第4話 謎の残る下校
「カセットテープが、ない!?」
慌ててCDの取り出し口も見てみると、やはり何も入っていなかった。なのに、校歌は延々と流れ続けている。音質の悪さも相まって、さすがに気味が悪くなってきた。
何も入っていないことを告げると、3人は言葉を失った。
「なんで……、どうして!?」
中野は星守の後ろに隠れ、肩を小さく震わせた。先輩2人はラジカセから遠ざかるように数歩後ずさる。
次の瞬間、ピアノからポロロン、と低く短いメロディーが聞こえてきた。
「今度は何だ!?」
足立らはさらに距離を取って身構えた。
誰も座っていないピアノ。そこからベートーベンの『月光』がひとりでに奏でられる。薄暗い教室に響く古ぼけた校歌との不協和音に頭がだんだん痛くなってきた。
「おいおい。これヤベえんじゃないか?」
「うぐっ、先輩……!」
他の三人も表情がこわばっている。先ほどの開かずの扉とは違い、仕組みが全くもって見えてこなかった。
まさか、本当に心霊現象が存在するというのか……?
「足立くん、何か分かった?」
「いえ、まったく」
「なら、いったんここから離れましょう。考えるのはそれからでも十分よ」
そこからは星守を先頭に、急いで音楽室を後にする。遠ざかっていく2つの曲を背中に受けつつ、どこかモヤモヤしながら足立はひたすらついて行った。
下駄箱までやってくると、足立らは一斉に息を吐いた。各々が抱えていた疑問や戸惑い、恐れといった感情がなまぬるい空気と混ざり合う。最初に重い口を開いたのは山城だった。
「みんな、どこかおかしなところはないか?」
「はい。僕は大丈夫です」
「私も大丈夫だ。中野、気分はどうだ?」
背中を優しくさすられながらそう聞かれた中野は涙を浮かべていた。
「大……丈夫、ひぐっ、です」
「あまり無理はしなくていいからな」
その時、皆のポケットから一斉に音が鳴った。
「うおっ!?」
あやうく転げそうになった山城をとっさに支えてから、足立はポケットに入っているスマホを取り出した。
「今度はなんだ?」
「もうイヤ……」
そうぼやく中野の気持ちも分からなくはない。これだけ不可解な現象が続けば、人間誰しもが不安になるものだ。それが怖がりの人ならなおさらである。
それはそうと、一斉に鳴ったあの通知音はさすがに偶然のひと言で片付ける訳にいかない。まるでタイミングを見計らったのようだ。
スマホに現れた一件の通知を確認する。それは学校で使っているクラウドサービス『G-Study』からのものだった。加賀山高校では授業プリントや学校からの配布物の半分ほどがここに配布される。
だが、こんな時間にいったい何が配られたというのだろう?
「おい、開くのか?」
「開いてみないと分からないですよ」
「で、でも、呪いの手紙とかだったら……?」
怖がりのくせに自分で言ってブルブル震える中野をよそ目に、足立はアプリを立ち上げた。見慣れたトップ画面に、『無題』という見たことのないファイルが表示されていた。ファイルの送り主を調べるために三点リーダーをタップし、詳細情報の欄を開く。その人が、恐らく黒幕のはずだ。
「……?」
「どうしたんだ?」
「ファイルの作成者を見ようとしたんですが、文字化けしてますね」
足立が指さした先には、『縺九′縺励g縺?%』と意味の分からない文字列が並んでいた。
「気味が悪いな」
「ええ。まったくです」
心の奥底で静かな不安が立ち上がる気配を感じながら、足立は『無題』のファイルを開いた。古の"検索してはいけない言葉"よろしく、他人の肝を冷やすような画像が出るかと身構えたが、その心配をする必要はなかった。
「何か書いてあるだけかしら?」
「『真実は常に隠された場所にある』? なんじゃこれ」
「少し考える必要がありそうですね。ここで考えても解決しそうにはありませんし、明日また考えてみることにしませんか?」
足立のその提案に異を唱える人はいなかった。夜の学校での出来事を経て、疲労の色が見え始めていたところだった。
学校を出た後、星守に下駄箱と正門の鍵を閉めてもらってから、一同は夜の帰り道を歩き出した。その道中、口数は極端に減っていた。
家について夕飯とお風呂を済ませた足立は、ベッドに寝転がってG-Studyを開いた。『最近使用した項目』の一番上に表示されているファイルを開くと、デカデカと書かれた赤い文字が白地の背景と共に映し出された。足立はそれをおもむろに拡大したり、色を反転させたりしたのち、スマホを机に放り投げた。
「ダメだ。まったく分からない」
いきなり流れ始めた2つの曲。そして、全員に届いた謎のファイル。意図の分からないメッセージ。
教室で発生した扉のイタズラのように、これらにも何かしらトリックのようなものがあるはずだ。だが、学校の備品やクラウドサービスをおいそれと気安くいじれるような人なんてそういるはずがない。できるとしたら先生なものだが、それでは生徒が肝試しで学校に侵入を試みている元凶が先生だということになる。職員室でも問題として上がっている以上、立場を脅かされる危険を冒してまでイタズラを仕組むとはとても思えない。第一、メリットがなさすぎる。
一気に増えた謎について考えていると、脳みそのリソースをどんどん消費されていくような感覚に陥った。メガネを外し、大きくあくびをする。
いくら考えても埒が明かないと判断した足立はゆっくり目を閉じた。
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