第22話

「1日に何度も呼び出すなよ」

 怜司は、部屋に入るなり言った。


「……こっちだって、何度も会いたくありませんよ。連絡しろっていうからしただけです」

 乃亜は、テーブルにうつ伏せになったまま言った。


「しかし、次々に災難を呼び込む奴だな。才能あるんじゃね? 幽霊ホイホイ的なやつ」

 怜司は、物が散乱したリビングを見まわした後、あまり驚いた様子も無く言った。

「私も好きでやってるんじゃないですってば!」

 足が痛いし、走ったり転がったりしたせいで制服には土やら草やらがついているし、足からは血が流れている。

「おいおい、俺は褒めてるんだぜ? マジで向いてるよ、この仕事」

 怜司は笑いながら、転がっていたキッチンの椅子を起こすと、その上に腰を落ち着けた。

「で、何に襲われたんだっけ?」

「良くわかりませんけど……多分昼間に来た金髪の女の人の幽霊です」

「は?」


 乃亜は、自宅に帰ってからこのマンションに戻ってくるまで金髪の女らしき霊に付き纏われていたこと、その後、同じ格好の怪物に襲われたことを怜司に話した。

 

「そりゃ大変だったな。でもなんでお前、その化け物があの女の幽霊だと思うわけ?」

「同じ格好してましたし、なんていうか、雰囲気が似てたんですよ。女の勘ってやつです」

「でもよ、たった半日前に会ったばかりだぜ? そんなすぐに死ぬか?」


「……あの後、すぐトラックに轢かれたかもしれないじゃないですか」

「へえ、そりゃあ天文学的な確率だ。仮にそうなったとして、何でお前のところに化けて出るんだよ?」

 怜司はニヤニヤしながら言った。


「なぜって……あの人のお母さんが、私のせいでお父さんが死んだって言ってたじゃないですか。やっぱり、彼女も私のこと恨んでたんじゃないですか?」

「それなら、なぜ俺を狙わない?」

「えっと、それは……私の方が弱そうだから? それに彼女、柊木さんのこと気に入ってたみたいじゃないですか。私は殺す気満々だったけど、柊木さんはあわよくば、って気持ちだったんじゃないかと」


「ちげーな」

 怜司は電子タバコを取り出して口に咥えた

「おっと、中で吸ったら家主に怒られるんだっけ」

「あの……何かわかったんなら、さっさと教えてくれません? 私も、話してて筋が通らないというのは自覚してるんで」

 乃亜は苛立ちを隠しきれずに言った。


「一杯食わされたみたいだな。あの女、多分呪術師だぜ」

 怜司は苦虫を噛み潰したように言った。


「は? でも、亡くなったおじいさんの娘だって……」

「それも嘘だよ。ありゃあ、俺たちに怪しまれないために娘のフリをしたんだろうな」

「嘘……? 何のために?」

「あの女、何か置いて行っただろ?」

 乃亜はすぐに思い当たった。

「あの人が渡してきた袋に、ネイルチップが入ってました! ……そういえば、部屋の中に怪物が現れた時も、ネイルチップが怪物に変わったように見えました」


「間違いねーな。自分の念を込めた物を使って、狙った相手を呪うやり方だろう。付け爪じゃなくて、本物の爪かもな。その方が念を込められそうだし」

 乃亜は、想像しただけでゾッとした。

「誰かに依頼されたんだろうよ。しかし、話を聞く限り、殺意強そうなの送ってきたようだが。お前、何で助かったんだ?」


「え? 自分でも良くわからないんですけど。窓を開けたら、すごい風が吹いて怪物ごと飛んでっちゃったんですよ」

 乃亜は首を傾げた。

「窓を開けたら? ……何でそんなことをした?」

「なぜって……誰かにそうしろと言われたような気がして……」

 そういえば、あの声は誰の声だったんだろう? 

「ふーん、良くわからねーけど。呪術は、発動や解除の条件が色々ある。たまたま、『窓を開ける』という行動がその術を破るトリガーになったのかもな」

 怜司は電子タバコをポケットにしまった。


「まあ……ともかく助かったならラッキーじゃん! 引き続き頼むわ」

 怜司は乃亜の肩を叩いた。

「あの……」

「何だよ?」

「私死にかけたんですよ! とても今のバイト代じゃ割に合いません!」

 20万円で死んではたまらない。ここでバイト代をもらってすぐにでも辞めたい。

「10万」 

「え?」

「今回の危険手当で10万円上乗せしてやるよ。だから頼むわ」

 20万円+20万円+10万円……50万円!? それだけあったら、何が買えるだろう。


「悪くねーだろ? もう少しだから頑張れよ」

「はい、頑張ります!」

 反射的に乃亜は答えていた。 

「いいねー、俺、単純……いや、素直な奴は好きだぜ」

 何とでもいうがいい。私は、お前みたいな奴は嫌いだ。乃亜は見えないように舌を出した。


「ん? 血、出てるのか?」

 乃亜の右足からは、まだ傷口から血が滲んでいた。

「そういえば……怪物に引っ掻かれまして」

「痛むか?」

「思い出したら、痛くなってきました。この近くにドラッグストアありませんか? 薬が欲しくて」

「うーん」

 怜司は顎に手を当てて考える仕草をした。


「別に買って来いなんて言ってませんけど」

 乃亜は、また苛立った。こんな奴に頼み事をするんじゃなかった。

「場所さえ教えてくれたら……え?」

 怜司は乃亜に近づくと、屈んであっという間に背中に乃亜を担ぎ上げた。

「ちょっ! 何するんですか!」

「足、痛むんだろ? 病院連れてってやるよ。ドラッグストアより近いから」

 怜司は乃亜を背負ったまま玄関に向かった。

「やめてくださいよ、恥ずかしい!」

 乃亜は足をばたばたさせて、顔を赤らめた。

「何が? 気にすんなよ」

「服汚れてるし、汗でべとべとだし……」

「いいよ俺、鼻炎持ちだから。それにもう9時過ぎてんだろ? お前にはなるべく長くマンションにいて欲しいんだよ」

「そんな理由ですか」

 乃亜は抵抗を諦め、身体を預けた。足が思ったより痛み出したのだ。



 マンションの入口から2人が出ていくのを、街路樹の陰から金髪の女が覗いていた。ため息をつくと、スマートフォンを操作して耳に当てる。3コール目で男が応えた。

「どうした? 依頼は終わったのか?」

 男は早口にまくし立てる。


「もしもしー、根本さん? 悪いんだけどさー、失敗したみたい。私が育てた妖精ちゃん、皆いなくなっちゃったんだよねー」

 女はあっけらかんと応えた。

「なんだと!? 確実に仕留めるというからお前に頼んだんだぞ! この役立たず!」

「ひっど。確実なんてものはこの世にありませんよ」

「なら、もう一度やって来い!」

「無理無理、新しい妖精ちゃんを仕込むまでに1ヶ月はかかるから」

 女は付け爪を見ながら笑った。


「ふざけるな! いくら払っていると思ってるんだ! 金は返してもらうぞ!」

 男は怒鳴り散らすが、全く怯む様子は無い。

「嫌ですよ、前金で半分しか貰ってませんし、私だってベストを尽くしたんですから」

「ベストだあ?」

「とっておきの妖精を使いましたから。大変だったんですよ、活きのいい爪を集めるの」

「嘘をつけ! それなら何故失敗した?」

「うーん、調子悪かったのかな?」

 女はけらけらと笑った。


「手ぇ抜いたんだろ! だいたい、最初から俺は信用してなかった……」

「いい加減にしろ、ジジイ! あたしが誰だかわかってんだろ? 次はあんたの所に送ってやろうか?」

 男は黙り込んだ。

「あたしはこれで降りるよ、残りの金はいらない。これ以上、文句があるなら警察にでも相談しな。行けるもんならね!」

 女は通話を切るとマンションを見上げた。


「簡単な仕事だと思ったんだけどな……ま、いいか」

 女は踵を返すと、繁華街に向かって歩いていった。

 このマンションには、何かがある。

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