愛に羽ばたく貴女を
ちゃくや
第1話『とある姉妹の愛語り』
世界は多くの形で存在している。ある世界では神や悪魔と呼ばれる超越的な存在が争い憎み合い、ある世界では機械が全てを支配しているものもあるのだ。多くの世界は泡玉のようにふわふわと浮かび、時には世界同士が気まぐれに触れあい新たな世界を生み出すこともある。今こうして世界の軌跡を物語として読む私たちも一つの物語として見られている世界もあるかもしれない。その世界の全てを知る術は誰にもないのだ。
そして今回お話するのはその一つの世界、一つの物語。
あるところに『母』と呼ばれる美しい羽を持つ女性がいた。母は世界を創造し、母と同じ羽を持つその世界の住人を愛していた。ある時は朝焼けのように全てを包み込む優しさで、ある時は昼間のように眩しいほどの強さで、ある時は黄昏時のように情熱的な寂しさで、ある時は夜更けのように安らぎを与える弱さで。
しかし母は突然姿を消した。美しい羽を持つ四人の娘を残して。娘たちは世界を四つの国に分けてそれぞれの国を統治した。
一番姉のアレイスは朝の姫。白い髪と赤い瞳を持つしっかり者の女の子。彼女の羽は神聖なほどの白、住民も白い羽を有していた。アレイスは全てにおいて天の才に恵まれており、その才を惜しむことなく世界と住人に注ぎ、慈母のような優しさで包み込んでいる。しかしアレイスの羽には黒い薔薇が縛り付けるように咲いており、彼女は飛ぶことができなかった。
二番目はクレアナ、夜の姫。深い紫の髪と星のような金の瞳を持つ冷徹な女の子。彼女の羽は夜空を閉じ込めたような紫色、住人も同じ色だ。クレアナは魔法の才に秀でており、研究熱心な性格も相まって彼女ほど魔法を愛し魔法に愛される者はいなかった。クレアナの魔法は常に暗い夜の国に希望の光を与え、魔法を中心に国が築かれていた。クレアナは冷徹な魔女と呼ばれるほど冷たいが無駄な争いを望まず秩序を作り上げ過ちを犯さないようにと常に尽力している。そんなクレアナの足は紫の薔薇が咲き乱れ、歩くことができなかった。
三番目はマリリア、昼の姫。薄い金の髪と澄んだ水色の瞳を持つ我儘な女の子。彼女の羽は太陽の光に輝く金色の羽、住民もしかり。マリリアは魔法は一切使うことができず、しかしその身体能力と武闘の強さにおいて勝てる者はいなかった。マリリアの統治する昼の国は力の強さこそが正義、なんであろうと勝った者に従うことが全てにおいてルールとしている。そんなマリリアは右目に黄色の薔薇が咲いており、彼女の視界は顔を認識することができなかった。
四番目はヴァルネ、黄昏の姫。黒い髪と蜜色の瞳を持つ臆病な女の子。彼女の羽は全てを覆い隠してしまうほどの黒い羽、住民もまた。ヴァルネは魔法も身体能力にも恵まれず、四姉妹の中では一番弱いとされている。臆病であるが誰よりも心優しい彼女は住民を見捨てることはせず、一人でも努力を怠ることはなかった。姉妹の前にしか姿を現さないヴァルネはどこにも薔薇が咲いていないことを誰も知りはしない。
朝は昼に、昼は黄昏に、黄昏は夜に、夜は朝に。そうして互いの国を均等に統治し支え合うことで世界は平和を保つことができる。クレアナとマリリアはお互いの性格ゆえに諍いが絶えず、その仲裁に入るのは決まってアレイスだった。ヴァルネは表舞台に立つことはないが、そんな三人を常に裏で支えることで姉妹たちを輝かせる影となっている。
四姉妹は定期的に御茶会議を開く。母の間、そう呼ばれる場所は姉妹だけが入れる特別な空間だ。均衡が崩れないように現状の報告…という名目の元、統治者という肩書きを忘れ、ただの姉妹としていられる一時の安らぎの時間なのである。
紅茶を飲んでいた朝の姫、アレイスはふと口を開く。
「ねえ、愛ってなにかしら」
その言葉に三人はアレイスの方を見た。
「愛?そんなくっだんないもんが欲しいワケ?」
昼の姫、マリリアは椅子の上にあぐらをかきマカロンを食べ、呆れながら答える。彼女は自分を縛る愛が大嫌いであった。
「馬鹿と一緒にして欲しくないけれど、同意見ね」
夜の姫、クレアナは本を静かに捲りながら優雅に紅茶を飲み冷たく答える。彼女は愛と呼称するものを愚かだと思っていた。
「あ、アレイスお姉さまはどう思われるのですか?」
喧嘩に発展しそうな空気を察したヴァルネは慌ててアレイスに話題を戻す。ヴァルネにとっては愛とは自分には程遠いものだと思っており、考えたことすらなかった。
「そうねぇ…」
アレイスは紅茶のカップを撫でる。
「実は私にもわからないの」
「ハッ、そうだろうね。アレイス姉には一番遠いものだろうし」
「ええ、そうでしょうね。アレイス姉様には一番近いものでしょうしね」
アレイスの言葉にマリリアとクレアナは同時に正反対の言葉を発した。二人の目つきが鋭くなる。
「一番近い?アレイス姉は誰にでも平等に接することを求められている。誰か一人を求めることができないんだよ?」
「誰か一人を求められないから一番遠いと言いたいのかしら?誰からも愛されて誰でも愛することができる幸せはアレイス姉様しか手に入れられないものよ。これだから馬鹿はダメね」
「二人とも、落ち着いて…」
一触即発状態の二人をなだめようと慌てるヴァルネ。そんな変わりない妹たちを見つめながらアレイスはふふ、と小さく笑った。
「私ね、クレアナとマリリアとヴァルネ、貴方たち妹を心から愛しているわ。もちろんこの世界もこの世界で生きるみんな。全てを愛しているの」
でもね、とアレイスは笑う。
「私、愛に狂ってみたいの」
その言葉の意味することはなんだったのか。その笑みの裏に何を考えていたのか。
その答えは示されることのないままアレイスは突如として姿を消した。
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