第27話

 乃亜は何も考えずテレビの画面を眺めていた。じっと見ていると、ヒーリング効果があるような気がしてくる。実際、行ってみたら気分が良いんだろうな。

 しかし、しばらく見ていると、違和感を感じ始めた。


 少しずつ画面は動いているのだが、ときどき自然のものではない、人工物の色が混じっている。あの赤いものは……リュックサックだろうか? 奥の方には、遠くでよくわからないが、テントのようなものも見える。どれも新品ではない。打ち捨てられて、上には落ち葉や蔦が被さっていた。


 何だろう? 似たような景色を見た事があるような気がするが……。

 記憶に引っ掛かるものを感じたが、乃亜はリモコンを操作して、お笑いの動画を大音量で流した。

 大丈夫、今晩さえ乗り切れば良い。乃亜は、気持ち悪い汗を流そうと風呂に向かった。


 湯船にお湯を張って、胸まで浸かる。今までシャワーですませてきたが、やはり風呂に浸かると気持ちが落ち着く。しかし、なぜかさっきテレビで見た森の映像が頭から離れなかった。


 そういえば、このマンションに来てから、夢の中で森の中を歩いている夢を何度か見た。歩いている人の性別も年齢も違うが、きっと既にこの世の人間では無い。そして彼らは、何かに吸い寄せられるようにマンションにやって来て……。


 不安で悪夢を見たとばかり思っていたが……あれは本当にあった事なのではないか? さっき、集合玄関まで来たのは夢に出てきた者達なのかもしれない。乃亜はお湯に浸かりながらも、鳥肌が立つのを感じた。


 音を大きくしたせいで、リビングのテレビの音がうっすらと浴室まで聞こえていたる。しかし、いつの間にか漫才師の声と笑い声は消え、男と女が言い争っているような声が聞こえて来た。


『急にどうしちゃったの!? ……お願い、やめて!』


 女の懇願する声を掻き消すように男の怒声が響く。その直後、女の大きな悲鳴が聞こえた。すると、突然電気が消えて浴室は闇に包まれた。


「え、ちょっと! また!?」


 停電か? それともブレーカーが落ちたのか? それとも幽霊? ……寝室の幽霊は、羽川に封印してもらったのに。


 浴室の小窓から、外の微かな光が入ってくる。不幸中の幸いか、今日は月が綺麗に輝いていた。しかし、なかなか電気が点く様子もない。

 もうしばらく待っても駄目ならブレーカーを見に行こうと考えていると、太ももの間に何か柔らかいものが当たった。


 ん? タオルでも落ちたかかな? しかし、両手で触れると、タオルにしてはさわさわと細長い毛が指に絡まってくる。

 ……毛? 一体、何の?


 『それ』はゆっくり浮上して来た。足の間に、大きなボールのようなものが挟まる。乃亜が両手で掴んで『それ』を持ち上げ、月の光にかざした。


 女の生首だった。しかも、額が縦にぱっくりと割れている。


「どうしてぇ」

 女の唇が動いた。


「◯△×□※$@%!!!」


 自分の声とは思えない悲鳴が出た。乃亜は生首を放り投げると、急いで浴室を出た。


 リビングは明かりが点いていた。振り返ると、風呂場も何事も無かったように明るくなっている。

 ……この部屋の風呂は駄目だ。慌てて服を来て、髪を適当に拭う。今日はもう布団に入ろう、眠れるかどうかはともかく。乃亜はリビングを通り抜け、和室に入った。 


 そこにはいるはずのない、2人がいた。

 横たわった女に、男が斧を振り下ろしている。何度も、何度も。

 振り下ろすたびに女の体が痙攣していたが、やがて何の反応もなくなった。男が大きな声をあげて勢いよく斧を振り下ろすと、乃亜の足元に何かが転がって来た。


 さっきの女の首だった。


「ど……お、して……」


 男がゆっくり振り返る。血しぶきを浴びながら、満面の笑みできゃはは、と笑った。




 乃亜は、深夜のファミレスに居た。変態の件で、もう来るまいと思っていたが、近隣で深夜営業している店がここぐらいしかないのだ。

 怜司に何度もコールするが、一向に出ない。メッセージも既読が付かなかった。

 とりあえず、注文したうどんを一本ずつすする。


 あと1日。

 月曜日の夜を乗り切ればバイト代もらって終了だ。深いことを気にしても仕方が無い。


 ファミレスは場所柄、深夜でも客がちらほらいる。派手な格好をした人間が多いが、何の仕事をしているのだろうか。

 乃亜は、怜司の返信を待ちながらスマホを見ていたが、疲れのせいで眠くなってきた。目に力を入れても、瞼が重くなる。


 あんな光景を見た後でも普通に眠くなる自分の神経も、どうかしていると思う。ここ数日の体験で、色々麻痺してしまったのだろう。



 頭がガクン、とテーブルにぶつかりそうになり、慌てて顔を上げる。


 ……あれ? いつの間にかファミレスの客が増えたような気がする。ゆっくりと店内を見渡すと、ほとんどのテーブルに客が座っている。

 さっきまでこんなにいなかったはずだ。皆、背中を向けて座っている。しかし、客の話し声は聞こえなかった。一様に俯いて、黙り込んでいる。


 その時、窓際のテーブルの髪の長い女が振り向いた。顔の皮膚が腐り落ち、右目が垂れ下がっている。

 乃亜が小さく悲鳴を上げると、他の客席に座っていた人間も、ゆっくり振り返った。生きている人間は誰もいなかった。



「お客様!」


 店員の声で目を覚ます。

「店内で眠るのはご遠慮ください!」

「は、はい! すいません」


 夢を見ていたようだ。どうせなら、もっと楽しい夢が良かったのに。

 眠気を覚まそうと、ドリンクバーにコーヒーを取りに行くと、スマホが震えた。


『なんかあった?』


 怜司の呑気な短レスに苛立ちながらも、素早く返信した。


『すぐに来てください!』


「悪いな、色々立て込んでてよ。今度はどうした?」

 怜司は今日はサングラスをして、部屋着ではなくジャケットを着ていた。怜司の顔を見てホッとした自分が悔しい。しかし今、頼れるのはこいつぐらいしかいないのも事実だ。


 乃亜は、日曜日の出来事を話した。今までに無いぐらい霊に遭ったこと。神社の鳥居で弾かれたこと。何者かが尋ねて来たこと。風呂場で女の生首を見たこと。おそらくその女を殺したと思われる男の霊を見たこと……。


「ちょっと待て。情報量が多すぎて、頭がついてけねえわ」

「だから、池袋で幽霊見て、友達とケーキ食べたらまた霊が来て、蛆虫吐かれて、神社で吹っ飛ばされて黒い影がチャイムを押して……」

 話していると徐々に興奮して、まくし立てた。


「落ち着け! 聞いてねぇわけじゃねえよ」

「落ち着いてられませんて! 本当に最悪だったんだから……」

「まず!」

 怜司は乃亜を手で制した。

「お前が見た、斧を持った男と殺された女も、604号室の住人で間違いねえよ」


「は?」

 乃亜は頭の中にクエスチョンマークが浮かんだ。

「だって、前の住人て、あのクローゼットで死んじゃったじゃないですか……? 羽川さんが念入りに封印してましたし」

「ああ、その自殺した奴の前の住人」

 怜司は平然と言うと、コーヒーを口に運んだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る