3-6 尾行




「オラァッ!」


 ゼナスが裂帛の気合を上げ、オーガの攻撃を縫うようにして足や脇を素早く次々に切り刻んでいく。痛みに咆哮を上げたオーガが棍棒を振り下ろす。けれど、割って入ったガイアスが大盾の角度を巧みに調整して攻撃を受け流し、オーガがバランスを崩したその瞬間に背後からメルディアが跳躍した。


「はああぁぁぁぁっっ!」


 切っ先に魔法が込められた長剣が鋭く突き出される。オーガが展開した防御魔法陣が、音を立てて砕けて、彼女の一撃がオーガの口を貫いた。

 オーガが地響きを立てながら倒れ伏す。うん、見た感じ三人とも大きな怪我は無さそう。さすが、B級探索者なだけあるわね。


「いや、いつもならもっと苦戦してるはずなんだが……」

「まさかここまで圧倒できるとは思って無かったんだけど、ミレイユさんの身体強化魔法ってどうなってんの?」

「それは秘密……ってもったいぶりたいところだけど、大したことしてないわ。ただ単に魔法を重ねがけしてるだけよ」

「重ねがけしてるだけって……そんなことができるもんなの?」

 

 メルディアが驚くのも無理はなくって、普通はそんなことしようとも思わない。けど、クーザリアスたちに捨てられたくない一心だった私は、必死に悩んでこの方法にたどり着いたの。もっとも、当時は重ねがけしてようやく一人前の効果。おまけにポーションがぶ飲みが必要だったんだけど、こうして役に立ってるとあの時の努力は無駄じゃなかったのよね。


「いやぁ、みんな素晴らしいね! 僕の出番がまったく無かったよ。それはそれで寂しいんだけど……」

「仕事さぼらせてるんだから喜びなさい。それより、先を急ぎましょ」


 なんとも消化不良感を漂わせてるハーマンをスルーして「索敵くん(仮)」を走らせ、私たちも後に続く。

 先に進んでも迷宮の構造はやっぱり第七階層そのもの。ただし、出てくるモンスターは四~六層のフレイムフォックスやブラッドウルフから、本来は一~二階層のスライムやコボルトまだとてんでバラバラ。まるでバグったゲームみたいね。


「どうなってんだよ。スライムからオーガまで現れる階層なんて聞いたことねぇぞ?」

「それだけ迷宮が異常を来しているんだろうね。ああ、帰ってからの処理で頭が痛いよ……」


 でしょうね。少なくともこの第四階層から下はランク制限を設ける必要がありそう。そうなると各所への説明や探索者からの不満対応で、てんやわんやになるのは間違いない。ソフト納品後に致命的なバグが見つかった時を思い出すわ。頑張ってね、ハーマン。


「人ごとだと思って……」

「責任者はこういう時のために存在してるのよ。諦めなさい」


 ハーマンのボヤキを聞きながら枝分かれを右に曲がって、緩やかなカーブを描く道を歩いていく。ここが第七階層なら、この先に下への階段があったはずよね。

 だけど。


「行き止まり、だと?」


 本来なら階段があるべき場所に、何故か壁があった。ガイアスやエリーが殴ったりしてみるけどしっかりと厚みはありそう。少なくともハリボテとかじゃないみたいね。


「ちょっと下がって――はあぁぁぁっ!!」


 メルディアがみんなを下がらせて、鋭い剣の一撃を壁にお見舞いしてみる。が、結果は変わらず、壁の表面が少し削れただけだった。


「ダメかぁ……ここまで第七階層っぽかったけど、そうじゃなかったってこと?」

「だけど道中、寸分の狂いなく俺の記憶にある第七階層と一緒だったぞ?」

「これも迷宮の異変の一つかもしれないね。ともあれ一旦引き返して、さっきの分かれ道を反対に行ってみようか」

「ちょっと待って」


 ハーマンに促されて戻ろうとするみんなを引き止める。そしてジッと何もないはずの壁を見つめた。

 穴に入って蟹もどきに襲われた時。あの異変でも「ほころび」があった。もし今回も迷宮が形を変えてるのならば。


「……あった」


 正面と横壁の境目に、モザイク状に見える箇所を見つけた。覗き込めばコンソール画面らしきものが見える。ただし今度はポップアップの警告メッセージじゃなくって――


「――うん、読める」


 蟹もどきの解析を進めて知識量が増えたからか、以前は文字化けだらけだった部分がかなり読めるようになっていた。スマホみたいに指の上下で画面がスクロールして、推測混じりながらもコードを夢中になって読み込んでいく。


「えっと、ここでこの関数を呼び出して……あ、もしかしてこれってメインプログラム中のモジュールの一つかしら? で、このクラス中でパラメータ値を決めてて――」

「ミレイユさん以外には何言ってんのかさっぱりスけど、どうにかなりそうッスか?」


 一人でブツブツ言ってたらエリーにツッコまれた。振り返ると、みんな疑問符を浮かべて私を見てた。ああ、ごめん、ついコードに夢中になっちゃってたわ。


「ただの壁に見えるけど……ミレイユには何か魔法的な仕掛けが見えてるのかい?」

「魔法、とは違うけど……そうね、似たようなものを解析してるって思ってくれていいわ。ちょっと待ってて」


 画面をタップするとキーボードが現れたので、カタカタとパラメータ値をいじったうえで、壁に関係した部分を丸ごと消去し、実行する。

 すると次の瞬間、眼の前の壁が地響き音を轟かせながら左右に分かれていって、奥から階段が現れた。振り返れば、全員ポカンとしてた。うん、そうよね。


「理解が追いつかないんだけど……魔法で壁が偽装されてたってことでいいのかな?」

「そう考えてもらっていいわ。さ、早く行きましょ」


 まだ衝撃が抜けきらないうちにみんなを促す。詳細をツッコまれたって説明がめんどくさいしね。

 ざわつきを残しながら第五階層への階段を踏みしめていく。すると、一番後ろを歩いていたハーマンが「第五階層はどんなだろうね?」なんて言いながら私の隣に並んできた。そして無言のまま宙に魔法陣を描く仕草をして、私たちの周りに風魔法の壁を展開すると、痛いくらいの静寂が訪れた。


「ん? 急にどうしたの?」

「みんな前を向いたまま聞いてほしい――僕らは誰かに尾行されてるみたいだ」


 風魔法で空気の流れを遮断してなおハーマンが囁いた。うそ、本当に?


「ああ。魔道具か魔法か、いずれにせよ巧妙に偽装してるようだけどね。どうやらミレイユが壁を撤去したのがよっぽど衝撃的だったらしい。一瞬だけ魔力の揺らぎを感じた」


 この間、イゴールは「実験を思いついた」って言っていた。ならやっぱりこの迷宮の異変は、彼らの仕業であると可能性が高くなったわね。


「数は何人ですか?」

「たぶん二人かな? 階段を降りたら左右に別れて待ち伏せよう。隠れて付いてくるくらいだ。この状況のことを何か知ってる可能性が高い」


 全員が前を向いたまま小さくハンドサインで了解を伝える。

 幸いにして第五階層もまた洞窟状のエリアだった。私たちは左右に別れて息を潜め、さらにハーマンが「あんまり得意じゃないんだけど」なーんて言いながら魔法を詠唱した。すると階段出口がぬかるんでいく。

 魔法の影響をうけにくい迷宮の地面を繊細に変化させられるなんて、さすがはギルド長ね。普段、冷却タバコガンギマリで書類仕事してるとは思えないわ。

 ハーマンを見直しながら待つこと数十秒。物音はまったく聞こえないけど、不意にぬかるんだ地面に足音が生まれた。


「今だッ!」


 その瞬間、ハーマンが叫んで、左右からガイアスとゼナスが飛びかかった。取り押さえようとするけれど、姿が見えないせいか相手の体をキチンと捉えられなかったようで、何かにぶつかって回転するように二人が地面に転がった。

 それでもまったくの失敗ってわけでもなかったみたいで、地面に転がる黒いマントの二人が露わになった。


「くぅ……!」

「逃がすかぁぁぁっ!」


 黒マント二人が立ち上がり、メルディアとエリーが襲いかかる。だけど黒マント二人の前に一瞬で魔法陣が現れた。こいつらもイゴールみたいな高位の魔法使いってこと……? けど。


「させないわよっ!」


 予め待機状態だったプログラムを走らせ、黒マントの魔法にぶつけて相殺……のつもりだったんだけど、私の魔法の方が威力が強すぎて、黒マント二人をぶっ飛ばしてしまった。あれ? ひょっとして、発動が早いだけで弱い? だとしたら威力を見誤ったか。まぁ大丈夫でしょ。


「くっ……!」

「暴れるとケガするッスよ!?」

「ガハッ!?」


 吹き飛ばされた二人はそのままメルディアとエリー二人に馬乗りされて、関節を極められて悲鳴を上げた。

 良かった、なんとか捕まえられたわね。しゃがみこんで黒マントたちのフードを乱暴に剥ぎ取る。さて、こいつらにはたっぷり語ってもらわなきゃだけど、どうする? ここでやる?


「そうだねぇ……もうすでにいろんな異変は確認できたし、一旦地上に戻ろうか。探索者たちへの対応も通知したいところだしね」

「俺も同意見です」

「こいつらからは、じっくり話を聞いた方が良さそうだしな」


 ガイアスもゼナスもハーマンの意見にうなずきながら、ゾッとするような冷たい目で黒マントを見下ろした。特にゼナスは、仲間も失ってるからね。

なので私たちも異論はない。カタカタとキーボードを叩いて二人組みの体を氷漬けにする。しばらく凍えるでしょうけどガマンしてね?


「それじゃ戻ろう。すまないけどガイアスとゼナスはその二人を頼むよ」


 ハーマンの指示に従ってガイアスたちが黒マントを抱え上げたその時だ。かすかな「カチッ」という音が漏れ聞こえて、足元に巨大な魔法陣が浮かび上がった。

 その直後、突如として足元が揺れ始めた。


「な、なんスかいったい!?」


 途端に辺り一面が「ほころび」のモザイクで埋め尽くされた。おどろおどろしい警告メッセージが次々とポップアップして、あまりに異様な光景に背筋が凍った。


「……まさかっ!」


 黒マントたちを振り返れば、私たちを見てニヤリと口元を歪めた。氷漬けになった彼らの手元を見れば、何か魔道具らしいものがいつの間にか握られてた。しまった、拘束するだけじゃなくて、ちゃんと身体検査すれば良かった。


「ここは崩壊する――貴様らも道連れだ」

「階段へ早く――」


 後悔しても後の祭り。果たして、私たちの足元は一瞬で崩れ落ちて、ひとり残さず深い暗闇の中に飲み込まれていってしまった。



■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


お読み頂きありがとうございます<(_ _)>

もしお気に召されましたら、ぜひぜひフォローや☆評価など頂けますとありがたいです<(_ _)><(_ _)>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る