突然だがお前を殺すことにした
@turuhashi
プロローグ 革命と喪失の序曲
王国に二人の貴族の兄弟がいた。
兄は12という若さで奴隷商としての才覚を見いだし、王国の発展に寄与した。
弟は発展の最中、捨てられていく奴隷を見捨てられず、救う為の方法模索し続けた。
月日は流れ、兄は家督を捨て独自に財団を立ち上げると、より巨大な奴隷市場を作り上げた。
その革新的な手腕により、王国は新たな文明を開花させる。
その一方で弟は……
――――
月明かりが工場のレンガを鮮やかに照らす。2つの人影が工場の入り口に立っていた。
一人は腰にロングソードを帯刀した暗い茶髪のショートヘアーをした若い女性だった。そしてもう一人は男だった。黒ずんだ金髪が片目を覆うように延びており、そこから何処か虚ろな瞳を覗かせていた。
「ねぇ、ルクス。この工場を抑えた程度で本当に奴隷の解放とやらが出来るわけ?」
「いきなりは無理だ。
サテラ、あくまでもこれは下準備だ。本格的に動くのはこの後だ」
ルクスと呼ばれた男は影が差したかのような虚ろな声でそう言った。サテラと呼ばれた女は興味の無さそうな表情で相づちを打つ。
「じゃあ、パパッと仕事しますか」
サテラはそう言うと工場の扉を叩く。
「すいませ~ん。グルーシャ家の者なんですけど、手紙の方のお返事、聞かせて頂けませんか?」
数秒の沈黙があったかと思うと突然、地響きが鳴る。訝しむサテラをルクスが引っ張る。
するとその直後、轟音と共に扉が吹き飛んだかと思うと彼女のいた場所に腕の形をした肉塊が叩き付けられていた。
「図に乗るなよ若造。奴隷の使用を取り止めろだと?この青二才が!
ノータリンなお前の脳ミソに我が最高傑作を叩き込んでくれる!」
耳に響く声と共に扉の奥から、数百を超える腕の形をした肉塊が現れる。その中心部で腕に包まれるようにして背の小さい白衣を老人が鎮座していた。王国都市中央連盟第一工場所属ツヴァイ・シュタインズ工場長だ。
ツヴァイは素早くレバーを動かすと続け様に無数の腕を二人へ飛ばす。
「まぁ、そうなるわよね……!」
サテラはそう言うと抜刀し、薄気味悪そうに腕を斬る。だが、剣は火花を散らし、はじかれる。
「何よアレ!?」
「気を付けろ、あの肉には特殊な金属が混ぜ込んであるらしい。恐らくは腕一本一本が鋼よりも硬い」
「ちょ……そんなのアリ!?」
剣をはじいた腕は無機質にサテラの顔へと掴み掛る。
「ひっ!」
みるみる青ざめていくサテラ。だが、その腕が彼女の顔を触れることはなかった。
「想像以上に、硬いな」
ルクスが二の腕を掴んでいた。そのまま腕へ蹴りを食らわせるとへの字に折れ曲がる。
「回避を優先しろ。本体を直接叩く」
「おわっととっ……りょーかい!」
避けながら返事をするサテラ。二人はツヴァイを視界に捉え、大地を蹴る。迫りくる腕の波を、隙間を見つけ間をかいくぐる。
「こしゃくな!」
ツヴァイはそう吠えるとレバーをクルリと回し地面に腕を這わせる。そこには一辺の隙間もなく、腕の集合体が襲撃者を捕えようとうごめき続ける。
「サテラ」
「分かってる!」
サテラが腕をかざすとルクスの足元に風が渦巻く。ルクスが跳ぶと風が彼を押し出し、彼を数メートル上空へと運ぶ。
「陸でダメなら空から、か?単細胞どもが!」
二人を嘲笑いながらツヴァイはレバーを倒す。すると無数の腕がツヴァイを覆うように壁になる。既に地上では幾つもの腕がルクスを待ち構えている。地面に落ちた瞬間、一斉に襲い掛かるつもりだ。
突然、辺りが暗くなる。それに呼応するかのようにルクスの腕が光りだす。さながら月明かりが腕に吸い込まれていくようだった。
「光が……あやつに吸い込まれているのか?」
生存本能とでも言うべきか、光に身震いするツヴァイ。レバーを動かし、数多の腕をルクスへ伸ばす。
ルクスに集まっていく光は実体を持ち、数メートルを越える槍となる。
「
槍が粒子となって消え、辺りに光が戻る。それと同時に目の前を覆う腕の壁と、腕を操る機械が真っ二つに崩れ落ちた。
ルクスが振り返ると腕の塊が揺れ、中からサテラが現れた。どうやら跳んでいる最中、取り込まれていたらしい。
サテラは気持ち悪そうに動かなくなった腕の集合体を一瞥すると、ルクスの方へと駆ける。
ツヴァイはルクスを睨み付けながら言う。
「やってくれたな、ルクス・グルーシャ!そこまでして儂の工場を壊したいか!
王国がここまで発展できたのは……儂らのお陰だという事を忘れたか!」
「忘れていませんよ」
ルクスはツヴァイの目を見て言う。
「この町が……この国がここまで発展してこれたのはあなた達のお陰です。その事は絶対に、忘れない」
別れを告げるかのようにはっきりと、何処か悲しげにルクスは言った。
「ルクス、奴隷が見つかったよ。物置小屋みたいなところに10人くらい。それと変な部屋にちょこんと一人だけ」
「ありがとう。後で全員保護するから説得を頼む」
「変な部屋……まさか!あやつを回収するつもりか!?ダメだ、それだけはっ……!」
ツヴァイが突然立ち上がったかと思うと二人に向かって手を伸ばす。
「なんか言ってるけど、大丈夫?」
「その部屋に隔離されていた奴隷を見てくる。それ以外を頼む」
歯軋りをしながら睨むツヴァイを横目にルクスはそう言った。
サテラが言っていた変な部屋というのは一目見ただけ分かった。
その部屋だけ明らかに壁の材質が違うのだ。他がレンガで出来ているのに対し、その部屋だけ不気味なまでに白い石のような物体で出来た壁で出来ている。
ルクスが警戒しながらゆっくりと扉を開けるとそこには灰色の髪をした幼い少女がそこにいた。
髪は腰辺りまで無造作に伸びて、顔には奴隷の証である焼き印がされていた。少女はぎこちない動きでお辞儀をすると、優しく微笑む。
「お待ちしておりました。私の番、ですね」
工場の奴隷は材料として機械に組み込まれる為に存在している。少女はそれを知ってなお、愚直なまでに従順に首を垂れる。
ルクスはそっと少女に手を差し伸べる。少女はその手を取って聞く。
「私に慈悲をくださるのですか?」
「……違う。ただのエゴだ」
握られた手を優しく握り返すと、ルクスは無表情なままそう言った。
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