第32話:駄目押し




 ヴァルトの怒りを目にして、おかしな思考回路だったマルガレータも、いつもの冷静な思考に戻った。

 第一王子の行動がおかしいのは確かである。

 こちら側だけで対処せずに、相談する相手がいるではないか、と。


「王妃陛下へ謁見申請しましょう」

 既に母であるマティルダもしているかもしれないが、今回の件は自分の口で訴えたいとマルガレータは思っていた。

 ただ少しだけ、学生結婚も選択に残したいな、とも思っていた。



 怒りを隠さずに教室へと向かったヴァルトだったが、授業が始まる頃には冷静さを取り戻していた。

 なぜなら、本日第一王子は休みだったから。


「昨日の贈り物の件で、謹慎でも言い渡されたのかしら?」

 馬車と使いの者を追い返したマティルダは、すぐに王家へ抗議文書を送っていた。

「デイジーに振られて、傷心で休み……とか?」

 昼になる頃には、冗談を言える程度には復活したようだった。




 悪い事は重なるようで、第一王子がいない為にミンミと二人で行動していたサンナが、またしても皆の神経を逆撫でする行動をした。

「ヴァルト! 改めて私の親友を紹介するわね」

 食堂でマルガレータ達がいつもの五人で食事をしていると、サンナがミンミを連れて来た。


「王太子妃としてぇ、これから仕えてくれる臣下達と交流しなきゃいけないと思って!」

 本気で王太子妃になるつもりなら、まずはその口調を直せ、と食堂に居た全員が思った事だろう。



「君には名前で呼ぶ許可をしていない」

 ヴァルトが静かにサンナを責める。

「親戚なんだし、私は王太子妃よ? その私が言っているのに反抗するの?」

 サンナの言っている事は滅茶苦茶である。どこの暴君だ? と、益々サンナの評価が下がるが、本人は気にしていない。

「どいて。そこはこのの席なの」

 サンナがヨハンナの腕を掴み引っ張る。

 前回は椅子を引いて自分が倒れたので、今回は腕を引いたのだろう。



 抵抗するのも馬鹿らしいので、ヨハンナは大人しく席を立った。

 ヨハンナが席を立つと、隣のクスタヴィもすぐに席を立つ。当然、アールトも席を立った。

 マルガレータも席を立とうと腰を浮かせた時、すぐ脇にサンナがやって来た。


「あぁん! アールト様は、サンナの隣にいてくれないとぉ」

 思い出したかのように、サンナの話し方が急に変わる。

 アールトの服の袖を掴み、移動を妨害するのを忘れない。


「ちょっと! アンタもさっさとどきなさいよ!」

 アールトの袖を掴みながら、サンナはマルガレータを突き飛ばした。

 立ち上がろうと中途半端な体勢になっていたマルガレータは、そのまま体が斜めに倒れていく。

「……え?」

 まさかの暴挙に、マルガレータはなす術が無かった。



 床に倒れるかと思われたマルガレータだったが、温かいものに包まれただけだった。

「え?」

 まだ理解の追い付いていないマルガレータを他所よそに、周りでは黄色い悲鳴があがっている。

「大丈夫?」

 耳元で囁かれ、マルガレータは体を固くした。


 体勢を崩して倒れ掛けたマルガレータだったが、横の席に居たヴァルトが咄嗟にマルガレータの腰に腕を回し、自分の膝の上に座らせたのだ。

 ヴァルトも立ち上がろうと椅子の位置を斜め後ろに引いており、体がマルガレータの方へ向いていたから出来た芸当だった。


 すっぽりとヴァルトの腕の中に収まっているマルガレータは、足が地面から離れており立ち上がる事が出来ない。

 体を支える為に腰に回された腕と、抱きとめた為に密着している体。

 緊急事態でなければ、到底貴族には許されない態勢だろう。



「いちいち指摘する事では無いから黙っていたが、今、うちの国に王太子はいない。あくまでも王太子候補であり、ましてやは王太子妃では無い」

 マルガレータを抱きしめたまま、ヴァルトはサンナへ冷たい言葉を放つ。


「それから今後一切親戚だと言わないようにと、父が絶縁状を送ったはずだがまだ届いていないのか?」

 ヴァルトの更なる言葉に、食堂が揺れた。


 絶縁状が送られたとなると、面識の無い貴族同士よりも更に関係が悪い、という事だ。

 何があっても絶対に助けないし、下手をするとお前と関係の有る貴族とも縁を切るぞ、との脅しである。



 絶縁状が送られてきている事を内緒にするのは罪では無い。

 ただし後からそれが理由で不利益をこうむった家門は、その原因になった家を許さないだろう。


 だから通常は下位貴族が小競り合いで送る程度のもので、あまり影響力は無い。

 当人の家同士が絶縁する程度だ。

 それも次代では簡単に和解したりする。


 しかし送り主が公爵家となれば、話は別である。シエヴィネン公爵家位力がある貴族ならば、相手の家を潰す事も可能だろう。

 食堂から生徒が徐々に減っていく。

 まだ半分以上残っている食事もそのままに帰って行く生徒もいる程だ。

 おそらく皆、急いで家に連絡をするのだろう。



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