第10話 騒がしい朝


「そういえば、美咲はどうしたんだ?」



「え? 何? いきなり美咲の事聞いてきて、キモ……」



「よし今からそっち行ってお前の額にゴム鉄砲ぶつけてやる」



「地味に痛いのやめてよ。冗談だから」



 あぁ、冗談か。

 危ない危ない。俺もいささか大人げなかったな。



「でもなんでいきなりあの子のこと聞いてきたのよ」



「いや、単純に気になっただけだよ」



「そう…」



 俺がそう言うと美里は電話越しでもわかるくらいにしゅんとした様子になる。



「あの子は今、お風呂に入っている。」



「あ、あぁ、そうか」



「逆に恋ちゃんはどうしたのよ。そばにいないの?」



「あいつも今母さんと風呂だよ。」



「ふ〜ん」


 

 そうやって俺達はその後も何気ない雑談をした。それから数分後に美里は風呂が空いたようで入浴しに行き、そこで通話は途切れた。



「さて、それじゃあそろそろこっちも空いた頃だろうし降りますか」



 そう言って椅子から降りて部屋を出ようとする。すると突然バンッ!と勢いよくドアが開いた。



「パパ! どう?」



 ドアを勢いよく開けた恋が唐突にそんなことを聞いてくる。



「どうって、何が?」



 俺がそう言うと恋はぷくーっと頬を膨らませながら怒っているような表情になる。

 

 ――正直全然怖くない。



「パジャマだよ! パジャマ!」



「パジャマ?」



 そう言われたので改めて恋のパジャマを見る。



 全身少し明るい緑色のパジャマに白色ラインがあってシマシマ模様のパジャマ。



「あ、あぁ。似合ってるんじゃないか?」



 とりあえずそう返しておく。だけど、そんな曖昧な返答に恋は不満を持ったらしく――。



「もう! パパってほんとパパだよね! もういい!」



 そう言ってぷんぷん怒りながらズカズカと歩いて俺のベッドにそのまま入ってしまった。



「あのー、恋? なんで俺のベッドに?」



「⋯⋯ダメなの?」



 恋は甘えた声と上目遣いでベッドの中から見てくる。そんな顔をされてしまっては当然断れることもなく――。



 ――なんて、恋は思っているだろう。

 だが、俺はそこまで甘くはない。

 たけど、こいつは今日、母さんと一緒に寝るはずだったが――。

 


 こいつの事だ。ここから離れることなど天地がひっくり返ってもないだろう。

 なので俺はそっと部屋を出ようとする。



「え?ちょっとパパ?どこいくの?」



 恋もすぐに了承してもらえると思っていたのだろう。意外そうな表情と声で聞いてくる。

 そんな恋に、俺は冷静に告げる。



「リビングのソファで寝るんだよ」



「え?なん、で?ここで寝ればいいじゃん」



 恋はそんなことを言ってくる。けど、俺はそれを拒む。



「ダメだ。いくら親子と言っても今は違う。俺たちはお互いに思春期真っ只中なんだ。こんなこと、もし美里たちにバレたら⋯⋯」



 そう言いかけて、俺は気づく。恋が、泣きそうになりながら俺の服の袖を掴んでいる事に⋯⋯。



「恋⋯⋯?」



「なんで、なんでなの? パパは恋と寝たくないの? 恋のこと……、嫌い、なの……?」



 泣きながらそんなことを言ってくる恋。

 そこで、俺は思い出した。今日の夜、恋にキツイ事を言ってしまっていた事に……。



(『ついてくるな!』)



 俺は振り返ってそっと、恋を抱きしめる。



「パ、パ……?」



 恋は少し驚いたような声をあげる。そんな恋に、俺は、優しく言った。



「ごめん、恋。今日何度もキツイ事言って。でも、嫌いなことなんて絶対ないから。俺はもう、お前の事は本当の娘だって思ってる」



 俺がそう言うと、恋は心底安心したように『うん……』と言った。



 そうして、結局一緒に寝ることになりベッドに入っている。

 恋は、俺の腕に抱きつきながら横でぐっすり眠っていた。



「あ、風呂……」



 そこで俺は風呂にまだ入ってない事を思い出した。けれど――。



「こいつの腕を無理やり解いてなんてできないよな……」



 俺は横で幸せそうに眠る恋を見ながら呟く。結局俺は、風呂は明日の朝に入る事にして、眠りにつくのだった――――。




「パパ! 起きてぇぇぇ!」



「うわぁぁぁ?!」



 いきなり耳元で叫ばれた事で、俺の意識は瞬時に覚醒する事ができた。だけど―――。



「お前、朝からそんな大声出すなよ……」



「ごめんパパ。でも、未来でママがパパを起こすときにはこれをやりなさいって言われてたから」



 以前、確か美咲にもこんなことをやられたな。あいつにしては荒っぽい起こし方だからほんとにびっくりした記憶がある。



「あの野郎……」



 俺は絶対復讐してやろうと心に誓った。



「パパ? お顔、怖いよ?」



 そうして俺達は朝の身支度をする。歯磨きに顔洗いに、それから昨日忘れた風呂に。

 すると、朝食を食べているとインターホンがけたたましく鳴り響いた。



「恋、出てくる!」



 そう言って恋は玄関に駆けて言った。それからすぐに恋の大きな声が俺の所まで届いてきた。



 俺が何事かと急いで玄関に行くと、そこには美里と美咲がいた。恋はというと美咲に抱きついて、頬をすりすりさせていた。



「おう、おはよう……」



 とりあえずそう言っておく。最初に口を開いた美里は驚いた様子で呟く。



「嘘……、起きてる……」



「おかげさまで、恋に耳元で叫ばれてな。未来のママとやらから教わったのだとよ」



 俺は皮肉がまじった声で言う。それに対して、美咲が恋の頭を撫でながら言った。



「そうなのですか。恋ちゃん、よくやりました!」



「エヘヘ♪」



 恋は嬉しそうにはにかんだ。



「『よくやりました!』じゃねぇよ。俺からしたら迷惑だっての」



 俺はため息をつきながらそんなことを言った。全く。こういうところはやっぱ似ているな。



「ほら親一、はやく準備してよ。」



 美里の言葉に『そうだな』と軽く返して準備を済ませる。



 そして、準備を済ませて俺達は学校へ向かう。昨日までは三人だけだったが、今日からは四人だ。



「いってらっしゃい!」



 母さんのその言葉に俺達は"行ってきます"と返して騒がしく(主に恋が)登校するのだった。









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