第3話 扉の真相と古びた校歌

 他の3人が来たのと確認すると、足立は扉に向かってスマホのライトを当てて見せた。


「ああっ!」

「これは!?」


 中野と山城がそろって驚きの声を上げる。ライトの照らす先では、1本のほうきが教室の壁と扉の間を塞ぐようにして斜めに挟まっていたからだ。


「このようにすれば、ほうきがつっかえ棒の役割を果たして、扉が開かなくなるという訳です。ほうきの柄が窓から見えないようになっていることで、教室から見たら閉じ込められたと錯覚してしまう。とんだ子どもじみたイタズラですよ」


 メガネをあげながらほうきを取り外し、扉の取っ手を引っ張った。すると、こちらもなめらかにスライドしていった。


「なるほど! つまり、幽霊の仕業じゃなかったんだな?」

「そういうことです。生徒会室でも話しましたが、幽霊騒ぎなんて非科学的なものの全てには裏があります。冷静になれば、そのトリックを見破るのもそう難しくはないかと」


 誇らしげにそう告げると、山城は感心したような表情を見せた。中野もどこかほっとしたような様子だ。

 しかし、星守だけは神妙な面持ちを作っていた。


「星守先輩、どうしたんですか?」

「今のが幽霊の仕業でないとすると、必然的に人間がやったということになる。そしてこの学校には今、私たちしかいないはずだ」


 後半の言葉が廊下にひときわ大きく響いた気がした。そして同時に、妙な緊張感も走り始めた。


「つ、つまり、私たちの他にも誰かいるってことですか?」

「今はそう考えるしかないでしょうね」

「いったい、何が目的なんだ?」

「それは私も分からない。ただ、警戒しておくに越したこともない。一番恐ろしいのは、悪意を持った人間だから」


 星守のその言葉に、一同は顔をこわばらせる。

 何を考えているのか全く読めない行動はたしかに末恐ろしいものだ、と足立も深く納得した。


「ひとまず、今日は帰りましょう。このことを先生に相談した上で、どうするかはまた決めれば良いわ」

「星守の言うとおりだな。こんな薄気味悪いところ、さっさと出ようぜ」


 頼もしい先輩たちに従い、足立らは下駄箱に向かい始めた。

 その時、中野が「ひっ!」と声を上げた。


「どうした?」

「い、今、何か聞こえてこなかった?」

「いや、なにも聞こえなかったが……」


 中野の思い違いか?、と疑いつつ、耳をすましてみると、たしかに旋律のようなものが聞こえてきた。


「今度は何だ?」

「……調べにいってみましょう。何か手がかりが得られるかもしれません」


 教室の掃除用具入れからほうきやちりとりを取り出し、おのおの構えながら音のする方へ歩いて行った。消火栓ボックスの赤いランプが怪しげに光を放つ中、誰も口を開くことはなかった。

 渡り廊下に入ると、だんだん音が大きくなっていった。


「この曲は、校歌?」

「そうみたいだな。けど、ちょっと音質が悪い気がしねえか?」


 山城の言うとおり、いや、それ以上の悪さだった。砂嵐のような雑音の中、音割れしたピアノの伴奏と子どもたちの歌声がはっきりと聞こえてくる。音楽の授業で流されたものはもっときれいで、声も大人びていた覚えが足立にはあった。高校にしてはあまりに幼いその歌声に疑問を抱きながら足を進めていると、やがて音の発信源に到達した。


「音楽室、か」

「いかにも、という感じだな」

 中を覗いてみたが、暗くてよく見えない。

「中野さん、大丈夫?」

「う、うん。なんとか」

「そうか」


 扉に手を掛けて少し力を入れると、わずかに動いた。どうやら鍵はかかってないみたいだ。


「いきますよ」


 小声でそう告げると、足立はゆっくり扉を開いた。音楽室の中に人の気配はなく、音質の悪い校歌が繰り返し流れている以外に変わったところはなかった。壁に掛けられた音楽家の目が突然光り出すなんてこともない。

 正面に向き直ると、ピアノの上に乗っている古いラジカセが目に入った。CDやカセットテープを流せる年代物で、音楽の授業でもたびたび使われている。いつからここにあるのかは知らないが、長い年月をこの学校と過ごしたことだけはたしかだ。塗装が剥げ落ち、ところどころに小さな傷が見られる。


「なるほど。音楽の正体はあれだったか」

「すぐに止めてくるね」


 中野はラジカセに近づき、カセットテープの停止ボタンを押した。これで止まるはずだ。


「……あれ?」


 首をかしげながら、中野は何度も停止ボタンを押した。しかし、校歌は一向に止まることなく、何度目かの1番の歌詞に入り始めた。


「どうした?」

「止まらない。ボタンを押してるのに、止まらないの!」


 焦りを見せる中野に場所を代わってもらい、カセットテープとCDの停止ボタンをそれぞれ押した。中野の言うとおり、音楽はずっと流れ続けている。ならばとカセットテープの取り出しボタンを押した。音もなく開いたカセットテープの取り出し口に手を入れた足立は「ん?」と眉をひそめた。


「……まさか」


 頭に嫌な予感がよぎる。スマホのライトで中を照らすと、その予感は的中してしまった。

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