第18話 星を見上げる
星守の小さな口から飛び出た話は、足立たちに大きな衝撃と戸惑いを与えた。
「お前、それ、本気で言ってるのか?」
「ええ。本気よ」
「でも、たしかに俺たちは生徒会室に入って、星守を探したんだ! 2人もそうだよな?」
その問いかけを足立と中野は揃って肯定した。
「はい。山城先輩の言ったことに異論はないです」
「私も、先輩と一緒に生徒会室に来たので間違いないです」
2人の後輩からそう告げられると、星守は顎に手を添えて考えるそぶりを見せた。
「なるほど……。足立くん、人形があった場所がどこか教えてくれる?」
「はい、もちろんです」
星守を生徒会室に連れていき、人形が置かれていた棚の前でしゃがみ込んだ。そして、足立は自分の目を疑った。
「そんな……」
人形の姿はどこにもなかった。別の棚や机の下にも目を通したが、髪の毛一つたりとも見当たらなかった。
「嘘だろ」
「逃げちゃった、ってこと?」
震える声で中野が尋ねる。
「そんなのは普通ありえない。きっと、何者かが持っていったんだ」
「ありえないって言うけどよ、足立も動く人体模型を見ただろ? 人形が動いたってもはや不思議じゃねえ」
「しかしそれでは、根本的な解決に至りません」
「じゃあどう説明がつくっていうんだ。星守のことだって」
「やめなさい」
星守の一声が2人の頬をぴしゃりと打った。
「奇妙なことが起きているのは確かだけど、今は言い争ってる場合じゃない」
星守がやや語気を強めると、2人は軽く視線を下げた。
「……すまなかった」
「僕も頑なになってしまってごめんなさい」
「分かれば良いのよ」
腕を組んで頷いた星守の様子を、中野はそわそわしながら見守っていた。その様子に気づいた足立が何か声をかけようとしたその時、皆のスマホに一件の通知が入った。今回もG-Studyに何か届いたようだ。
アプリを開くと、『ありか』と書かれたファイルが新たに入っていた。今までの2つと違い、ファイル名が明確になっている。そのことに警戒心を持ちながら、おそるおそる開いてみた。
「これは、手書きの地図?」
手で拡大してよく見てみる。
中央付近で横に真っ直ぐ引かれた2本の線。その下には四角く区切られた区画がいくつも並び、右から★、◎、■、△というマークが割り振られている。そして左端には何かを示すような赤いバツマークと瞳のようなマークがそれぞれ大きく記されていた。
「構図だけを見ると、学校の教室と廊下を表してそうですね」
「けど、これだけじゃ何も分からんな」
「ここで話し合っても解決しなさそうだから、そろそろ帰りましょ。終電も近づいてることだし」
そう言われてスマホを見ると、時刻は19時半をまわっていた。たしかにそろそろ学校を出た方がよさそうだ。
外に出ると、満点の星空が足立らを出迎えた。夏の大三角はもちろんのこと、四等星ぐらいなら肉眼でもはっきり捉えることができる。さらに夕立などで雲が発生しやすいこの季節、今日の空模様は絶好の天体観測日和だ。もともと今夜は曇り予報だったというのもあるが、天文部の人たちはさぞ悔やんでいることだろう。
「きれいだねえ」
中野が力の抜けたような声で言う。
「あれがデネブで、あれがベガかな?」
「逆だよ。あっちがベガで、その左下にあるのがデネブ。そこから少しだけ右上に辿っていけば、アルタイルも簡単に見つかる」
「へえ〜! 足立くんって本当に頭良いんだね」
おそらく本心からであろう、混じりけのない声で褒めてくれた中野は夏の大三角を何度も指でなぞりながら、「ベガ、デネブ、アルタイル」と何度も呟いていた。
その様子を横目に見ながら前を向くと、先輩2人が楽しそうに話している様子が目に入った。時折、星空を指さしては笑い合う声が何度も聞こえてくる。お互いの距離がかなり近く感じるのは気のせいだろうか?
そう思っているのは足立だけではなかったようだった。
「ねね。先輩たちってやっぱ付き合ってるのかな?」
直球過ぎる。さすがにそこまでは思っていなかった。
「どうだろう? 噂とかでは聞いたことないけど」
「でもあの距離感は絶対そうだよね?」
「うーん。否定はできないな」
いわゆる恋バナの類いはあまり話さないが、たしかに2人の関係性は気になるところではあった。幼馴染みだからと言ってしまえばそれまでだが、心のどこかでその先の進展を期待する自分も少なからず存在している。
中野もどうやら同じ、いや、それ以上に期待を持っているようだ。
「学校を束ねる生徒会長と、懸命に支えようとする幼なじみ。そんな2人がくっつかない要素なんて……。想像しただけで推せるっ」
顔を覆って悶絶したような様子を見せた中野に「妄想はほどほどにしとけ」と呆れ半分の忠告を入れた。最近は身近な人に対して推し活を行うこともあると聞いたが、その感覚は未だに分かりかねていた。
こうしてしばらく歩いていると、やがて加賀山駅に到着した。ほのかに優しい明かりに包まれた駅舎が足立らを出迎える。
「2人とも。気をつけて帰れよ」
「はい。先輩たちもお気をつけて」
反対側のホームに向かう先輩を見送ってから、足立と中野はベンチに腰掛けた。するとまもなくして、暗闇の奥から淡い光が見えてきた。
「今日はタイミング良かったな」
「ね」
ひときわ大きなエンジン音を鳴らす電車に乗り込むと、中には誰も乗っていないことに気づいた。大抵はお出かけしていたらしいご老人や仕事帰りの大人が何人か乗っているため、がらんとしている車内はさらに広く見える。
2人並んで椅子に腰掛けると、電車はゆっくり動き始めた。すっかり暗くなった窓の外をしばらく見ていると、ふと肩に重みを感じた。
その方を向くと、目を閉じて穏やかに眠る中野の頭が近くにあった。今日は精神的にもかなり疲れる夜だったからか、少し動いたぐらいでは目を覚まさなかった。
すーすーと寝息を立てる中野を起こさないよう慎重にスマホを取り出すと、写真フォルダからひとつの動画を再生し始めた。人体模型の足音が聞こえ始めたところから始まったその動画をじっと見つめる中、人体模型の足が目の前に現れたところで動画を止める。そして一コマずつ、ゆっくり動画を進めていった。そして足を折り始めたところで、コマ送りする手をピタリと止めた。
(これは……)
動画を拡大し、止めた箇所の前後を何度も何度も再生する。足立の頭の中で建っていたひとつの仮説が現実味を帯び始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます