第6話 夕暮れ
「そういえば、このファイルを送ってきた人は分かるんですか?」
佐々木先生に向けて尋ねると、彼女は申し訳なさそうに首を横に振った。
「ごめんね。私にも分からないの。でも、ファイルを送れるのは、この学校にいる人じゃないとできないはずよ」
後半の言葉に引っかかた足立は続けて質問を投げる。
「つまり、これを送った犯人が、学校にいるということでしょうか?」
「理屈でいうと、そういうことになるね」
佐々木先生はそうはっきりと答えてみせた。
その言い分を元にすれば、犯人が複数いたとしても、そのうちのひとりは学校側の人間ということになる。だが昨晩も考えたように、先生がこの心霊現象の主犯あるいはそこに介入することへのメリットは皆無に等しい。
そうなると、犯人はいったいどこの誰なんだ?
「でもよ。こう言っちゃあれだけど、幽霊がファイルを送ったって線はないのか?」
山城のその仮説を否定できる人はいなかった。非科学的でありえないと考えている足立でさえも、具体的な反論までは思いつかなかった。
幽霊が回線を乗っ取り、奇妙なファイルを配布する。そんな事象は起こるはずがないと理屈では分かっていても、頭ではどうも納得できない。己の信条との大きなズレがとても歯がゆく感じた。
答えることのできない生徒たちを見かねたように、佐々木先生が口を開いた。
「みんな固く考えすぎじゃない? 時代は進んでるんだし、幽霊が使いこなせてもおかしくはないかもよ?」
冗談めいた風にそう言われると、肩の力が少しだけ抜けていった。
たしかに、考えが凝り固まっていたかもしれない。もっといろんな視点で考えるようにしないと。
そう思い立ったところで、星守が静かに口を開いた。
「他に何か意見がある人は?」
誰も手を挙げていないことを確認すると、足立は「僕からもうひとついいですか?」と尋ねた。
「ええ。大丈夫よ」
「ここに来る途中、肝試しのことを話していた生徒とすれ違いまして、そのことを共有しようかと」
会話の内容を思い返しながら、足立は言葉を続けた。
「なんでも肝試し中、不可解な現象に遭遇したようです。言及されていたのは主に2つ。音楽室から妙な物音が聞こえ、理科準備室の人体模型が消えていたとのことでした」
ひとまず情報を伝えると、中野の頬がみるみる青ざめていった。それこそ、気を失ってしまうのではないかと思うほどに。そうなるだろうと予想はしていたが、見ていると少し心配になってくる。不可解な現象やその噂が出る度にこうなっては心臓がいくつあっても足りないんじゃないか?
「なるほど。足立くん的には、それらに対して何か仮説のようなものがあったりするのかしら?」
「いえ、すぐにはなんとも……。実際に確認してみないと分からないですね」
そう、これはたまたま耳にした噂だ。肝試しに行った生徒の思い違いの可能性も十分にあるし、ただ怖がらせたい人がイタズラに噂を流布した説だって捨てきれない。とにかく、次の潜入調査で確認する必要がありそうだ。
結局、今日の会議では謎が深まっただけであった。次の潜入が土曜日に決定したところで、本日は解散となった。
駅に着くと、反対側のホームへ歩いて行く先輩らを見送ってから、足立と中野もホームへと向かった。電車の方角が同じだと知ったのは、実は昨夜の帰り道だった。
片田舎にある加賀山駅は電車が20分に一本来るような場所にある。そのため、発車五分前にもなると加賀屋高校の生徒でホームがそこそこ満たされるのが普通だ。しかし今日は校内やグラウンドの点検があったようで部活は休止となっていた。既に多くの学生が帰宅してしまったため、人はほとんど見当らない。時刻表で次に来る電車が十分後だということを確認した後、2人は近くのベンチに腰掛けた。
「それにしても暑いね~。夏ってこんなに暑かったっけ?」
「どうだろう? これぐらいだった気がするし、そうじゃない気もする」
「学年トップのお方でも分からないんじゃ、この謎は迷宮入りだね」
「おだてたって何も出ないぞ」
水筒にまだ残っているお茶を喉に流し込む。魔法瓶のおかげでひんやりさを維持されたお茶が身体を内側から冷やしていく。思わず息を漏らすと、横から涼しい風が吹き込んできた。
隣に顔をやると、中野がハンディファンをこちらに向けてきているのだと分かった。その小さな風が首元に流れる汗にぶつかり、体表面の熱を奪っていく。少しばかり涼んだ後、「もう大丈夫」と告げると、中野は笑顔を見せながらハンディファンを離した。
しばらく談笑にふけっていると、電車がゆっくり構内に進入してきた。二両しかない電車の乗客はおばあさん一人だけ。車内のふかふかな椅子へと移動すると、乗客3人を乗せた電車はゆっくり動き始めた。
いつもの下校時より人が少ないおかげで、窓の向こうがよく見通せる。やや年季の入った一軒家が建ち並び、車がその前を往来していく様子が続く。そこからしばらくすると、緑一色に染まった田んぼが姿を現す。地平線の向こうまで広がる田んぼは夕暮れの赤い陽光を浴びて元気いっぱいに背伸びしていた。その近くを駆けていく数人の子どもらしきの影。手に持った虫網が頭の上でよくなびいていた。
なんとものどかな風景を前に、2人はしばらく言葉を発さなかった。
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