My Style〜それぞれの道筋〜

音無ひかり

高校一年春

第1話 再開

【高校野球『四帝』、プロ入り無し! 全員がアマチュアへ!】


 デカデカと野球雑誌の一面に特集が組まれているそのページが目に入った。確か去年の十月辺りの号だったか、買ってからこの号だけ読んでいなかったなとふと思い出して引っ張り出してきた。


「四人全員がアマチュアへ……プロ目指さず直接メジャーも視野かぁ。夢物語すぎる〜!」


 近年、日本のみならず韓国でもプロ野球を介さずメジャーへ行くという道を考える人も増えている。日本ではそもそもまだその道を辿ったものはおらず、韓国では未だ成功例はないが、夢はあるし何より楽しそうだ。

 しかし気がかりなのはこの『高校四帝』。未だプロで顕著な活躍をした人はいないが、選ばれれば当然プロ注になるがその分期待も大きくなる。活躍度合いによっては外れと揶揄されることも多いのかもしれない。


「おーい一誠いっせい〜! バスもう来る時間だぞ!」

「……は!?」


 すっかり雑誌と考えることに夢中になっていてバスの出発時間を忘れていた。時計に目をやると、既に時間が刺してはいけない方を指している。やばい……額から変な汗が出てきた……。


「やべえええ!! 遅刻する!!!」


 すぐさま側に置いてあった荷物を持って階段を落ちるように下っていく。スリッパを脱ぎ捨て、玄関に置いてあったグラブやボールが入っているカバンも持って家を飛び出る。


「急げぇ!! バスが行っちまう!!」


 走ってすぐのバス停にもう停まっていたバスに飛び込んでふぅと一息ついてから、椅子に座る。流石に高校生活一日目から遅刻は話にならない。


「さーて……どんな奴がいるのやら……」


 そんなことを考えつつバスに揺られて、二十分ほどで学校に着いた。私立櫻ノ宮高等学校。主にスポーツに力を入れている新設校で、野球もスカウトを積極的に行っている。

 オレと言えばスカウトも来ず、特待生でも無いただの一般入試で入っただけの存在なんだけどな。しっかり中学三年間を地区大会一回戦負けで過ごしたオレにスカウトなぞ来るはずもなく。


「マジで二度と受験なんかしねえ……」


  ぼやきつつ校舎に入って廊下を歩いていると、金属バットのいい音が聞こえた。ふと窓から外を覗くと、グラウンドに野球部の姿が見えた。


「お? 野球部……って嘘だろ……」


 普通の高校なら入学式の日に朝練はしないと思うので、その姿に無意識ながら若干顔が引きつってしまう。

 マシン打撃で割と速い球を簡単に弾き返しているのを見て、自分の球が早くも通用するかどうかという不安に苛まれる。


「あ、ナイスバッティングだね今の」

「おう……めっちゃ飛ばしてたな……って、え?」


 急に独り言みたいな感じで声をかけてきた奴の方を見てみると、オレと同じように野球部の練習をボーっと眺めている男がいた。179センチのオレよりも10センチほどデカく、青っぽい黒髪に少しジト目気味の吊り目。そして手に持っているのはおそらくグラブが入っているであろうバック。


「でも、今のバッターくらいなら三振かな」

「マジ? えらいビックマウスだな……」


 どこかで見たことのある顔だと思い、脳内の引き出しから必死に探して探してピンと来た。


「あ! 九条渓くじょうけい! お前、『怪童』の九条渓だろ!」

「……なんでそれを……」


 『怪童』九条渓。シニアリーグに所属せず、部活動のみながらもシニアリーグの投手全てを置き去りにして中学最強投手の名を欲しいままにしていた存在。高校からのスカウトもさぞ大量にきていただろう男が、今目の前にいる。いくらスカウトにも力を入れているとは言え、出来て三年の新設校にこんな奴が来るものなのかと頭にハテナがたくさん浮かぶ。

 そんなオレの様子を見て九条も即座に口を開く。


「というかお前、中三の時一回戦で当たった奴だろ」

「……なんで覚えてる!?」

「覚えてるに決まってる。中三なのにストレートで145km、カットボールで140kmも出すバカは全国行ってもお前しかいなかったし」

「まぁ球が速いのだけは自信があるからな……スタミナがその代わりにお粗末だが」

「……ノーコンの速球バカよりマシだろ」


 思い出す中三の夏。一回戦からいきなり九条率いる強豪校と当たってしまい、何も出来ず7回78球マダックスで圧勝されてしまったことを。完全試合、ノーヒットノーランにならなかったのは、五回から投げてたオレが意地のヒットを打ったから。投げてた時も打者一巡で九条以外にはヒットを打たれなかったのもいい思い出だ。


「まぁ……決め球が無いのはどうかと思うが」

「いいだろそれは!? ストレートが決め球だ!」

「まぁ中学ならそれで通用すると思うけど……高校だとあれだよ」


 そう言いながら窓の外を指差す九条。その先にはマシン打撃中の野球部の姿が。あからさまに『そのスタイルじゃここからは通用しない』と言われているようで図星の苦笑いを浮かべてしまう。


「でも俺はそのスタイル、好きだよ」

「んぇ?」

「俺も球速は出るけど、お前ほど押し込むようなノビは無い。お前みたいなリリーフがいると心強い」

「……それは過大評価じゃねえか?」

「かもね。一試合しか見てないし」


 そんな言葉がこれからの高校生活、ひいてはそこから先のオレの人生にどれだけ多大な影響を及ぼしたかは定かじゃ無い。でも、確かにオレの野球人としてのターニングポイントはこの九条渓と出会った日だったと確信できるくらいには、重要な日だったと思う。






野球用語簡単説明


アマチュア 野球でいうと高校野球、大学野球、独立リーグ、社会人野球等々。


シニア 中学生を対象とした硬式野球チームの組織。


ノーコン コントロールが皆無なこと。球がストライクゾーンに入らないピッチャー。


ノーヒットノーラン 相手チームに1本もヒットを打たせず、1点も取られずに試合を終えること。一度も打たせずに試合に勝つと達成。四球でランナーを出すことはOK。ノーノーとも略される。


カットボール ストレートのような速さと軌道から、打者の手元でわずかに横に曲がるボール。カッターとも呼ばれる。

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