夏夜の校舎には裏がある

杉野みくや

第1話 生徒会執行部、始動!

 うだるほどの暑さに包まれる中、体育館には全校生徒250人弱が集まっていた。夏らしい白シャツやセーラー服に身を包んだ学生がずらりと並ぶ様はなかなかに圧倒されるものだと知った。


「投票が終わりました。皆さん、顔を上げてください」


 進行役の元生徒会長がそう告げると、ぱらぱら頭が上がり始めた。蒸し暑い中、体育館に集められたせいで疲労の顔が見え見えだった。

 まったくご苦労なこった、と考えながら背筋を正していると、スピーカーから大きな声が発せられた。


「投票の結果、第75期生徒会執行部は、山城やまき大河さん、中野菜乃葉さん、足立冬弥さん、そして生徒会長は星守奏さんに決定しました」


 名前が読み上げられた瞬間、体育館中に拍手の音が響き渡る。そのうちのいくらかが自分に向けられたものなのだと分かっていても、実感はなかなか沸いてこなかった。


 教室に戻るや否や、割れんばかりの拍手が耳を貫いた。


「足立おめでとう!」

「お前は当選するって思ってたぜ」


 クラスメイトに頭をわしゃわしゃされた足立は口角を少し上げて「ありがとう」と呟いた。思えば、生徒会の選挙活動ではクラスメイトにもたくさんお世話になったな。

 あっという間に過ぎ去った日々を懐かしく思いながら、足立は何度も感謝の言葉を口にした。


 かなり騒がしくなった教室は先生の鶴の一声で一気に静まりかえる。帰りの会にて、教室に設置された神棚へ一礼をしてからおのおの教室を後にしていった。

 足立の通う県立加賀山高校には各教室に神棚が設置されており、朝と帰りで1回ずつお参りをすることが慣例となっている。なかなか珍しい風習だが、これをやる意味はおそらく誰も分かっていない。

 さっそく生徒会室に向かおうとしたところで「足立くん!」と聞き慣れない声に呼び止められた。後ろを振り返ると、先ほどまで選挙を戦った同級生が駆け寄ってきていた。


「中野さんか」

「今から生徒会室に行くの?」

「そうだけど、中野さんは違うのか?」

「いや、私も今から行くところだよ」


 そうして自然と一緒に行く流れになり、軽く自己紹介をし合いながら階段を降りていった。


「そういえば足立くんって、この前のテストで学年トップだったんでしょ?」

「けっこう危なかったけどな」

「でもすごいよ! まんべんなく点数取れてるってことだもん。私、数学と化学基礎が苦手だから、そこで結構落としちゃったんだよね」


 自分の弱点を恥ずかしげもなく自白する中野の話を聞いて、自分とは違う人種なのだすぐさまと悟った。都合の悪い弱みは表面上で上手く取り繕う。そうやって『優等生』という称号を得てきた足立にとって、弱みをさらけ出すことはさらさらできない。


 その後も何かと持ち上げられながら生徒会室の扉を開けると、「お! 来たな新入り!」と威勢のいい声が飛んできた。

 嬉しそうに手を広げて出迎えたのは、足立らのひとつ上の先輩にあたる山城大河だった。バスケ部で鍛え上げられた細身の体と周りを笑顔にする明るい性格で2年生の人気者だと聞いている。

 山城に促されて椅子に腰を下ろすと、後ろで背を正している女性が口を開いた。


「改めて、生徒会長を務めることになった、星守奏だ。これからよろしく」


 星守に続いて自己紹介を軽くすませると、彼女は再び口を開いた。


「さっそくだが、この学校はいま、ある問題に直面している。皆は幽霊や心霊現象を信じるか?」


 生徒会長の口から発せられたその言葉に一同は一瞬、呆気にとられた。


「ま、まままさか、い、いるわけ」

「大丈夫か、中野? 声震えてるぞ」


 山城が心配するのを横目で見ながら足立はきっぱり、「僕は信じません」と言い切ってみせた。


「ほう。なぜそう言える?」

「科学的根拠が一切ないからです。何万年という人類の英智が積み重なったいま、オカルトじみた現象というのは人間や動物によるイタズラか、自然現象による偶然の産物、そのいずれかに分類できます。もし仮に幽霊がいるのだとしたら、既にその実態を掴めていてもおかしくはないはずです」


 頭の中で構築された言葉を淡々と舌にすべらせていくと、星守は感心したというように小さく、しっかり頷いた。


「ふむ。たしかに、一理あるな」

「あの、どうしてこんなこと聞いたんですか?」

「この学校には昔からとある噂が流れているの。毎年この時期になると、夜に不可解な現象が起きるって」

「そ、それ先輩から聞きました。真っ暗な廊下を女の幽霊が歩いていたり、誰もいない音楽室から曲が流れだしたりするって。ま、まさか、肝試しに行こうなんて、言いませんよね?」


 中野の白い肌がだんだん青白くなっていった。


「肝試しではないが、その調査に向かいたいと考えている」


 そう告げられると、中野はひゅっと息を飲んだ。


「ム、ムリです! ムリムリムリ!」

「だが夜間に忍び込む生徒が増えているのも事実。最近はさらに増えているみたいで、先生も頭を悩ませていると聞いた」


 淡々と話す星守に、足立は素朴な疑問をぶつけた。


「でも、そういうのは先生の仕事では?」

「先生は何かと忙しいからな。私たちにできることがあれば協力を惜しまない。それがこの学校のためになるのなら、なおさらね」


 星守の目には生徒会長としての決意がみなぎっているように見えた。さすが伝統ある加賀山高校の生徒会長といったところだろうか。


「で、でも、だからってお化け調査なんて……」


 尻込みする同級生をよそに、足立は「分かりました。行きましょう」とはっきり告げた。


「え!? 足立くん行くの?」

「科学的根拠がないと言い切った手前、そこで行かないのは筋違いだろ?」

「うっ、たしかに」


 いよいよ中野は肩を落として小さくなった。廊下で見せた明るさはどこかに飛んで行ってしまったようだ。


「中野はどうすんだ? 無理はしなくてもいいが」


 山城が優しく尋ねる。すると中野は少し逡巡したのち、

「い、いえ、私も行かせてください! 頑張ります!」

と前のめりに宣言した。


 こうして、今日の夜にさっそく調査することが決まった。生徒会の初仕事に対する大きな期待と少しの不安が胸の中で静かに混ざりあった。

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