第3話

 柊木怜司ひいらぎれいじは、面倒臭そうにスーツのズボンのポケットからスマホを引っ張り出した。


 スマホが振動してから大分時間が経っている。無視しようと思ったが、この執拗さは奴しかいない。諦めて画面を見ると、「四ツ辻」と予想通りの名前が表示されていた。ただでさえ暑いのに、と舌打ちしながら通話ボタンを押す。

「怜司か? 今どこだ?」

 ぶっきらぼうな男の声がする。

「今ですか? ……森山商店街のサンロードですよ」

 怜司はまだ開店していない居酒屋やガールズバーが並んだ薄暗い通りを歩きながら言った。

「またパチンコか? 後ろから音が聞こえるぞ」

「やだなぁ、社長。ほんとに外ですって。ほら、車の音が聞こえるでしょ」

 怜司はスマホを通りに向けると、すぐ側を配達のトラックが通り過ぎていった。しかし、四ツ辻の勘は鋭い。つい10分前までパチンコを打っていて、大負けした所だ。


 狭い通りの反対から歩いてくるスーツ姿の若い女に手を振ると、女性は道を譲って体を避けたが、はっと気がついたように紅潮した顔で怜司の顔を見た。怜司は笑顔で通り過ぎる。

 珍しいことでは無い。怜司が歩いていると、周囲の女性の注目を集める。切れ長で少し垂れた目と長い鼻筋、薄い唇、現実感が無い端正な顔立ちをしていた。『顔だけ』はいいと誰もが口を揃える。怜司も、当然その事に気付いていた。

「まあいい。それより、次の物件で使えそうなエサは見つかったのか?」

「山陽マンションですか? うーん、まだなんすよねぇ」

 怜司は悪びれもせずに答える。

「こないだ使った男は?」

「ああ……アイツはもうダメみたいっす。どうもヤバい霊に会っちゃったみたいで。昨日話したんですけど、文字通り話にならない」

 怜司は肩をすくめた。

「なら、さっさと代わりの奴を探すんだな。見つけられなかったら、お前にやってもらうぞ?」

「えっ、ちょっとそれはカンベン……」

 怜司が言い終わらないうちに電話は切れた。

 クソっ、何とか代わりを見つけないと。面倒臭そうな案件なんだよな。しかし、そんな急に都合の良い奴が見つけられるだろうか。

 怜司が毒づきながら前を見ると、制服姿で、肩で髪を切り揃えた地味そうな女生徒の背中が目に入った。あれ、アイツはもしかして……。


 最寄駅で電車を降りると、乃亜はすぐに家に帰る気になれず、駅前の商店街を歩いた。道端の自動販売機の釣り返却口に、無意識に手を突っ込む。しかし、やはりと言うべきか釣り銭は入っていなかった。乃亜は溜め息を吐いた。

 ふと、信号の近くの掲示板の影に小さな女の子の足が見えた。楽しそうに走り回っている。乃亜はそれを見て顔をしかめたが、気を取り直すと女の子に近づいた。

「ねえ、こんな所で走っていると危ないよ。間違って道路に出ちゃったら、車に轢かれるかもしれないからね」

 赤いコートを着た女の子は、足を止めて乃亜をじっと見つめた。

「お母さんは?」

「……お母さん、待ってるの」

 女の子は小さな声で言った。

「でも、なかなか来ないから、遊んでるの」

「そうなんだ。でも、こんなところではしゃいだら危ないから。もう少し、良い子で待ってようね」

 乃亜はそう微笑みかけると、信号を渡って商店街に向かった。女の子は、じっと乃亜の背中を見送った。


 乃亜は、商店街でバイト募集している店が無いか探した。ここ、森山商店街は昔からある商店街で、近所は高齢化が進んでいるものの、未だに客足は絶えない。肉屋、八百屋、ドラッグストア、めぼしいバイト募集の広告をスマホで写真を撮りながら歩いていく。

 突き当たりのペットショップを右に曲がると、古い喫茶店の隣の建物が取り壊され、更地になっていた。遠くから目を凝らすと、スリッパを履いた部屋着の老人が、その空き地から周りを窺っている。

 足を止めると、マスクをしたサラリーマン風の若い男が、体調が悪いのかふらふらと老人の方に歩いて行くのが見えた。更地の前に行くと、若い男の顔を覗き込む老人の顔が変わった。憎々しげに男の顔を睨んで、掴み掛かろうとする。

「あの! ちょっと待ってください!」

 乃亜が大声で呼びかけると、老人は手を止めて振り返った。若い男はイヤホンをしており、乃亜の声に気付かずに歩き去った。


「おじいさんは、誰を探してるんですか?」

 老人は、頭を抱えて何かを思い出そうとしている。

「み……みやは、ら、という男……頭のてっぺんが禿げていて……」

「それじゃあ、勘違いですよ。さっき歩いてた人、髪の毛フサフサでしたよね?」

「あ、ああ……」

 老人は混乱したような顔を見せた。

「きっともう、その人はこの辺りにはいないと思います。どうしてもというなら、警察に行った方がいいと思いますよ!」

 そう言うと乃亜は、笑顔で歩き去った。時々ここで見かける老人だが、困ったものだと思う。


 細い通りをさらに曲がると、居酒屋が立ち並んでいる。居酒屋のバイトはスーパーよりは時給が高いので魅力的だが、働ける時間帯が限られるし、そもそも高校生では雇ってくれないかもしれない。一応、参考までに写真を撮っておこうとスマホを取り出すと、すぐ後ろを、薄紫色のドレスを来た、水商売風の中年女性が、酔ったようにふらふら歩いていた。体は肥満で、歩くたびに腹の肉が揺れる。その進行方向の先は行き止まりで、小学校低学年ぐらいの兄妹がボールで遊んでいた。


 少し嫌な予感がしたが、乃亜は兄妹が心配になった。

「ちょっと、そっちは行き止まりですよ!」

 中年女性は、足を止めるとしゃがみ込み、げえげえと口から液体をを吐き出した。

「大丈夫ですか? あの信号の先を左に曲がれば大通りに出るので。なんなら病院もありますよ」

 中年女性は乃亜の声が聞こえないのか、俯いたままだったが、乃亜は気に留めずその場を離れた。


 乃亜は、居酒屋が並ぶ通りを更に奥に進み、バイトを物色した。しかし、そこまで時給にも差はない。

 あとは……。乃亜は、更にこの通りの先にある、明らかにいかがわしい雰囲気の店を見た。何とかエンジェル、と言う看板が見える。乃亜は立ち止まった。給料は絶対高いんだろうけど……。参考に見てみようかと足を進めると、

「夜の仕事に興味ある?」

 突然、細身の若い男に声をかけられた。


 男は、薄い茶色のサングラスをかけて、笑顔を浮かべていた。

 サングラスで一層強調された切れ長の目は、あまり男の顔の良し悪しがわからない乃亜にも一目で美形とわかる顔立ちだった。

「え? わたし?」

 乃亜は周りをキョロキョロと見回し、誰もいないのを確認して言った。

「そうそう、そこのキミ。すっごくかわいーねー!」

 男は大げさに手を動かしながら近づいてくる。

「は?」

 乃亜は突然の事態に頭が真っ白になった。


 ナンパ? いやいや、そんな訳はない。そこまで自惚れてはいない。周囲を見まわすと、いかがわしい雰囲気の店が並んでいた。そうか、きっとホストの呼び込みだ。キャチしてホストクラブに連れ込んで、信じられないぐらいの借金を負わせるつもりだ。乃亜は、一人で頷いた。

「ねぇ、ちょっとお話ししない? 君みたいな子、探してたんだ」

「嘘ついても無駄です! 私、お金ありませんから!」

 乃亜は男が伸ばしてきた手を振り払い、後ろに向き直って歩き出した。

「えっ? ちょっと!」

 予想外だったのか、男は慌てて追いかけてきた。

「待って! 本当に君に興味があるんだって!」

「私はありません! 警察呼びますよ!」

 乃亜は早足で大通りに向かう。

「そんな怒んないでよ、可愛い顔が台無しだよ」

 男は乃亜の前に回り込むが、乃亜は男を押しのけた。

「どうひいき目に見ても、並です! そんなの自分でよくわかってます」

「勿体無いよ、素質あるのに! その力を活かさない?」

「素質なんてありません!」

 男はしつこく追いかけてくる。

「でもさ、お金の困ってるんでしょ? 俺の仕事、結構稼げるよ?」

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