あやかし少女と過ごす田舎暮らし
わたがし名人
第1話 あやかし少女と過ごす田舎暮らし
地方にある小さな町。周りに家はなく、見晴らしの良い緑豊かな景色が続く。
その町のはずれ、後ろに大きな山を構える一軒家。
その庭のある納屋。看板はないが中にはたくさんのお菓子が並べられている。おそらく商店、並べられている内容から駄菓子屋と思われる。
そこに一人の少女がやってくる。
「ハジメ、ハンコちょうだい」
「はいどうぞ」
「ん、お菓子選ぶ」
ハジメと呼ばれた男性が差し出されたスタンプシートにハンコを押す。少女は店内に並べられたお菓子を選ぶ。
「ん、今日はこれ」
二人は外にあるベンチに座るとお菓子の封を開け食べ始める。
「ん、やっぱりこのサクサクは最高」
少女が選んだのは棒状のスナック菓子、国民的有名な駄菓子だ。
駄菓子をリスのように食べる少女。頭に生えた猫耳がぴょこぴょこ動いている。
少女の名はクロ。黒髪の頭には猫耳、背中からは揺れる二本の尻尾が覗いていた。
これはひょんなことから祖母の遺産であるこの家と山を継いだ青年、遠野ハジメとあやかし少女たちのお話。
地方にある小さな町、そのはずれにある一軒の家。家の裏には大きな山がそびえる。山も含めたここ一帯が祖母の所有する土地だ。
「久しぶりに来たけど変わらないな」
懐かしさを感じながら早速家の中へと入る。
話は数週間前に遡る。
祖母が亡くなり葬儀に参加した遠野ハジメ。葬儀が終わり帰ろうとしたところ親族の会合に呼ばれた。
おそらく相続関係の話し合いだろう。そんな場に自分が何故呼ばれるのだろう。
祖母とはここ数年会っておらず、やりとりも特にしていない。疑問に思いながら向かうと自分が話の当事者と知る。
祖母は遺言状を残しており、その内容は遺産を全て孫の遠野ハジメに譲ると記載されていた。
この遺言状は内容はおろか存在自体、親族誰一人知らなかった。もちろん当事者であるハジメも寝耳に水だ。
そもそもハジメと祖母は特別仲が良かった記憶はない。にも関わらず直々に指名されていた。
このことについて両親に問い詰められるがむしろハジメもその理由を知りたい位だ。
最終的にこの話は一度持ち帰ることになり、後日また改めて話し合うことになった。
祖母との思い出はあまり多くない。小さい頃は長い休みの度に遊びに行っていた記憶があるが普通だったと思う。
そういえば祖母の家によくいた黒猫は元気だろうか。
不思議な黒猫だったな。堂々と家の中をうろうろしていたのに皆黒猫が存在しないかのように過ごしていた。
一度黒猫のことを両親に確認したことがあったが真面目に取り合ってくれなかった。
唯一祖母には見えていたようで黒猫と一緒にいるところを度々見かけたが、そのことについて聞くことは最後までなかった。
祖母の家にいる間、ハジメは山遊びなどに出ていることが多かったので祖母と話すことはほとんどなかった。
黒猫とは外で見かけた時に一緒に遊んだ記憶がある。家では家族の目があるのでなるべく避けるようにしていた。家の中では黒猫は祖母とよくいることが多かったこともあるが。
他の家族には見えない黒猫。もしかしてそれが関係しているのだろうか。
葬儀の後、祖母の家に行った親族が不気味な体験をしたらしい。黒い影が家の中を彷徨っているという。
おそらくその影の正体は黒猫だろうとハジメは思った。しかし祖母とハジメ以外には全く見えなかったはずなのに何故今になって認識できるようになったのか。
祖母が亡くなったからだろうか?
そんな話があった数日後。祖母の遺産相続について再び集まることに。
全員例の噂を聞いているのだろう。空気が重い。そんな中始まった話し合いだが前回とは様子が違っていた。
相続については遺言状通りハジメに任せようという流れになったのだ。
まぁ曰く付きの物件など誰も好んで欲しがらないだろう。
しかしハジメは乗り気だった。両親には反対されたが説得するつもりだ。
祖母がわざわざハジメを指名したのだ。きっと何か理由があるのだろう。それに影があの黒猫ならハジメを害することはないと思う。
そうして遺言状通りハジメが遺産を相続する方向で話はまとまった。
それから数日後、ハジメは祖母の家へ下見にやってきた。
外観は昔遊びに来たまま何も変わっていないようだ。
早速家の中に入る。特に変わったところは見当たらない。
話によると黒い影は家の中にいるらしい。
影の正体が黒猫ならおそらくいつものところにいるはず。
祖母の部屋に入る。和室の中央にはこたつが残されていた。祖母が亡くなったのは冬の終わり。掃除はされていたが室内はそのままの状態になっていた。
このこたつの中が黒猫のお気に入りの場所だった。
早速こたつの中を覗き込む。
「クロ、いる?」
黒猫の名前はクロ。祖母がそう呼んでいたのでハジメもそう呼んでいる。
「ん、誰?」
こたつの中から少女の声が返ってくる。
「え?」
中にいたのは猫ではなく丸くなって寝ていた少女だった。
こたつの中で丸くなっていたのは猫ではなく少女だった。
「ん、だれ?」
少女はのそのそとこたつから出てくる。
ワンピース姿の小学生くらいの黒髪の少女。現在この家には誰もいないことは確認済み。
「もしかしてクロ、なのか?」
「あ、ハジメだ。おっきくなってる」
頭には猫耳、背中から二本の尻尾が揺れているのが見える。
「ねえハジメ、ウメはどこにいったの?」
ウメは祖母の名前。やはりこの少女はクロのようだ。
「クロ、ばあちゃんはもういないんだ」
「どういうこと?」
祖母が亡くなったことをクロに説明する。
「ウメいない。これからどうしよう」
不安そうにつぶやくクロ。
「うん、決めた」
「?」
「俺、ここに住む」
「ハジメ、クロもここにいてもいいの?」
「ああ、もちろん」
クロの頭をそっと撫でる。
祖母にとってクロ一人を残すことは心残りだったに違いない。だからハジメを指名したのだろう。
クロのことをお願い。
遺言状にはそんなメッセージが込められていたのではないか。そんなことを改めて思った。
それからクロを一緒に家の中の確認をする。残っていた食べ物が少し痛んでいた以外には特に変わりはなかった。
一息ついて休憩する。改めて気になっていたことをクロに聞く。
「クロ、その姿にどうやってなったの?」
「わからない。気づいたらなってた」
クロによると祖母が家からいなくなってから人の姿になれるようになったらしい。尻尾の数もその時に増えていたとのこと。
親族がクロを認識できるようになったのも多分それが原因だと思う。
猫又みたいなあやかしなのだろうか。あやかしは危険な存在としてのイメージが強い。
しかし目の前でお菓子を美味しそうに頬張るクロの姿を見て、少なくともクロは人に害するような存在ではないとハジメは思った。
「じゃあまた」
「ん、待ってる」
流石に今日からすぐ住むという訳にはいかないので一度帰ることに。
相続の話はもちろん仕事や引っ越しなどやることが多く大変だが、全く苦に思わなかった。
それよりもこれからの新生活の楽しみの方が上回っていた。クロを待たせていることだしなるべく早く片付けてしまおう。
そして一週間後。
無事引っ越しを終えハジメとクロの新生活をスタートした。
祖母の家に引っ越してから数日。
「ハジメ、おはよう」
「おはようクロ。ご飯できてるよ」
起きてきたクロと一緒に朝食をとる。
「ハジメ、裏山に行ってくる」
「うん、気をつけてね」
クロは朝食を終えると裏山へと向かう。裏山を散歩するのがクロの日課だ。
裏山には危険な動物はおらずたまに猪が迷い込む位だと聞いているので心配はしていない。
この周辺は元々野生動物が少なく平和だが管理下にある以上見回りは必要だ。しかし山は広く見て回るのは大変。
なのでクロが毎日山の様子を見てくれているのは有り難かった。
クロが戻ってくるのは大体昼頃。時折山菜など食べられるものを取ってきてくれたりする。
ハジメは家事など雑務を早々に済ませると庭にある納屋へ向かう。
「よし、今日もやりますか」
納屋の中にあったものは古く使えなくなっていたのでほとんど処分した。中の掃除と痛んだ部分の修理は終わったので、今日は棚を運び入れる予定だ。
ハジメは現在休職中だ。
クロのこともあり引っ越しはすぐに済ませたが相続関係のことなどまだまだやることがあり仕事は全て休止している。
仕事内容は在宅ワークなのでいつでも再開できるが落ち着いてから再開する予定だ。
貯金がそれなりにあるので当面の生活は問題ない。
降って沸いた暇な時間。
何をしよう?クロと一緒に山に行ってもいいが、毎日は流石にしんどい。
ふと目に入ったのが庭にあった納屋。ハジメはここを改装することに決めた。せっかくなので以前からやってみたかったことを実行することにしたのだ。
「ハジメ、戻った」
「クロ、おかえり」
ちょうど昼頃。クロが裏山から戻ってくる。
ハジメの作業もひと段落ついたので昼食にする。
「今日のお昼はカレーにしようか」
「カレー好き。毎日カレーでもいい」
人の姿になって以降色々な料理を食べられるになったクロ。今のお気に入りはカレーだ。
最初は猫の食べられないものは避けるようにしていたのだが、なんか大丈夫そうだったので気にしないことにした。
「カレー、カレー、カレーは最強ー」
ご機嫌に鼻歌を歌うクロと一緒に家に帰る。
「よし、こんなもんかな」
作業を始めて一月弱、ついに納屋の改装が完了する。
物置小屋として放置されていた納屋の中はたくさんの駄菓子が並べられていた。
外観も綺麗に塗り直され看板が新たに飾られている。看板には『だがしや』とひらがなで書かれていた。
ハジメが作っていたのは駄菓子屋だった。
店内は所狭しと駄菓子で溢れていて、通路は確保してあるが狭い。だがこの狭さが良いのだ。ハジメが目指していたのは昔ながらの駄菓子屋。
外にはすぐに駄菓子を食べられるようにベンチを用意した。
満足げに店を眺めていると、
「ハジメ、戻った」
昼食後散歩に出ていたクロが戻ってきた。
「クロ、おかえり。ほら見て、やっとできたんだ」
「?」
「これは駄菓子屋っていうお店だよ」
「駄菓子屋?」
クロに駄菓子屋について説明する。
「!お菓子のお店。凄い」
「これを渡しておくね」
クロに渡したのは一枚のスタンプシート。
「これは何?」
クロにスタンプシートの使い方を説明する。
ハジメが渡したスタンプシート。これは駄菓子屋で使える交換券のようなものだ。
クロがお手伝いをする毎にハンコが一つ押される。
ハンコ一つにつき駄菓子屋にあるお菓子から好きなものを三つ選べるシステムとなっていた。
クロが普段から行なっている裏山の散歩も対象に入る。
「それじゃあ早速ハンコ押そうか」
「あ、猫の顔だ」
スタンプシートに猫のハンコを押すハジメ。
「早速中に入ってみようか」
クロに店内を案内する。
「凄い、お菓子がたくさんある」
所狭しと並ぶ駄菓子に圧倒されるクロ。
「何か食べたいものはある?」
「ん、わからない」
今まで猫だったクロにとってここにあるものは未知の食べ物ばかり。どれから手をつけていいのかわからないのも当然だ。
「それじゃあ一つずつ味見してみようか」
ハジメは棚からいくつか駄菓子を選ぶ。それをクロが一つ一つ試食していく。
目を見開いてくわっと目を見開いたかと思えば、酸っぱいのを食べ驚いたりと様々なリアクションをしていた。
「気に入ったのはあった?」
「ん、サクサクした棒のやつ」
いくつか試食したクロが選んだのは棒状のスナック菓子、コンポタ味を気に入ったようだ。
国民的駄菓子でサクサクした食感が売りだ。クロはこのサクサクが気に入ったらしい。
「ハジメ、全部これにする」
「え、全部同じのでいいの?」
「ん、問題ない」
余程気に入ったのかクロは選べる分全てをそれに決めた。
ハジメとしてはもっと色々な種類のお菓子を楽しんでもらいたいと思っていたのだが、クロが喜んでいるのでよしとすることにした。
この駄菓子屋はまだ開いたばかり。これからいろんなものに興味を持ってもらえればいい。
外のベンチで仲良くおやつを食べるハジメとクロなのだった。
ハジメが駄菓子屋を開いてから一週間。
「ハジメ、ハンコちょうだい」
午後三時、クロがスタンプシートを持って駄菓子屋にやってくる。
ハジメは駄菓子屋を開く時間を午後三時と決めていた。
おやつの時間というのもあるが、駄菓子屋に人が集まるのがこの時間というイメージがなんとなくあったからだ。
クロが小学生位の見た目をしているのでついそれ位の子に合わせた対応をしてしまう。
「はい、今日は何にする?」
「ん、いつものお願い」
クロが選ぶのはいつもの駄菓子。サクサク音をたてリスのように食べていた。
ハジメは横で色々な種類の駄菓子を食べているがクロがそれらに興味を示す様子はない。
駄菓子屋に並ぶ駄菓子の種類はなるべく偏りのないようにしているが、それでもハジメの好みのものが多い。
その中でクロが気に入ったものが見つかっただけでも良しとしよう。
翌日。
「ハジメ、戻った。あとお土産」
いつものように朝の散歩から帰ってきたクロ。どうやら何かを拾ってきたようだ。
このように何か拾ってくるのは珍しくない。山菜や野草など食べられそうなものを採ってきてくれるが今日は違った。
「え、タヌキ?」
「ん、落ちてたから拾った」
クロが抱えていたのは一匹のタヌキ。
「それ生きてるの?」
「わからない」
クロに抱えられたタヌキはぐったりとしている。生きているのかわからない。
「ハジメ、食べる?」
「んー、タヌキって食べられたかな?」
「た、食べないでください〜」
ぐったりしていたタヌキが突然叫びクロの腕の中からすり抜け地面に着地すると、
「ど、どうか命だけはご勘弁ください〜」
土下座して命乞いをした。
タヌキはクロと同じくあやかしで名前はイモコという。
裏山を彷徨っていた所、クロの気配を感じ死んだ振りをしてやり過ごそうとしたらここに連れてこられたそうだ。
イモコは人のいない所を転々としてこの裏山にたどり着いたそうだが、最近ハジメがここに移住したことに気づかなったらしい。
「すでに先客がいたとは知らず、すみませんでした。すぐにここを出て行きますね」
ペコリと頭を下げ去ろうとするイモコ。
「まって。イモコ、ここにいればいい」
「え?」
クロがイモコを引き止める。
「ハジメ、いいよね」
「うん、イモコがよければいてもいいよ」
「いいんですか?」
家は広いのでタヌキが一匹増えたところで特に問題ない。それに意思疎通ができるので手がかからないのもいい。もふもふしてるのもポイントが高い。
などと思っていたら、
「で、でしたら人の姿の方がいいですよね。えいっ」
ぽんっ、と煙に包まれるイモコ。
「み、皆さんこれからお世話になります」
姿を現したのは赤茶の癖毛に芋ジャージを着た少女。その格好と佇まいはザ田舎の少女、この場所にマッチしていた。
「ん、よろしく」
「あ、ああ。よろしくイモコ」
こうして新たなあやかし少女がハジメの家の住人として加わった。
「ハジメ、行ってくる」
「ハジメさん、行ってきます」
クロとイモコは裏山に出かける。イモコがやってきて数日経つが、特に問題なくハジメたちとの生活に馴染んでいた。
イモコはクロの妹分のポジションについていた。 クロがこの家の先輩というのもあるがイモコは元々舎弟気質なのかもしれない。
クロはというと後輩ができ先輩風をビュービュー吹かせご満悦だった。
しかしイモコの方が大きいので、側から見ると
ともかく二人が仲良くできているようで一安心だ。
イモコが来たことでおやつの時間も賑やかになった。
「ん〜、この酸っぱさクセになります」
イモコは酢昆布や練り梅など酸っぱいものが好きらしく好んで食べていた。うっとりした恍惚の表情はどこか惹きつけられるようなものを感じる。
実際、酸っぱいものが苦手なクロも釣られて同じものを口にするがやっぱりダメで涙目になりながらコクコク水を飲んでいた。
わずか数日の間の出来事だが、すでにこの光景を何度も見ていた。
決してクロが学習していないという訳ではなく、イモコの食べる表情が反則的なのだ。何度見ても食べてみたいと思わせる魔力のような魅力があり、すでに食べたことがあるのにも関わらず思わず手に取ってしまう。
ハジメも同様に釣られたことがあるが、実際に食べてみると味は普通だったのでとても不思議だ。
これはおやつ時に限らず普通の食事の時も同様に起こっているが、助かっている部分もある。
自分で山菜を採ってくる割には野菜を食べたがらないクロがイモコのおかげで野菜を食べるようになったので少なくとも悪いことではないと思う。
イモコ曰く別にあやかしの力とかを使っている訳ではないとのこと。単純にイモコの食べ方が人を惹きつける位魅力的だったということらしい。
ふとデパートの物産展にイモコを置いておいたら凄い販促効果になりそうだなと思った。
「あ〜、また負けちゃいました」
「ん、クロの勝ち」
ある日の午後。駄菓子屋が開くまでの間、庭で遊ぶクロとイモコ。バトミントンで勝負しているようだ。
イモコが来てからは裏山に行かない時もあり、こうして庭で遊んでいた。ハジメはその様子を微笑ましく眺めていると、
「いた!」
声のあった方を見る。ハジメの家の前に一人の少女が立っていた。巫女服を着た狐の耳と尻尾を生やした銀髪の少女。
少女はクロたちの前までやってくる。
「クロ、イモコ知り合い?」
「ん、知らない」
「いえ、知らないです」
「ウチの名前はギンコ。ここ一帯を管理してる神様よ。覚えておきなさい!」
手を胸に当て自己紹介をする狐耳の少女ことギンコ。
「神様?」
「か、神様!?ひ、どうか命だけはご勘弁ください〜」
キョトンとするクロと命乞いを始めるイモコ。
「えっと、その神様がわざわざここまで何の用かな?」
「そこのあやかしたちの主はあなたかしら?」
「うーん、どちらかといえば保護者かな」
「ま、どちらでもいいわ。あんたたち、ウチの眷属になりなさい!」
「ん、やだ」
「わ、私もお断りします…」
唐突なギンコの提案を即答で断るクロと、おずおずと断るイモコ。
「ふん、どうやら力づくでいうこと聞かせないとダメみたいね」
「戦うの?負けない」
ギンコとクロの周囲の空気が変わる。あまり良くない雰囲気だ。
「ひぃ。ど、どうしましょうハジメさん」
イモコがハジメに助けを求める。
「ちょっと待った!二人ともいったん落ち着こうか。クロ、おやつまだだけど無しでいいの?」
ハジメは二人の仲裁に入る。まずはクロを説得する。
「だめ、食べる」
「じゃあ戦うのやめよう」
「ん、わかった」
クロから圧が消える。
「ギンコだっけ、よかったら君も一緒におやつ食べる?」
「え?ウチもいいの?」
キョトンとするギンコからも圧が消える。ひとまずなんとかなったようだ。
「何これ、おいしい!」
「ん、このサクサクは最強」
「あ、あのこっちもおすすめです」
先ほどの緊迫した空気から一変し、和やかに駄菓子を楽しむ三人のあやかし少女たち。
駄菓子屋の店内に並ぶ駄菓子を見て目を輝かせるギンコ。自分のお気に入りの駄菓子を薦めるクロとイモコ。
その様子を見てホッと一安心するハジメ。今まで何もなかったので油断していたが、彼女たちはあやかし、人間とは違うことを今回改めて感じさせられた。
「この度は身内がご迷惑をお掛けしました。ほらギンコも謝りなさい」
「うぅ、ごめんなさい」
ゲンコツをもらったギンコが涙目で謝る。
その後ギンコに住んでいる場所や保護者はいるか聞いたところ、ギンコはこの町にある神社に世話になっているそうで連絡してからしばらくすると一人の女性がやってきた。
「ん、許す」
「わ、私も大丈夫です」
クロとイモコは謝罪を受け入れる。二人とも特に気にしていないようでよかった。
そのまま女性に連れられ帰っていくギンコ。
ハジメたちも家に戻る。
今まであやかしについて何も知らなくてもなんとかなると楽観的に考えていたが、今回の件で考えを改めることにした。
ギンコを迎えに来た女性は神社の関係者。彼女から後日改めて話をしたいと言われた。
少なくともハジメよりはあやかしについて知っているようだろうから色々聞くことにしよう。
「二人ともいらっしゃい」
「うむ、出迎えご苦労」
「ギンコ、ちゃんと挨拶する」
「…こんにちは」
数日後、ギンコたちが再びやってきた。
「それじゃあ俺はフミさんと話があるからクロたちは外で遊んでて」
「ん、わかった」
クロたちあやかし組は遊び道具を手に庭に向かう。
「ではフミさん、行きましょう」
「ああ」
ハジメたち二人は家の中へ向かう。
女性の名は九重フミ。ギンコが暮らす神社の家の娘で巫女をやっているそうだ。Tシャツにジーンズとラフな姿だがどこか神秘的な雰囲気を感じさせる女性だった。
「ウメさんから話は聞いているわ。あやかしが見える孫がいるって」
「え?」
どうやら祖母はフミの神社と以前から親交があり、ハジメのことだけでなくクロについても知っていた。
祖母とハジメはあやかしが見える特殊体質であやかし憑きというらしい。
クロは人の姿になる前からあやかしだったという。そのため普通の人には見えず、祖母とハジメだけにしか見えていなかったのだ。
「知らなかった…」
初めて知る事実に衝撃を受けるハジメ。
「心配しなくていいわ。あやかし憑きを保護するのは私たちの役目だから。それにあなたのことはウメさんからも頼まれているしね」
祖母はハジメのために色々動いていたらしく、この家の相続もその一つだという。
「本当はもう少し落ち着いてから挨拶に伺うつもりだったのけれど」
「ギンコが先に来ちゃったと」
「ええ、猫のあやかしが人化するのは予想できてたけどまさかもう一人増えるなんて予想外だったわ。ギンコも見習いとはいえ一応土地神だから看過出来なかったみたい」
クロのことは元々把握しており人化することもわかっていたので問題なかったそうだが、イモコのことは完全にイレギュラーだったらしい。
「それで俺はこれからどうすればいいのですか?」
「このまま普通に過ごしてもらって構わないわ。何かあれば連絡してくれればこちらで対処するわ」
あやかし憑きと判明したが特にすることはないらしい。クロたちについても、
「みたところあの二人は人に害するような感じじゃなかったし問題ないわ。けど中には危険なあやかしもいるから用心して」
どうやらあやかしには危険な存在もいるそうだ。
「それから、もう少し言葉崩してもいいわよ。年も近いことだし」
「ああ、わかったよフミさん」
「フミでいいわ」
「フミ、これからよろしく」
「ええ、よろしくハジメ」
話が終わり庭に出ると、
「ククク、どうした全然届いてないぞ」
「む、イモコもっと高くする」
「こ、これ以上は無理ですぅ〜」
宙に浮くギンコとイモコに乗ったクロがバトミントンをして遊んでいる様だが、ギンコが高いところにいるためクロの打つ球が届いていなかった。
「ギンコ、むやみに力を使わない!」
「げ、フミ」
フミに注意され地面に降りるギンコ。
「フミ、あれは?」
「あやかしは特殊な力を持ってて、ギンコのは妖術。今みたいに宙に浮くこと以外にも色々できるの」
どうやらあやかしには不思議な力があり、マンガやゲームみたいな能力が使えるらしい。
「フミ、クロは何ができる?」
クロがフミに駆け寄り質問する。
「そうね猫又に多いのは身体能力の向上だったはずよ」
「?」
「クロ、試しに思いっきり高くジャンプしてみようか」
「ん、わかった」
クロが足に力を込めジャンプすると、先程ギンコが宙に浮いていた地点よりも遥か高く飛んでいた。
「すごい。ハジメ今の見た?」
「うん、とても高く飛んでたね」
クロは自身の持つ力に興奮していた。
「イモコは何ができるかわかる?」
イモコに聞いてみると、
「は、はい。お見せしますね。むん!」
イモコが手で印を組むと、ポンと煙に包まれた。そして煙から現れたのは狸の置物。
「う、上手くできてますか?」
「うん、ばっちりだよ。イメージ通りだね」
イモコの力は変化。その名の通り何かに化けることができる。化け狸のイメージ通りの力だった。
フミによると世間に伝わるあやかしの能力は事実であることが多いとのことだが、あやかしを知るものが少ないので隠す必要がないのだという。
まぁハジメも最近まで知らなかったので問題はないのだろう。
「ギンコ、そろそろ帰るよ」
ギンコとフミは帰り支度を始める。
「あ、ちょっと待って」
ハジメは駄菓子屋へ向かうと、
「はいこれ」
「?」
「今日はクロたちと遊んでくれてありがとう。これはそのお礼」
ギンコに渡した袋には駄菓子が入っていた。
「帰ったら食べてね」
「おお、見たことないのがたくさん入ってる。これ全部ウチの?」
「そうだよ。その代わりちゃんとフミの言う事聞いていい子にするんだよ」
「わかった!」
元気よく返事するギンコ。
「すまない、今度何か持ってくる」
「構わないよ。それよりまた遊びに来てくれた方が嬉しいかな。クロたちも喜ぶし」
「そうか。ギンコ、またここに来てもいいってさ」
「来る!」
ギンコは食い気味に即答する。
「クロ、イモコ。ギンコまた来てくれるって。よかったね」
「ん、次は負けない」
「お、お待ちしてます」
次も遊びに来る約束をして改めて帰っていくギンコとフミ。
「それじゃあ俺たちもおやつの時間にしようか」
「ハジメ、ギンコにあげたのと同じの食べたい」
「わ、私も同じのでお願いします」
ハジメたちは駄菓子屋へと向かう。
「クロ、イモコ。フミの言うことちゃんと聞くんだよ」
「ん、わかった」
「はい」
「それじゃあフミ、あとはお願い」
「ええ任せて」
フミにクロたちのことを頼むとハジメは自室に戻っていく。
「二人とも始めましょうか」
居間で始まった勉強会。クロたちあやかしに人間社会の一般常識や小学校程度の知識を教えるのが目的だ。
教えるのはフミ。彼女は教員免許を持っており以前はギンコに教えていたという。ギンコはすでに学び終わっているので今日は留守番だ。
フミの仕事はあやかし関連と聞いていたがこういったこともしているらしい。
まずは文字の読み書きから始まる。意外にもイモコはある程度文字を読むことができていた。人に見つからないようにしているうちに看板などから文字を覚えたのだという。
一方クロは苦戦していた。今まで普通の猫として過ごしていたので当然だ。
休憩を挟みつつ勉強会は進んでいく。十時から始まりあっという間に十二時前。
「みんな、そろそろお昼にしようか」
ハジメがクロたちに声をかける。
「お昼!」
ぐったりしていたクロが元気になる。
「区切りもいいし今日はここまでにしましょうか」
勉強会はひとまず終了となった。
「ハジメさん、何か手伝いましょうか?」
「イモコ、お皿の準備頼めるかな」
「わかりました」
イモコが率先して手伝いを申し出る。
「ハジメ、今日のお昼は何?」
「ミートソースだよ。クロ、机の上きれいにしておいて」
「ん、わかった」
クロはテキパキと片付けを始める。
「私も何か手伝いましょうか?」
「すぐできるから大丈夫」
「そう、なんだか悪いわね」
「お世話になりっぱなしだしね。これ位はやらせてよ」
「お言葉に甘えることにするわ」
それから少しして昼食の準備は終わり全員揃って食事を始める。
「うまー」
クロが口をソースまみれにしながらミートソースを夢中で食べる。
「ほらクロ、口汚れてるよ」
ハジメがクロの口を拭く。その一方イモコは器用にフォークを使いきれいに食べていた。
「…」
「フミどうしたの?もしかしてミートソース苦手だった?」
黙りこくったフミの様子を見てハジメが声をかける。
「いや、ギンコもこういうのが好きなのかなと思って」
フミは兄とギンコの三人暮らしでフミと兄は食にこだわりがなく、食事は質素な和食中心で甘味も貰い物の和菓子や果物で十分だという。
ギンコも今まで不満を言わなかったので問題ないと思っていたが、この前駄菓子を食べた反応を見て我慢しているのではないかと感じたらしい。
「そしたら今度ギンコも一緒にご飯食べに連れてきてみれば?」
「いや…ええ、お言葉に甘えてることにするわ。お願いできるかしら?」
「ああ、任せて」
「みんなでご飯。楽しそう」
「お、お手伝いできることがあれば言って下さい」
クロとイモコも乗り気のようだ。
今度はギンコも含めたみんなで食事をする約束をしたのだった。
フミと約束した数日後。季節はもう初夏に入っていた。
「よし、こんなもんかな」
今日はギンコたちがやってくる日。ハジメが庭で昼食の準備をしていた。
「大きい板。ハジメ、これで料理作るの?」
「ああ、そうだよ」
ハジメが用意していたのは大きな鉄板。今日はこれで料理をするようだ。
「ハジメさん、こっちの用意もできました」
「ありがとうイモコ」
イモコが食材を縁側まで運んでくる。あとはギンコたちが来るのを待つだけ。
「こんにちわ!」
少ししてギンコとフミがやってくる。
「ハジメ、今日は外で食べると聞いているのだけど一体何を作るの?」
「鉄板を使ったメニューだよ。色々用意したから楽しみにしてて」
早速調理を開始するハジメ。まずは焼きそばを作るようだ。手際よく食材を混ぜていく。
「ん、いい匂い」
「へー、こういう料理があるのね」
「外で焼きそば食べられるなんて夢みたいです〜」
クロ、ギンコ、イモコの三人は鉄板の前に陣取り調理の様子を齧りつきで見ていた。
「危ないから少し離れててね」
「私も何か手伝いましょうか?」
「そしたらお皿の準備お願い」
「わかったわ」
完成した焼きそばを皿に盛り付けていく。
「熱いから気をつけてね」
「「「いただきます」」」
焼きそばを食べるクロたち。
「うまー」
「おいしいです〜」
「うん、中々おいしいじゃない」
好評なようで良かった。クロたちが焼きそばを食べている間、ハジメは次の料理に取り掛かる。
今度はお好み焼きを作るようだ。用意したタネを次々と焼き始める。
「ハジメ、まだ何か作るの?」
「うん、まだ時間かかるからゆっくり食べてていいよ」
ハジメが調理し始めたのを見て急いで焼きそばをかきこもうとするクロにゆっくり食べるよう促す。
「ねえ、まだ何かあるの?」
「あと何品か作るけどギンコはまだ食べられる?」
「ええ、まだまだ食べられるわ」
「クロはいいとして、イモコも大丈夫かな?」
「あの、それってお好み焼きですよね?はい、お腹が裂けても絶対食べます」
「はは、無理しない程度に食べてね」
今日はやけにテンションの高いイモコ。
「イモコ、今日はなんか変。どうして?」
様子のおかしいイモコにクロが問いかける。
「すみません、なんかお祭りに参加してるみたいで嬉しくって」
かつて各地を転々と渡り歩いていたイモコ。その中で夏祭りなどの行事を遠めからよく眺めていたそうだ。
いつかお祭りの屋台の料理を食べるのが夢で、今回イモコにとってまさに夢が実現した形だったのだ。
「フミ、そういえばこの町ってお祭りあるの?」
「昔はあったけれど今はやってないわ」
「ウチがここに来た時にはもうやってなかった」
この町では現在お祭りは行われていないそうだ。
「はい、お好み焼きできたよ」
お好み焼きはいくつかの種類を用意したが、食べ盛りのあやかし三人娘たちはあっという間に平らげてしまった。
「はー、おいしかった」
「こんな幸せなことがあっていいのでしょうか。も、もしかしてこれは夢!?」
満足そうにお腹を撫でるクロと夢見心地のイモコ。
「焼きそば美味しかった。また食べたい。フミ、家でも作れる?」
「今度用意しておくわ」
ギンコは焼きそばが気に入ったようでフミにリクエストしていた。
片付けが終わるとクロたちは遊び始める。
「フミ、お祭りってもうやらないの?」
「この辺りは子供がいないから再開することはないと思うわ」
「そっか…」
考え込むハジメ。
「ハジメ、一度兄に会ってみない?」
「え?」
「あの子たちの為に祭りをやりたいんでしょう?それなら神社に相談してみたらどうかしら?」
フミの兄は神社の宮司。確かに話を聞くなら適任の人物だ。
「それに兄も一度ハジメに会ってみたいと言っていたし」
「ありがとうフミ。近いうちに挨拶に行くよ」
こうして近日中にフミの神社へ行くことが決まった。
「クロ、イモコ。フミの言うことちゃんと聞くんだよ」
「ん、わかった」
「わかりました」
「フミ、二人のことお願い」
「ええ、任せて」
「ハジメ、ウチには何かないの?」
「ギンコも留守番頼んだよ」
「うん!」
「じゃあ行ってくる」
留守をフミたちに任せるとハジメは出かけて行く。
ハジメが向かったのはフミの家、九重神社。今日はフミの兄に会いに行く日だ。
ハジメと二人で話したいということだったのでフミとギンコはハジメの家に来ていた。
「それじゃあ二人とも訓練を始めましょうか」
「ん、難しい」
「フミさん、できました」
「イモコはいい感じね。クロはもう少し頑張ってみましょうか」
クロはその場で力み唸っているが変化はない。一方イモコは頭のケモ耳と尻尾が消えていた。その姿は普通の人間にしか見えない。
今クロとイモコが行なっているのはケモ耳と尻尾を隠す訓練。人前に出てもいいようにするのが目的だ。
現在クロとイモコの行動範囲は裏山を含むハジメの家周辺のみで他の場所に行くことはない。なので現状問題ないが今度どうなるかわからない。
ちなみにこの町の住人のほとんどはあやかしの存在を認知している。なのでそのままの姿でうろついても問題ないのだが用心するに越した事はない。
ちなみにギンコは既に習得済みだ。よく神社から抜け出し一人で散歩に出歩いてはフミに叱られていた。
「少し休憩しましょうか」
クロの進み具合はあまり良くないようだ。
「クロだけ上手くいかない。なんで?」
珍しく落ち込んだ様子のクロ。
「そうね、ギンコとイモコは元々化けるのが上手い種族だからすぐできるのは当たり前なの。クロは猫のあやかしだから少し難しいのかもしれないわね」
フミがフォローするがクロの顔は晴れない。
「クロさん、アレをしてみたらいいんじゃないでしょうか?」
イモコがクロに提案をする。
「ただいま」
ハジメが神社から戻ってくる。
「お帰りなさい」
「ただいまフミ。あれ?みんなは?」
フミが出迎えてくれたがクロたちの姿が見えない。
「こっちよ」
フミに連れられ居間に向かうとクロたちがハジメのことを待っていた。
「みんなただいま」
「おかえり、ハジメ。ん、変身!」
クロがポーズを構えると頭のケモ耳と尻尾が消える。
「次はイモコとギンコ」
「へ、変身」
「えーっと、こうだっけ?変身」
続けてイモコとギンコも変身ポーズを決めるとケモ耳と尻尾が消えた。
「おお、凄い」
クロたちがやっていた変身ポーズは日曜朝にやっているヒーロー番組のものだ。何気なくテレビをつけていたらいつの間にかクロがハマっていた。
上手くケモ耳と尻尾を消すことができないクロにイモコが提案したのはこの番組の変身ポーズを真似てみることだった。
結果は大成功。毎回ポーズをとる必要があるがこれでクロとイモコも家の外に出られるようになった。
ちなみにイモコとギンコはこのポーズを取る必要はないのだが、クロのテンションに巻き込まれ一緒にポーズを決めることになった。
「まだ持続時間は短いからもう少し練習は必要だけれど、ひとまず目標は達成できたわ」
「ありがとうフミ。こっちもちょうど話がまとまったからさ」
フミの兄との話し合いはうまくいったようで、小規模ではあるが神社でお祭りをやることが決まった。
「まぁお祭りといっても子供会みたいなものなんだけどね。フミにも手伝ってもらうことになるんだけどいいかな?」
「ええ構わないわ」
身内だけで行うので運営はハジメ、フミ、フミの兄の三人で行う予定だ。
「ねぇ、神社でお祭りやるの?」
話を聞いていたギンコがソワソワした様子で聞いてくる。
「そうだよ。でも小さいお祭りだからギンコのイメージしてるのと違うかもしれないけど」
「ううん、そんなの気にしない。ウチたちのためにやってくれるんでしょう?それだけで嬉しい」
クロとイモコもやってくる。
「ハジメ、クロもお祭り行っていいの?」
「わ、私も行きたいです!」
「ああもちろん。みんなの為にやるお祭りだからね」
「やった」
「はぁ〜、お祭りに参加できるなんて夢みたいです」
バンザイで喜ぶクロとだらしない表情のイモコ。気が緩んだのか二人とも元の姿に戻る。
「クロとイモコはもっと長くその姿になれるように頑張りましょうね」
「ん、頑張る」
「はい頑張ります!」
フミの言葉に元気よく返事する二人。
「ウチももっと頑張る」
ギンコは既に問題ないと聞いているがクロたちと一緒に参加するようだ。やる気があるのはいいことだ。
「みんな、おやつの時間にしようか」
その後はみんなで駄菓子屋に向かいおやつを楽しむのだった。
「それじゃあ行きましょうか」
夕方、準備を終えたフミたちがハジメの家を出る。
今日はお祭りの日。ハジメは準備の為朝から神社に行っており、クロたちの引率はフミが行うことになっていた。
九重神社はハジメの家から車で三十分程。フミの車に乗り神社に向かう。
神社に到着する。普段なら気付かれずに素通りされてしまう程小さな神社だが、今日は提灯の灯りで幻想的に彩られていた。
「ん、きれい」
「はぁ〜、ここがお祭りの会場なんですね」
「いつもの神社と全然違う。フミ、ここ本当にウチの神社?」
「ええそうよ」
クロとイモコは初めて見た神社の光景に感動する。ギンコは普段と違う様子の神社に驚いていた。
「さ、早く先に進みましょう。ハジメたちが待っているわ」
入り口で立ち止まっているクロたちにフミが先に進むよう促す。
「ん、お店がある」
「見てください。屋台がありますよ!」
「本当にウチの神社でお祭りやってる」
境内まで進むとここにも提灯が並び、その奥には屋台と大きなテントがそれぞれ一つ立っていた。
「いらっしゃい、みんな浴衣似合ってるね」
屋台の中からハジメが出てくる。
浴衣はこの日のために用意したもので、クロは青、イモコは赤、ギンコは白の浴衣を着ていた。
「おう、ちびたち来たか。それじゃあ始めるとするか」
テントの方から坊主頭の大柄な男性が出てくる。九重レイジ、フミの兄でこの神社の宮司だ。
ハジメも同じ位の背丈なのだが体格の良いレイジと比べると細く見える。
屋台には大きな鉄板、テントにはかき氷器やわたあめ機がそれぞれ用意されていた。
屋台はハジメ、テントはレイジが担当するようだ。
「みんな、何から食べる?」
「ハジメ、食べ物何があるの?」
「ああ、ごめんごめん。メニュー表用意してたんだった。はいこれ」
クロにメニュー表を手渡す。
「たくさんある」
「私これがいいです」
「ウチにも見せて」
クロたちはメニュー表に食い入るように見る。
「みんな決まった?」
「うまうま」
「あ、次はそれください」
「なぁレイジ、ウチもそれやりたい」
クロたちは各々食事を楽しんでいた。
クロは両手いっぱいに焼きそば、たこ焼きお好み焼きなどを抱え口いっぱいに頬張っていた。
イモコは一つずつ丁寧に食べてはいるが、そのペースは早く用意したものをコンプリートするつもりのようだ。
ギンコはわたあめを作るレイジの作業をやりたがっていた。
クロたちの食事がひと段落すると、
「みんな、花火の用意できたよ」
ハジメが手持ち花火を持ってくる。
「花火?」
「え、花火できるんですか!?」
「花火!ウチ知ってる」
花火の遊び方をクロたちに教える。
「ん、面白い」
「わぁ〜、きれい」
「ふはは、ウチ最強!」
「ギンコ!花火振り回さない」
クロはネズミ花火をジッと見つめ、イモコは線香花火にうっとりし、ギンコはススキ花火を振り回しフミに怒られていた。
出店の食べ物を堪能し、花火を楽しんだクロたち。
「みんな今日は楽しめたかな?」
「ん、大満足」
「最高でした」
「今度はウチも作るのやりたい」
どうやら大成功のようでホッとするハジメ。
「クロとイモコはお泊まりの準備しようか。フミ、ギンコ後はお願い」
「ええ、任せて」
「ウチが案内する。クロ、イモコ。こっちこっち」
残ったハジメとレイジは後片付けを始める。
「レイジさん、今日はありがとうございました」
「おう、いいってことよ。これ位お安い御用さ」
テキパキと作業を進めるレイジ。
「こっちも礼を言わせてもらうよ。ありがとな」
「え?」
ギンコがハジメの家に行くようになってから以前はやらなかった家の手伝いを自ら進んでやるようになったという。
クロたちに感化されてギンコもいい影響を受けているとのこと。
「これからも仲良くしてくれると助かる」
「もちろんです」
片付けを終え住まいに向かうハジメとレイジ。
戻るとクロたちは遊び疲れたのか既に寝ておりフミが出迎えてくれた。
クロたちの満足そうな寝顔を見てハジメはこれからもクロたちが楽しく過ごせるようにしていこうと決意した。
それが祖母の願いだと思うし何よりハジメもそうしたいと思った。
クロたちあやかしと過ごす日々。
楽しい時間はハジメが願う限りこれから先もずっと続いていくことだろう。
あやかし少女と過ごす田舎暮らし わたがし名人 @wtgs-mijn22
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