第12話 忘れ物と忠告

 部活が終わった後、足立は友人と帰路についた。大きく傾いた太陽によって空が夕焼け色に染まるなか、足立は突如「あ」と声をだした。


「どうしたんだ」

「更衣室に水筒置いてきた」

「まじかよ。珍しいな」


 目を丸くする友達に「悪い、先に帰っててくれ」と告げると、足立は来た道を戻っていった。

 学校の門を再びくぐり、男子更衣室までスタスタ歩いていく。夜が近づいていくぶんか涼しくなったとはいえ、まだまだ暑さは健在だ。額ににじむ汗を拭いながら男子更衣室の扉を開けると、椅子の下にぽつんと置かれている水筒を拾い上げた。らしくない自分の行いについため息をついてしまう。


(考え事を増やしすぎるのはよくないな。たまってる謎をひとつでも解消させないと)


 水筒をカバンにしまってから、脳内に植わっている考え事の種をじっくり観察していく。どれなら解決させやすいか考えながら廊下に出ると、見覚えのある後ろ姿が見えた。


「中野さん?」

「うわっ!?」


 中野は驚いた猫のように飛び上がった。なんか悪いことしちゃったかな、と思いつつ、「何してるんだ?」と尋ねると中野は恥ずかしそうに肩を小さくした。


「教室に忘れ物しちゃって。足立くんこそ、なんでまだいるの?」

「僕も忘れ物したから、取りに戻ってた」

「へえ。足立くんが忘れ物なんて珍しいね。しっかりしてそうなのに」


 目を大きく見開いた中野はつい先ほど聞いたような内容の言葉を口にした。


「僕だって人間なんだから、忘れ物ぐらいするさ」


 そう言っても中野は「ふ~ん」と納得したようなしてないような、微妙なそぶりをみせるだけだった。

 ミンミンうるさく鳴くセミの声を聞きながら、2人は駅に向かった。


「もうすぐ夏休みか〜」

「だな」

「足立くんは何か予定あるの?」

「部活の友達と一緒に遊びに行く予定は立てた。中野さんは?」

「私も同じ感じ。今年はプールに行こうって決めてるんだ。あ、あと花火も見に行きたい! それと~」


 その後も、この夏にやりたいことが次から次へと飛んできた。ショッピングにお祭りにキャンプに海。いくら高校生になって活動範囲が広がるとはいえ、さすがに限度というものがある気がするが、不思議と中野なら全てをこなしてしまいそうな気がした。

 駅につくと、今日は加賀山高校の学生がまだちらほらと立っていた。ちょうど来た電車に乗り込むと、空いている席にさっと腰を下ろした。


「あ、そういえばさ、昨日友達が肝試ししに学校に入ったんだって」

「こんなときに」

「ね。それでね、友達も人体模型が動いてるところを見ちゃったらしいの。もうひたすら叫びながら学校を出たって言ってたよ」


 ずいぶん楽しそうに話しているが、本当にビビり散らかしていたあの中野と同じ人物だよな?

 そう疑いたくなったところで突然、しゃがれた声が飛んできた。


「そこの学生さんや。あんたら、加賀山高校のものかね?」


 びっくりして思わず声の聞こえてきた方を向いた。そして、その声が自分たちに向けられたものだと理解するのに少し時間を要した。


「あ、はい。そうですが」

「そうか」


 おじいさんは不機嫌そうに目を細めた。


「あの、何か?」

「あんたら、あの学校に肝試しに行ったんか?」

「え?」


 一瞬、思考がフリーズする。


「いや、肝試しではないですけど」

「でも、似たようなものじゃない?」

「たしかに」

「……それで、幽霊には会ったのか?」

「ええと、まあ、はい」


 正直認めたくはないが、あの人体模型は今のところ幽霊みたいな存在だ。歩く動作も、身をかがめて辺りをうかがう動作も不気味のひと言に尽きる。実はロボットだったという線も考えはしたが、機械音の類いが一切聞こえなかった上にわざわざこんな片田舎に置いておく理由もない。

 もんもんとした気持ちを抱えながら答えると、おじいさんは「ふん」と鼻を鳴らした。


「やはりな。あんな忌まわしい土地に学校なんか建てるからじゃ」

「忌まわしい?」

「ああ。あの土地はわしが小さい頃から呪われておるんじゃ。今じゃ、そんな話をする者も少なくなってしまったがの」


 そこまで話すと、おじいさんは「はあ」と大きくため息をついた。周りに座っている学生が怪訝そうな表情でこちらを見てくる。

 軽い地獄のような雰囲気に包まれて辟易としていると、おじいさんは咳払いをしてから再び喋り始めた。


「ま、よからぬことには首を突っ込まぬことじゃ。それで祟りなんかが降りかかってもわしは知らんからな」


 ちょうど小さな無人駅に到着すると、おじいさんはゆったりとした足取りで降りていった。その小さな背中を見つめていると、中野がぼそっと口を開いた。


「どういうこと?」

「さあ?」


 首を傾げてから、「でも」と続ける。


「思えば、教室に神棚が置いてあるのって普通じゃないよな」

「たしかに。もしかして、ほんとに呪われてる?」


 中野の声があからさまにか細くなっていく。


「ビビってるのか?」

「そ、そんなことないよ!」


 食い気味に返してきたが、声が明らかにうわずっていた。


「でもビビってるって顔に書いてるぞ」


 いたずらな声で追撃を入れると、中野は「書いてない!」と言いながら首をぶんぶん横に振った。必死に否定するその様子がおかしくて、少しだけ笑ってしまった。


「何がおかしいの!」

「悪い悪い」


 なんだか子どもっぽくて、と言おうとしたが、さすがに怒られそうだから心の中にとどめておいた。それぐらいの分別はわきまえているつもりだ。

 中野は不機嫌そうに睨みつけてから息をついた。


「で、でももしさ、あのおじいさんが言ってたことが本当だったらどうしよう。私たち、既に呪われちゃってたりして……」


 おじいさんの言葉にだいぶ毒されていると感じた足立は流れゆく窓の外を眺めながら口を開いた。


「前にも言ったが、幽霊なんて科学的根拠のないデタラメな存在だ。呪いも同じ。しっぽさえつかめれば、自ずとその正体も分かってくるさ」


 半ば自分に言い聞かせるような形で告げると、中野はギュッと握った拳をわずかに緩めた。


「……うん。そうだよね。お化けも呪いも、みんな嘘っぱちだよね」


 中野は無理したような笑顔を作ってみせてから正面を向いた。カバンを抱きかかえる白い腕がほんの少し、震えている気がした。

 そこから会話が生まれることはなく、ただ線路を走る音だけが車内に響く。夜のとばりが降りていく外の景色を眺める中、急に話しかけてきたおじいさんとの会話が頭の中で何度も何度も繰り返し再生された。

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