第38話
本棚の下になっていた床に、金属の取手が見える。
「これは……」
「隠し金庫だな。金持ちの家で見たことがあるぜ。ま、税務署には隠しきれないだろうけど」
怜司が取手に付いたボタンを押すと、取手部分が持ち上がった。
「ん? 鍵かけてねーのかよ」
上に引くと約50センチ四方の蓋が、呆気なく開いた。中には、さらにもう一つ金属製の蓋が付いていたが、やはり鍵はかかっておらず、簡単に開けることができた。
金庫の中には、細長い木製の箱が入っていた。怜司が注意深く取り出すと、床の上に置いた。
木箱は全体的に黒ずんでおり、黒い液体をこぼしたような染みが着いていた。
「何ですか、これ? 嫌な予感しかしないんですが……。開けて大丈夫なんですか?」
乃亜は、怜司の肩越しに恐る恐る覗き込む。
「ここまで来たら、開けるしかねーだろ。じゃ、頼むわ」
「嫌です」
乃亜が即答すると、怜司は、仕方なく自分で蓋を持ち上げた。
箱の中を認めた瞬間、乃亜は悲鳴を上げた。
敷き詰められた白い綿の上に、黒く干からびた『手』が入っていた。その『手』は何かを掴もうと、猛禽類のように指を曲げていた。
「何だこりゃ……」
怜司も目を見開いてまじまじと見つめている。『手』は、肘から先を切り落としたように、肘の部分が平らになっている。腕の部分は大量の毛が生えており、手の甲まで続いていた。
「人間じゃない……猿の手のミイラか? 驚かせやがって」
怜司は舌打ちした。
「待ってください、何か変です! ゆ、指が……」
よく見ると、指が不揃いだ。中指より薬指の方が長いし、指の太さも統一感が無い。
「ん? これは……猿の指じゃねえ!」
指には毛が生えておらず、その先には卵型の薄い爪がついている。人間のものだ。特に、中指は爪が手入れされて光沢があり、女性の爪の様に見える。一方で親指は、ごつごつして皺が刻まれた男の指のようだ。
乃亜は混乱した。腕はどう見ても人間のものではないが、まるでこれは……。
「猿の指を切り取って、人間の指に挿げ替えたようだな」
怜司が、乃亜の考えていた事を言葉にした。
「しかも、一人の人間の指じゃ無いぜ。性別、年齢も違う様だな」
怜司はまじまじと『手』を観察する。
「あの……柊木さんが電話で話してた人、集団自殺したのは5人と言ってましたよね。まさか、この指って……」
怜司の今までに無く真剣な表情が、乃亜の言葉を肯定していた。
「関係者が死んでいる以上、俺の推測でしか無いが。さっき朝倉が、自殺した奴らは手の一部を怪我していたと言ってたよな? 自殺した5人が一本ずつ指を切って、猿の腕に結えつけたんじゃないか」
「え……死んだ後にですか?」
「馬鹿! 死んだ後に誰ができるって言うんだよ?」
「それじゃ、生きている時に……? そんなの、どう考えてもおかしいですよ!」
「これから死のうって奴が、正常な思考をしてると思うか? ……何があったかわからねえが、極限状態でなら指を切り落とすぐらいのことはやる奴もいる」
乃亜は想像するだけで手がむず痒くなった。自分の指を切り落とすなんて、信じられない。干からびた『手』が一層邪悪なものに見えてくる。
「女の人もいたんでしょう? とてもできると思えません」
「やり方は色々あるさ。別な人間に切らせたのかもしれねえし」
「い、異常ですよ。そもそも、一体何のために?」
「……呪術だろうな。強い怨みを持った奴らが集まってたんだろ? どうせ死ぬなら、自分を苦しめた人間も呪ってやろうと思ったんじゃねーか? 専門的な知識を持った奴の仕業とは思えんが」
「じゃあ、自己流ってことですか? そんなものでも効果あるんですか……?」
「大抵の場合は駄目だろうな。尋常じゃ無い怨みの念は込められているだろうが、それが相手に届かなきゃ意味がねえ。だが、例えばメジャーな呪いの方法……」
「藁人形に釘を打つ、みたいな?」
「そうそう、丑の刻参りは知ってんだろ? 形式と手順を守ってやれば、素人でも呪詛が成就することがある。怨みが大した事無くてもな。今回の場合、怨みの念は強いが手順が意味不明だ。つまり、どうなるかわからない」
乃亜は首を捻った。
「えーと、ものすごく禍々しいものに見えますけど……」
「例えばだ。怨みの念の強さを火薬と考えろ。火薬の量が多ければ当然、爆発したら周囲は無事では済まない。だがな、火薬が少なくても鉄砲で銃弾を飛ばしたら、効率よくターゲットを狙えるってわけだ。つまり、火薬の量だけが重要ってわけじゃない。場合によっては、意図しないところで爆発するかもしれん」
「……でも、威力が強い方が危ないですよね?」
乃亜が怪訝な表情を浮かべると、怜司は溜め息を吐いた。
「……例え話だよ。ともかく、素人が自己流で呪術を行った場合、どうなるかわからないってこった。実際、そいつらが恨んでいた奴がどうなったのかわからねえが……多分普通に生きてるだろうな。その一方で、5人が死んだ場所が自殺の名所になって、『森の仲間』を増やすことになっている。そいつらが望んだ結末とは思えねえけど」
「そう思うと、何だか切ない話ですねぇ……」
乃亜は、額の汗を拭った。
「お前、何他人事みたいなツラしてんだよ。もう時間がねえぞ!」
怜司は思い出したように手帳を見た。
「え? 何ですか? 急に?」
「さっき、郷田が『満月の夜に来る』って言ってたよな?」
「えーと、神様が来るって言ってましたね」
「今晩が満月だよ!」
怜司は慌てて何処かへ電話を掛けた。通話が終わったと思うと、また別の相手に電話を掛ける。矢継ぎ早に5、6人に連絡を取ったようだ。
「ちっ! 松島はまだ寝てんのかよ!」
苛立った様子で怜司は電話をテーブルに放り投げた。
「満月の夜に神様が来るって、本当なんですか?
乃亜は不安な顔で怜司に話しかける。
「『神様』が何者かはっきりしねーが、多分、満月には
「で、でも、また部屋に入れなければ良いんじゃ無いんですか?」
「無理だな。全員無事じゃないって事は、住人が拒絶しても強引に入ってくる力があるんだろう」
強引に入ってくる?
「ど、どうしましょう!? ……そうだ、さっきのヤバそうな『手』を捨てて来ましょう! 何処かの海にでも! なんなら私、その辺を走ってるトラックの荷台にでも投げ込んできましょうか!?」
乃亜は、箱を抱えて今すぐ飛び出しそうな素振りで言った。
「お前もなかなかやべー奴だな……。だが、無駄だ。その『手』を拾ってきたのが郷田なら、その前から神様が来てるって事だろ? 『手』が無くてもそいつは来るぜ。それに、『手』はもうこの部屋と縁が強くなりすぎている。どうせ捨てても、戻ってくるのがオチだろうよ」
「そんな……じゃあ、何処かに逃げた方が……」
「それも駄目だ。もう、このどこにいようが霊の方から近づいて来てんだろ?」
「……あれもダメ、これもダメって! じゃあどうすれば良いっていうんですか!」
怜司はサングラスを取った。
「この部屋で迎え撃つ。お前も覚悟を決めろ」
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