第5話 再確認

 夜が明け、朝日の暑さとまぶしさに辟易としながら、足立は学校に向かっていた。道中、友人と一緒に登校する中野を見かけたが、少しだけやつれていそうな様子だった。茶色の混じったポニーテールも今日は少しだけ雑にまとめられている気がした。

 無理はしなくて良いんだが、と半ば呆れながら正門をくぐる。朝練に励む野球部の教室に荷物を置いた後、クラスメイトとの会話もそこそこに足立はそそくさと廊下に出て行った。渡り廊下を通って向かう先は、不可解な現象が発生した例の音楽室。誰もいないことを確認してから、そっと扉を開けて中に入った。


 CDラジカセは昨晩と同じ場所で静かに音を流す時を待っていた。際限なく鳴り響いていた古めかしい校歌が流れていたとは到底思えない。カセットとCDの取り出し口を見てみたが、やはり空っぽだ。こうなってくると、昨晩の出来事が現実に起きたことなのか、少し不安になってくる。夜の学校という特殊な空間で集団幻覚を見ていたのではないかと疑いたくなるが、それはないなとすぐ首を振った。まだまともに働いてくれている理性を確かめながら後ろを振り返ったその時、思わず「うわあ!?」と声を上げてしまった。


「ほ、星守先輩? いつからいたんですか」

「ついさっきよ。足立くんは何をしていたの?」

「昨夜と比べて何か変わったところがないか調べに来たんです。ですが、報告できるようなものは特にありません」

「そう。なら私が調べるまでもないわね」


 星守はピアノに軽く手を触れてから、その場を離れていった。窓から差し込んだ陽光が照らすにはいささか物憂げすぎる気がしたが、あまり表情が変わらないタイプなので特に気に留めることはなかった。


「そうだ。さっきLINEでも伝えたけど、今日の放課後、生徒会室に集合してほしい。昨日のことについて、いろいろと整理したいから」

「分かりました」


 星守が去った後、足立はもう一度ラジカセとピアノを確認した。やはりどこもおかしいところがないことを確認した後、足立は音楽室を後にした。

 もうすぐ授業が始まる時間だ。



 授業に没頭していると、時間はあっという間に過ぎ去っていった。高校に入学してから少し経ち、扱う内容も少しずつ難しくなっている。特に数Ⅰの二次関数で挫折する人がちらほら出始めているようだが、今のところはなんとか食らいついていけていた。

 帰りの会で神棚に向かって一礼した後、最後に解けなかった問題について考えながら生徒会室に向かっていると、前からやってきた女子たちの会話に意識を持っていかれた。


「ねえ聞いた? 肝試しの話」

「聞いた! 音楽室から変な物音が聞こえたって。それに、理科室の人体模型が消えてたって話も聞いたよ」

「怖〜っ。この学校、もしかして呪われてる?」


 腕をさすりながら横を通り過ぎていく2人の話に足立は完全に後ろ髪を引かれていた。

 音楽室から聞こえた妙な物音と、人体模型についての話。どちらも昨晩は遭遇しなかっただけに、謎がさらに深まっていく予感がした。特に人体模型の失踪については、現時点で全く説明が思いつかない。


 誰かが盗んだのか? いや、今日の化学の実験でしっかり存在は確認している。となると、意図的に隠された? でも何のために?


 頭に浮かんでは却下されていく数々の仮説にやきもきしている間に、生徒会室に到着した。扉を開けると、他の三人は既に席についていて、談笑にふけっているようだった。その机の上には、音楽室にあるはずのCDラジカセが置かれている。

 そしてその様子を、一人の女性が窓際で見守っていた。白いブラウスと黒のスカートに身を包み、手に持った大きめのタブレットを時折操作しているような手つきを見せていた。


「あ、来た!」

「すみません。少し遅れました」

「大丈夫よ、そうかしこまらなくて」


 ゆったりと、しかし張りのある声を出しながら、女性は一歩前に出た。


「直接話すのは、初めてよね? 改めまして、佐々木です。一応、生徒会の顧問を務めています。といっても、この学校は生徒の自主性を重んじてるから、私はただ見守ってるだけのことが多いんだけどね」


 微笑みながら自己紹介をした佐々木先生に続いて、足立も簡単に自己紹介を行う。その後、席につくと星守が静かに口を開いた。


「先生には昨夜のことを伝えてあるわ。それから、音楽の高梨先生に許可をもらって、ラジカセも運んできた」

「ありがとうございます」

「礼には及ばん。さっそく調べてみましょう」


 その言葉を皮切りに、目の前に置かれたラジカセに各々手を伸ばし始める。

 ラジカセのCD取り出し口やカセットテープの取り出し口、電池のふたと開けられるところは一通り調べてみたが、何かめぼしいものが見つかることはなかった。電池を抜いてみたり、CDを再生したりしてみたが、特に変わったところはない。

 いろいろ調べてみたが、結局怪しいところは何一つ見つからなかった。


「『真実は常に隠された場所にある』。結局、どういう意味なんだ?」

「隠し扉みたいなものがあるということ?」

「でも、怪しいところは特にないですよ?」


 ラジカセをポンポン叩きながら、中野はむつかしい顔をしてみせる。他の先輩も行き詰まったというように困り果てた顔をしていた。

 このまま何も進展しなさそうな雰囲気を感じ取った足立は別の話題に切り替えることを選んだ。

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