2-4 始動




「……止めるな」

「殴り飛ばしたい気持ちは私も同じ。だけど、そこまでやると面倒になるわ。大丈夫、子どもは無事よ」


 彼と一緒に振り返ると、重傷だった子どもが父親に抱きかかえられている姿が目に入った。それで彼も冷静になったらしく、小さく息を吐いて貴族の男を解放した。

 引きつった顔のまま、貴族の男は力なく座り込んだ。あれだけ偉そうだったのに情けないわね。ま、小者だったからこそ、平民に対して威張り散らすんだろうけど。

 するとフードの彼が情けない面の貴族に向かってまた手を伸ばす。そして小さく何かをつぶやいた。

 二人の間に小さな魔法陣が浮かぶ。次第に貴族の男の目から生気が消えていって、やがてふらふらとしながら力ない声で護衛たちに「行くぞ」とだけ告げて馬車に戻っていった。

 体に隠れてよく見えなかったけれど、反射的に解析してしまった魔法陣のコードを見るに、どうやら精神魔法をかけたらしかった。


(精神魔法は禁止されてるけど……)


 少なくとも人格を破壊するとかそういった類ではないようなので、私も特に何も言わない。これくらいは許されるでしょ。

 それにしても、とフードの男を見上げる。体術だけじゃなく精神魔法まで使えるなんて、探索者か元軍人かしらね。


「あ、ありがとうございました!」

「いいのよ。その子の回復が間に合って良かったわ」


 何度もお礼を言いながら立ち去っていく親子に手を振って見送る。と、フードの彼が隣に並んできた。何か用かしら?


「……礼を言う。余計な面倒を背負うところだった」

「殴るのを止めたこと? たいしたことじゃないわ。貴方が殴ろうとしなかったら、私がぶっ飛ばすところだったもの」


 あの貴族は典型的なクズ貴族だったけど、大なり小なり貴族ってのはああいうところあるのよね。どんなに自分が間違ってても過失を絶対認めず平民になすりつける。ホント、どういう思考をすればああなるのかしら。理解不能だわ。


「とは言っても、ちょっと前までは私も貴族だったんだけど」

「ほう? 勘当でもされたのかね?」

「こっちから縁を切ってやっただけよ。勇気は要ったけど、おかげさまでいろいろ解放されて、今となっては清々してるわ」


 そう言うと彼はくつくつと喉を鳴らして笑った。


「貴族という地位を望んで捨てるとは、驚きだ。君とは気が合いそうだ」

「さあ、どうかしら?」


 そっけなく肩をすくめてみせたけど、私も同じように感じてる。この彼と一緒にお酒を飲み交わしたらそれなりに居心地がいいんでしょうね。別にそんな予定もつもりもないけど。


「名残惜しいが」彼が踵を返した。「これで失礼する。知人を待たせているのでね」

「そういえば私もそうだったわ。ま、縁があればそのうちまた会うこともあるでしょ」


 じゃ、と軽く手を振って別れてユフィの元に戻る。けど、ふと気になって彼の方を振り返れば、すでに彼の姿は人混みに消えていた。

 何処の誰かも分かんないままだけど、なんとなくまた会いそうな、そんな予感がする。それもそう遠くない未来に。

 まるで恋に落ちたみたいね。自分の思考に苦笑いしながら、心配顔をしてるユフィと帰路についたのだった。






 フードを目深に被った男は雑踏から抜け出して人気のない路地を進んだ。

 いくつか角を曲がる。ジメジメとした空気が立ち込め、ゴミ置き場には生ゴミに引き寄せられたハエがたかっていて耳障りな音を立てている。彼はそれを一瞥だけして階段を降りていった。


「いらっしゃい」


 地下一階にある酒場に入ると、店主の覇気のない声が出迎えた。店内には昼間から酒をあおったり遅めの昼食をつついている客が数人。彼らは一瞬だけフードの男に視線を向けたが、すぐに興味を失って酒や食事に視線を落とした。


「エールを。それとブルストを頼む」


 そう言いながら彼はスッと手のひら大の袋を店主に差し出した。注文の代金にしては明らかに過大だが、店主は黙ってそれを受け取るとぶっきらぼうにエールとソーセージの皿を突き出した。

 ジョッキを傾け、フォークでソーセージに一口かじりつく。するとおぼつかない足取りの顔を赤らめた男がやってきて、「よう、旦那。隣良いかい?」と陽気に話しかけてきた。老齢に差し掛かろうというその男は、フードの彼が返事をしないまま横に座ると、被っていたハンチング帽を目深に被り直した。


「現場からの報告だ、イゴール。サイコロを振る準備が整ったらしいぜ」


 先程までの陽気さは鳴りを潜め、端的にそれだけ伝える。

 イゴールと呼ばれたフードの彼も短く「そうか」と返事をし、ジョッキのエールを一気に飲み干した。


「神ならざる我々の為すべき抵抗。虐げられるだけの存在から反逆者に変化する時が来た」


 目を閉じ、顔に巻いた包帯をイゴールは指先で撫でた。

 それと同時に、かつての記憶が鮮明に蘇る。貴族のせいで仲間たちがモンスターに蹂躙され、その責任すら自らに押し付けられた。思い出す度に包帯の下で治ったはずの古傷が痛む。忘れようにも忘れられぬ記憶を噛み締め、彼は目を開けた。


「実験を始めよう――あるべき世界を構築する、そのための第一歩を」





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