちゃった?」

「いつもと歩き方がおかしい気がしたので」


 そう指摘すると、佐々木先生は佐々木先生は恥ずかしそうに頭をかいた。


「変に隠しても無駄そうね。実は資料を運んでたらつまづいちゃったの。その時に足をひねったみたい。これぐらいなら昔は放っといても平気だったけど、やっぱり年には抗えないものね」


 ため息をつきながら佐々木先生は近くの壁に寄りかかった。空いている椅子に座るよう勧めたが、「立ったままの方が楽なの」と断られてしまった。 


「しっかし、このままだと去年みたいに子ども向けの企画に力を入れた方がよさそうだな」

「ああ。だが私としては、この企画を起こした先代会長の意思もくみ取りたい。この地域の半数は高齢者だ。交流を深めることで、私たちは勉強では得られない多くのことを学び、年配の方は日々を生きる元気をもらう。この地域にとっては必要なことだと私は思う」


 決して大きくはないが、確固たる意志のこめられた声が胸に響いた。

 手元にある地域交流会の企画書に目を改めて目を通す。開催目的の欄には『人口減少や世代差などの理由によって周辺住民との関係が希薄になる中、交流の場を設けることによってつながりを作り、加賀山地域に活気をもたらすきっかけを作り出す』と書かれている。その下にはさまざまな企画案がずらっと並び、それぞれに対して賛成・反対意見がいくつか添えられていた。


 どの案も夏休み前の生徒会会議で出したものだが、それらを見ていると高齢者が参加しないのはどうも企画のせいではない気がしてくる。子どもからお年寄りまで皆が楽しめるイベント案が多く、賛同するような意見がほとんどだ。ならばと企画以外の部分で原因を考えてみたが、どれも根拠に欠けるものばかりであった。


 このままでは埒が明かないのでこの話はいったん保留となり、話題はいよいよ心霊騒ぎの方に移った。初めに、足立がスマホを中央に置いた。


「実は、人体模型から隠れている際に動画を回していたんです。その中で気になった部分があったので、少し見てもらえませんか?」


 足立はスマホを机に置くと、この間に撮った動画を再生し始めた。人体模型の足音が聞こえたところから始まったその動画を再生している間、生徒会室に小さな緊張感が走る。 

 人体模型が膝を折り始めたところで、足立は動画を止めた。


「ここです。よく見ると、足の一部にたるんでいるところがあるんです」

「ほんとだ!」

「なるほど。たしかにたるみがあるように見えるな」

「人体模型がどんな素材でできているかは分かりませんが、少なくとも膝を折ったときにこうしたたるみが生まれるようなものではないと思います。つまり」


 そこで一呼吸置いてから、続きを口にした。


「何者かが人体模型の着ぐるみのようなものを身に包み、夜な夜な学校を徘徊している可能性が高そうです」


 自分の考えを披露すると、生徒会室に静寂が訪れた。

 皆の顔がこわばっているが、それも無理はない。顔も名前も分からない誰かが人体模型に変装し、目の前に何度も現れたということに少なからず恐怖を感じているはずだ。人間の恐ろしさは時に心霊現象をも凌駕するというが、今がまさしくそのような状況だろう。まだ憶測の域を出てはいないが、幽霊がどうこうという話もよりも現実的だ。


 重い空気が流れる中、最初に静寂を破ったのは佐々木先生だった。


「分かった。このことは他の先生にも周知しておくわ。夜の見回りも強化しないとダメかしらね」

「見回りなんかしてたんですか?」

「ええそうよ。毎日やってる訳じゃないけどね」


 その言葉を聞いた足立の頭の中で、新たな仮説が急ピッチで組み上がっていった。


「先生、G-Studyにファイルを配信できるのはこの学校の先生だけなんですよね?」

「ええそうよ」


 佐々木先生が肯定した様子を見た瞬間、脳内で最後の1ピースがカチャリとはまる音が聞こえた。


「足立くん、何か分かったの?」

「思い返してみてください。G-Studyにファイルが送られてくるのはいつも人体模型がいなくなってからでした。これは推測になってしまいますが、見回りをしている先生の中の誰かがこの心霊騒動を仕立て上げているのかもしれません」

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