第13話 全校集会

 夏休みが近づくにつれて、生徒会らしい仕事も少し増えてきた。

 保健室の先生と協力して熱中症予防のポスターを貼る。夏休みの注意事項を記したドキュメントをG-Studyに配信する。9月に催される地域交流会の企画を練る。

 どれも時間のかかる仕事だ。これらに加えて、細々とした雑務も次々に降ってくる。心霊調査の一件が片手間になってしまうほどに忙しい日々が続いていく。


 勉強や部活もこなしながら仕事を進めていると、あっという間に夏休み前最後の登校日が訪れた。

 午後に行われる全校集会では、生徒会執行部に入って初めての司会進行を担うことになっている。そのため、昼ご飯を食べた後は体育館へ行き、放送設備の使い方を教えてもらった。その後は生徒会室に戻り、今日の進行について軽く読み合わせを行った。


「─で、保健室の先生のお話が終わったら、3年2組の田中先生から夏休みの過ごし方についての話に移る。資料が用意されてるから、スクリーンに映せるよう事前に準備しておいて」

「はい」


 忘れないよう、タブレットに映る進行表にメモを記していく。その中で星守がふと、思い出したように口を開いた。


「そういえば、田中先生の話の中で肝試しに対する忠告も行ってくれるみたいよ」

「忠告って、去年もあったよな? あれ効果あるのか?」


 山城がそう疑問を呈すると、

「やらないよりはマシってことだと思う」

と星守が返した。


 たしかに、ただやるなと言われただけでは逆にやってみたくなってしまう人が増えそうな気がする。実際に『カリギュラ効果』という名前もついているぐらいだから、生半可な忠告では余計な興味をあおってしまうのがオチだ。


 その実効性に対して疑問をつのらせていると、扉をガラガラ開くと音と共に「その件なら、たぶん心配いらないよ」というハリのある声が飛んできた。


「佐々木先生。どうしてそう言えるのですか?」

「田中先生がいい案を思いついたんだってさ」

「いい案? それってどんなのですか?」


 中野が尋ねると、佐々木先生はピンと指を立てた。


「それは実際に聞いてみてのお楽しみよ」




 午後の全校集会は比較的スムーズに進んでいった。校長先生の話でさっそく頭が下を向いている生徒が何人か見えたが、特にとがめる人はおらず、終始穏やかな空気のまま時間が過ぎていった。

 そうして保健の先生から夏休みに起こりうる身体の危険についての話が終わると、入れ替わりで筋肉質の男性が前に登場した。


「こんにちは!」


 田中先生が声を張って挨拶するとやや遅れてけだるい挨拶が返ってきた。


「皆さんの声を聞くとですね、もう疲れてるよというのがひしひしと伝わってきましたので、手短にお話します」


 そう言うと田中先生はスクリーンに投影された資料を見せながら話し始めた。内容としては、小中学校でもありがちな夏休みの注意点に毛が生えた程度のものだった。だがそんな話の中でも、行動範囲が広がる高校生ならではの危険や万が一が起きた際に背負う責任の重さといった話は印象に強く残った。理由は単純、なんだか高校生らしい話で新鮮味を覚えたからだ。


「では最後に、今年もやってきましたこの季節。そう、肝試しですね」


 ポップなイラストが出てくると、体育館に静かな笑いが起きた。


「皆さんがね、肝試しのために夜な夜な学校に侵入しようとしていること、先生たちももちろん知っております。毎年、何人もの生徒が残念ながら生徒指導室に足を運ぶ羽目になっています。ただ、本当は先生もこんなことはしたくないんですよ。だって、仕事で忙しいから!」


 仕事に忙殺される人のイラストを表示しながら嘆くと、またひと笑い起きた。風の噂でけっこう怖い先生だと聞いていたが、そんな様子は微塵も感じられない。


「そこで、今年は少し変わった対策を行います。それがこちら」


 スライドが変わると、足立は思わず目を丸くした。


「罰金制度です」


 瞬時に体育館内がざわつき始める。しかし、田中先生はそれに負けないぐらい声を張り上げた。


「みなさん、動揺するのも分かります。肝試しをしたら罰金3000円。決して安くはない金額ですよね? 先生だってこんな小汚いことはできればしたくありません。ですが、皆さんは高校生。自分のことは自分で責任を負うということの重みをしっかりと感じていただきたいと思います」


(なるほど、いい案とはこのことだったのか。たしかにかなり思い切った方策だが、偉い人から怒られやしないのだろうか?)

 納得する気持ち半分、心配になる気持ち半分を抱えながら、足立はじっと話に聞き入っていた。


「では、体調には十分気をつけて、楽しい夏休みをすごしてください。私からは以上です」


 いまだ館内のどよめきが静まらない中、田中先生は体育館の脇にはけていった。戸惑いながらも司会として場を進めていき、全校集会は無事に終了した。だらだらとした足取りで教室に戻る生徒を横目に、生徒会執行部はマイクや机の片付けを行っていた。

 机を片付けていると、田中先生がスタスタ近づいてきて手を貸してくれた。かなり重い机を1人で軽々抱えていっては涼しい顔して戻ってきたので、少しばかり驚いてしまった。


「田中先生、ありがとうございました」

「どういたしまして。生徒会のみんなも進行お疲れ様。幽霊調査、頑張れよ!」


 最後に田中先生は山城の肩をぽんと叩くと、体育館を後にしていった。


「部活の時もあんだけ優しかったらいいんだけどな」


 小声でぼそっと呟いた山城の言葉に笑いながら、一同は教室へと戻っていった。

 こうして、高校生最初の夏休みが静かに幕を開き始めた。

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