第14話 決戦の日
決戦となる夏休み初日の夜。先ほどまで降っていた夕立の湿っぽい香りが色濃く残る中、足立らは今回も校門前に集合していた。
「皆、準備は良い?」
「ああ。バッチリだ!」
「私も、頑張りますっ!」
気合い十分な二人だったが、残る一人から返事が返ってこないことに星守はすぐ疑問を呈した。
「足立? どうしたんだ?」
「あ、いえ、なんでもありません。少し、考え事をしていただけです」
「それはここで言えるようなことか?」
「いや、いまは言うべきではないかもしれません」
「そうか。なら近いうちにでも教えてほしい」
「分かりました」
足立がそう返すと、星守は下駄箱に向かって歩き始めた。彼女について行く間も、足立は頭の片隅で考え事にふけっていた。
実は先日、電車の中で話しかけてきたおじいさんとの会話が終わった後から、足立はその言葉の真意を考えていたのだ。加賀山高校を支えているこの大地が呪われている。そんな話は当然聞いたことがなかった。生徒会の仕事の合間を縫って図書室に足を運んだり、膨大な情報を抱えるインターネットの力を借りたりしてみたが、そんな情報は全くと言っていいほど出てこなった。
あのおじいさんがもうろくしていただけと割り切ることもできたが、それではどうも腑に落ちない。やはり、どこかで真意を探ってみないといけなさそうだ。
下駄箱で上履きに履き替えると、星守はこちらを向いた。
「皆、作戦は覚えてるな?」
「もちろんだぜ!」
山城が親指をぐっと立てる。残る2人も頷いてみせると、星守はふうっと息を吐いた。
「では、各自配置につくとしよう」
星守の言葉を皮切りに4人はそれぞれバラバラの方向に歩き始めた。
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遡ること2日前。生徒会室に集められた一同に星守が作戦を告げると、すかさず声が上がった。
「先輩! なんでみんなバラバラに隠れる必要があるんですか! 一人で隠れるなんて、ムリですよ」
必死に抗議する中野を、星守は手で制した。
「実は昨夜、私のG-Studyにこんなものが届いていたんだ」
星守が見せてきたスマホには
『せっかくだから、みんなちがうとこにかくれてね。おなじとこにかくれてたらつまらないよ』
と歪んだ文字で書かれていた。
「こいつは、なんつうか」
「不気味、ですね」
足立らの顔に暗い影が落ちる。手書きで書かれたつたないひらがなが恐怖と警戒心の両方を冷たく逆なでしていった。
「わざわざこの言葉に背いたところで、得られるものが何かも考えつかない。ここは、おとなしく従いましょう」
「ううっ、わ、わかりました」
肩を落とした中野の顔には不安げな感情がめいっぱいに表れていた。怖がりなのに夜の学校で1人隠れてろと言われたら、そりゃ生きた心地がしないだろう。
一方で星守は涼しい顔をしながら話を続ける。
「隠れる場所については予め決めておこう。お互いに隠れ場所を知っていた方が、何かあった時に動きやすいからな」
「それと連絡はチャットにしとこうぜ。声も安易に出さない方がいいだろうからな」
2人の先輩が隠れる際の方針を示した後、足立らは生徒会室を離れて各教室を軽く見てまわった。当初、考えていた隠れ場所がもろ被りしたり、意外な隠れ場所が見つかったりしてなかなかに楽しかった。人体模型から隠れるということを抜きにして学校中でかくれんぼしたら面白そうだな、と発言した山城のひと言から誰を鬼にしたら怖そうかという話にまで発展し、あやうく田中先生に聞かれそうになったというのはここだけの話。
各々が隠れ場所を見繕うと改めて場所を確認し合い、この日はお開きとなった。
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こうしたいきさつがあり、各自バラバラのところに隠れることになったわけだ。
足立が選んだのは、理科室にある蛇口のついた机。その下に潜り込み、体が少しでも隠れるよう椅子を上手いこと調整する。
ここを選んだ理由は主に2つ。まずひとつ目はカーテンの遮光性が高いからだ。事前にカーテンを閉めることで月明かりを遮り、見つかる可能性をできるだけ下げられる。
そしてふたつめは人体模型の住処である理科準備室に一番近いからだ。人体模型が何かの拍子にここに戻ってくれば、少しは気を抜く瞬間が見られるかもしれない。その様子をこの眼でしかと捉えることで、あわよくば人体模型の素顔を暴いてやろうという寸法だ。ただ、この間の潜入作戦では帰り際でも人体模型の姿がなかったから、ただの肩透かしで終わる可能性も十分ある。
これはいわば賭けだ。確率的に導き出すのは難しいが、上手くいけば真相に大きく近づくことができる。
椅子の位置調整が終わったところでスマホを確認すると、チャットの通知が1件入っていた。中身を開くと、 山城からのチャットだった。
『もう隠れたか?』
『はい。隠れました』
『お、足立早えな!』
その言葉に続けて、デフォルメされたアニメキャラが驚いてるスタンプが送られてくる。
『私も隠れました!』
『私もだ』
残る2人もどうやら隠れられたようだ。
これで準備は整った。
『皆、少しでも異変があればすぐに知らせて』
星守のチャットにスタンプで返事を返すと、足を少しだけ伸ばした。教室の机より空間が広いとはいえ、ずっとかがんでいるとさすがに足腰が痛くなってくる。それに今日は夜でも30度に迫る勢いの暑さらしく、汗がだらだらと流れ始めていた。
持ってきておいた水筒に口をつけ、喉を潤してから再びスマホに目を向けようとした。
その時、ひときわ大きなチャイムが部屋中に響き渡った。
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