討伐を真実とする彼《か》の威《い》の薙刀――④

 クロエクラリスさん、彼女は本当に心穏やかで優しい人だけれど、その個性的な感性について、少しボクには理解しきれないところがある。


「クロちゃんはさ、どーしてお師匠様のことが嫌いなの?」


「――……アイツさえいなければ、私が、名誉と権威を独占できたからよ……」


 修行の場へ出向く準備をしながら、クラリスさんは額に青筋立ててドス黒い声を漏らした。


 モニカは首を傾げる。


「名誉、権威……の、独占。クロちゃん、それ、欲しいなって思うの?」


「当然じゃないの。私がその全てを手中に収めている現実を、何度も夢見たわよ……!」


「手中に収めて、どうするのよ?」


「フフン、名誉と権威を手中に収めてやることなんて、一つよ」


 知らないなら教えてあげる、と子供に言うように、クラリスさんはのたまった。


「男の子を、はべらせるのよ」


「――はべらせる」


「そう、何人もの美丈夫びじょうぶの男の子を、はべらせて生きていくの。フフ、想像できるかしら。――名誉と権威を手中に収めればそれも可能だった……ッ、現実だった! エーデルワイス! アイツ!! アイツさえいなければ!!!!」


「……名誉と権威を手中に収めなくても、はべらせればいいじゃん」


「盤石な名誉と権威を手中に収めてこそ、はべらせることができるという話でしょう……! 【ウィッチサークル】を現代の形に再建、私が代表者の席に収まる……。そうして始めて、十全にはべらせることができるという話よ。想像してみなさいな……」


「はぁ……」


「――――……。――フヘ」


 クラリスさんは怪しい笑みを浮かべて、そしてまたたきので額に青筋はしらせた。


「それが、今や机上の空論と化している……。その“夢”のために、何年も何年も――机に向かい合っていたというのに……ッ!」


 そんなことある?


 彼女の語る理想論に、失礼ながらそんな思いが浮かぶ……。

 まあ努力動機なんて人それぞれだろう、実際それで現代至高の【アンリアルウィッチ】として出世したのだから凄い。


「私ちょっと分かんない」


「…………あなたはいいでしょうよ(小声)」


「クラリスさん、準備が整いました。お待たせして申し訳ないです、いつでも出れます」


 必要装備を揃えて声をかけると、クラリスさんは頷いて立ち上がった。


「それじゃ、行きましょうか。目的地はここから北西――荒地あれちとのさかいしげった山林、【うたかたの森】よ」


 ビシッと場をめて、クラリスさんはボクたちに背を見せて歩み始めたのだけれど――そこで小さな不慮の出来事アクシデントが起こった。


 ちょうど、イチコドールさんが工房に顔を見せに来てくれたのだ。


「おはよう、リョウガくん、モニカちゃん! あら……お客さんがいらしてたのね、時間をあらためたほうがいいかしら」


「おはようございます、イチコさん。実はこれから出るところでして……急ぎのご都合でしたらぜひおうかがいさせてください」


「いえいえ、このあいだモニカちゃんにいただいたジャムのお礼がしたかっただけなの。手土産を持ってきたのだけれど、よければこれだけでも」


「ありがとうございます、いただきます……!」


「ありがとーイチコさん! あっ、オレンジの砂糖漬けだ! 私これ好きなんだぁ、覚えててくれたんだ?」


「フフ、覚えておりました。――気をつけていってらっしゃいね。――あっ、すみません私ったら! ご挨拶もまだで……初めまして、私はこの村で魔法具店をいとなんでおります、イチコドールと申します」


 イチコさんが丁寧に挨拶をすると、クラリスさんもそれに応じた。


「――――……スっ――」


「ずいぶんと歴戦の影をお見受け致します。リョウガくんとモニカちゃん共々、無事をお祈りしておりますわ」


「――――……スっ――」


 か細い吐息みたいな応答で会話(?)する、覇気はきを無くしたクラリスさんの様子を見取って、イチコさんは柔らかな笑顔でボクたちに言った。


「ずいぶんと寡黙なお方なのね。なんだかカッコいいわ」


「そ、そーでしょ? 実は凄い人で、その、――時々、寡黙なの」


 モニカ、その言い方はマズい。クラリスさん、ズガンと衝撃はしってショック受けてるよ。


 …………クロエクラリスさんは、お師匠様と違って最初から超越者だったわけではない。資質と資格をそなえていただけだ。


 その身に宿やどして生まれた魔法は、そのままではどうあっても効果をさないほどピーキーの過ぎる力だった。


 しかし彼女はただなげくことなどせず、自身の魔法を完全に解釈かいしゃくせんと、人生の大半を本と机にささげ、積年せきねんにわたるおびただしい量の勉学を重ねた。


 その結果が、現代至高の【アンリアルウィッチ】。

 本当に凄い人だと思う。


 ただ……。


 人生の大半を机に向かって過ごしたために、少しだけ……クラリスさんは対人コミュニケーションが苦手なふしがあった。


 きっと、それもあっての『上々段の“立場”から美丈夫をはべらせる』という欲求の発想なのだろう。美丈夫びじょうぶという部分も少しだけ闇が見える。


「――――……スっ――」


 玉にきずというやつだろう。ただ、ボクたち兄妹けいまいは、そんなところには思うところを抱かないほど、この人のことが好きだ。



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