2-15 イゴール




 洞窟の幅は約十メートル。その広さを覆うほどのたくさんの魔法が私たちへ向かってきた。込められた魔力量も相当なもの。だけど――魔法の早さならこっちも負けてないわよ。

 素早くコンソール画面の実行キーを押す。すぐさま私の前にも大量の魔法陣が現れて魔法が飛んでいき、向かってきたそれとぶつかると、けたたましい音を立てて消えた。


「……ほう?」

「まだこっちは終わりじゃないわ!」


 キーボードを高速で叩いていく。魔法ライブラリを参照するコードを次々に記載。魔力量に物を言わせて大量の魔法を次々に男へと放っていく。

 男に着弾した魔法が激しく砂塵を舞い上げた。直撃してれば致命傷なはず。だけどその中から男が飛び出してきて距離を詰め、今度は剣を振り下ろしてきた。

 私もすぐさま義手の仕込み剣を出して応じる。

 ぶつかりあう剣。たった一度だけで私の手が痺れる。数度互いに振るい合い、剣戟の音が響いてから再び鍔迫り合いとなった。


「剣の腕も中々。殺すには惜しい」

「お褒めの言葉どうも!」


 でも残念ながら剣の腕前は確実にコイツの方が上。距離を取らなきゃ――やられる。

 なんとか引き剥がそうとするけど、近接戦の方が分があるって相手も分かってるみたいで離れようとしない。ああもう、さっさと離れなさいよ!!


「ミレイユさんから離れるッスよ!」


 不利な状況に苛立ちを覚え始めたところで、エリーが割って入ってくれた。ガントレットを突き出し、拳を鋭く振るう。男から舌打ちが聞こえ、エリーの拳をかわそうとするけど突然の乱入に避けきれず剣で受け止めた。

 今が、チャンス。できたその隙を逃すまいと、敢えて私は踏み込んだ。

 渾身の力を込めて横薙ぎに振り抜いた一撃は、残念ながらあと一歩及ばず、男のフードを浅く斬り裂いただけだった。くっ、もうちょっと剣を長くしとけば良かった。

 それでも男を後退させることには成功した。大きくバックステップして、その際に男のフードが外れて顔が露わになって――私は言葉を失った。


「アンタは……!」


 顔の半分は仮面で隠れたまま。それでも露わになった口元と、ここらじゃ珍しい黒髪。私の喉がひゅっと鳴った。

 この間、街で貴族の馬車が暴走した時に助太刀してくれた人だ。


「どうして……」


 思わずそんな声が漏れて、下唇を噛みしめる。ちょっと言葉を交わしただけだったけど、それでもなんとなく気が合いそうに思ってたのに。

 頭を振ってそんな思いを振り払う。勝手に期待して勝手に失望するなんて、思い上がりにも程がある。今は敵。彼とはそれだけの関係だ。


「どうして、か……私も同じ思いだ。だがそれは私の脚を止める理由にはなり得ない」

「何言ってんのか分からないッスけど、アンタの脚は現に止まってるッスよ!」

「いや、そういう意味じゃねぇだろ」


 エリーがよく分からない挑発をして、ゼナスもツッコミを入れながら剣を構えてくれた。すると男がフードを被り直しながら小さく笑った。


「なるほどな。確かに君の言うとおりだ。私は足止めされ、数の上で不利は否めない」

「なら観念するッス――」

「であれば話は簡単だ――味方を増やせばいい」


 ローブから覗いた手が微かに動く。どうやら魔道具を使ったらしいけど、それを注視した私は目を疑った。


(何よ、これ……?)


 コンソール画面には、浮かび上がったコード。そのほとんどが文字化けしていて、まともに読めなかった。

 先程のモザイクと同じ。私の知る魔法とはエンコード体系が違うってこと? それとも魔法の系統がそもそも異なるっての?

 困惑するばかりだけど、状況は待ってくれない。何故なら――


「嘘だろ……?」


 私たちと彼の間。そこには確かに何もなかった。だっていうのに、地面からゆっくりとモンスターたちがせり上がってきた。

 形は狼に近くて、だけども私の知るどのモンスターとも似つかないくらいに真っ黒だった。まるで――さっきの蟹もどきみたいに。


「まさかさっきのは……!」

「そう。見られたからには――君らには死んでもらう」


 あらゆる物を吸い込む暗闇のような色の狼たちが、その輪郭を揺らめかせながら一斉に駆け出してくる。

 私もすぐに実行キーを押し、魔法を発動させて応じる。炎や風の刃が狼たちを貫き、体の半分を消滅させる。けれど狼たちは駆けながら体を再生させて距離を詰めてきた。


「やっぱダメか……けど!」


 こっちにだって対抗策はあるってのよ!

 プロジェクトを身体能力強化の魔法に切り替える。対象者を限定し、ありったけの魔力を注いでやる。

 ガクンと、魔力が大幅に減った感覚が襲ってきた。一瞬視界が黒く閉ざされ、慣れた義手さえ重く感じる。

 だけれど代わりに私の相棒が軽やかに隣を駆け抜けていった。


「おぉぉぉりゃああぁぁぁぁっ!!」


 エリーが強かに地面を蹴って狼たちとの距離をゼロにする。拳と脚に魔法の光をまとわせ、叫びながらも冷静に狼たちの動きを読み切ると、すれ違いざまに拳を振り抜いた。

 ガントレットが、回し蹴りが狼たちを貫く。地面に叩きつけられた黒いモンスターが、一撃だけで次々と消滅していった。


「ぬ……?」

「へへーん、どうッスか! こんな犬っころ、何匹出しても私の敵じゃないッスよ!!」


 エリーの力は予想してなかったんでしょうね。男の声色に怪訝が混じった。

 エリーが腰に手を当てて胸を張る。だけど、随分余裕ぶっててもエリーも実はもう限界なのよね。現に脚がプルプル震えて、異常な程の汗が彼女の額から滴ってるし。どうにか相手にバレませんように。


「虚勢は無駄だ。着地が乱れているうえに、呼吸の荒さを隠せていない」


 私の願い虚しく一瞬でバレた。やっぱムリよね。

 でも男はそれ以上こっちに襲いかかってくることはなかった。口元に手を当てて考え込んだかと思うと、不意に顔を上げて踵を返した。


「調べねばならないことができた。今回は見逃すことにしよう」

「いいの? あのモンスターたち、見られちゃまずいんじゃなかったのかしら?」

「より価値のある『実験』を思いついた。すぐにその準備を進めたいのでな」

「人を殺そうとしといて勝手スね。逃がすと思ってんスか?」

「それが互いのためと思うが違うのかね?」


 そう言われると言葉に詰まるわね。どれだけこの男がモンスターを生み出せるのか分かんないのに対し、こちらはすでに体力の限界が近い。魔力もそう残ってないから、高威力のものを連発するのは不可。業腹ではあるけど、ここはこちらも引くしかないか。

 エリーの肩を軽くつかむと彼女は不満そうな表情を浮かべた。けど、私が首を横に振ってみせると、渋々ながら引いてくれた。悪いやつを見逃すのは許しがたいでしょうけど、すまないわね。


「懸命な選択だ。では失礼する」

「待ちなさい」


 立ち去ろうとする彼を呼び止めた。


「ミレイユよ」

「む?」

「私の名前。こっちは名乗ったんだから、貴方の名前を教えなさい。どうせいつかまた私たちの口封じに来るんでしょう? だったら呼び方があった方が便利じゃない?」


 私たちは目の当たりにしてるけど、ギルドにとっては呼称があった方が現実感が増す。そう思っての問いかけだったのだけど……敵にするには無茶なお願いだったかしら?


「礼儀には応じよう……イゴールだ」


 だけど意外にも彼はあっさりと名乗ると、そのまま視界から姿を消した。

 イゴール、か。どうせ偽名でしょうけど覚えておきましょう。

 で、また相まみえるその時までに――


(まるで読めなかった迷宮のモザイクにあの魔道具のコード、解読してみせる。そして――)


 彼が「実験」と称した迷宮の異変。目的が何かは分かんないけど、止めてやろうじゃない。

 彼が去っていった暗闇をジッとにらみつける。消えた彼に向かって拳を強く握りしめると義手の金属が短くきしんだ。




第2部 完




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