第8話 “寝取り男の彼女”に命を救われた俺、混乱中。


 神崎に圧をかけられて、心臓がバクバクした俺が、

 この後、さらに心臓が破裂するのかと思う出来事が待ってるとは思わなかった。



 午後のグラウンドは秋だってのに、真夏の名残が頑張って居座ってる感じで、湿気と熱気がダブルパンチで襲ってくる。


「なあこれ、絶対重さ詐欺だよな……なんで玉入れのカゴ運ぶだけで汗だくなんだよ……」


「いや詐欺られてるの、篠宮だけだぞ。他はふつうに運んでるからな?」


 そんな会話を桐山と交わしながら、俺は玉入れの支柱を持ち上げていた。


「まぁ、この先にゴールがあると信じて、頑張って生きてみっか……」


「おう……って、ちょっ、篠宮! 待て、それ傾いて――」


 重心を崩した支柱が、グラついて倒れかけた。

 反射的に手を伸ばしたが、間に合いそうにない。


「――っ!」


 その時だった。


「篠宮さんっ!」


 月森さんの姿が飛び込んできた。


 そして――ぐいっと、腕を引かれた。


 倒れた支柱が地面に激突する直前、俺の身体は引き寄せられ、月森さんの細い腕に抱きかかえられていた。


 ……おいおい。俺、一歩間違えてたら、

 顔面でポールとキスする羽目になってたのかよ。


 その事実にぞっとするな……



 俺たちはそのまま、地面に尻もちをついていた。

 手と膝を擦りむいた程度だったけど――心臓の音が、やたらうるさい。


「っ……ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか……!?」


「……というか、あれは俺が避けきれなかっただけだし。全然、大丈夫」


 庇われた側が“全然大丈夫”って言ってんの、

 もう恥ずかしさ限界突破だろ……


「え…? つ、月森さん、手……」


 月森の手の甲には擦り傷。

 血がにじんでいるのを見て、胸の奥がざわついた。


「……なんで、怪我してまで庇ったんだよ。俺のことを……」


 でも、月森さんは静かに目を伏せて――


「……わかりません。気づいたら……勝手に体が……」


 その声は、少しだけ震えていた。

 でも、それよりもなによりも。


 そんな“とっさに助けちゃった”みたいな反応、反則すぎんだろ。

 なんだよそれ、心臓に悪いって。


 その後、周囲の生徒が駆け寄ってきて、倒れた支柱を片づける流れになった。

 軽い擦り傷だけで済んだ俺たちは、保健室に行くように促される。



 保健室に入って、手の汚れを拭いていると、

 治療を受けた月森さんが視線を落として言った。


「……すみません。私……勝手に動いてしまって……」


「いや、助かったよ。マジで」


 俺は、できるだけ軽く笑って軽口を叩いた。


「あれ、間に合ってなかったら俺、玉入れの神に召されてたかもしれん」


「……っ、そんな、冗談なんか……」


 絞り出すような声だった。

 その目は、冗談どころか本気で震えていて、俺の胸に刺さった。


「……ごめん。

 でもほんと、助かったよ。

 ありがとな、月森さん」


「……無理は、しないでください。だって、怪我なんてしたら、私は……」


 ――そこで、言葉が止まった。


 月森さんは、はっとしたように目をそらした。


「し……失礼します!」


 ぱたぱたと、逃げるように去っていく後ろ姿。


 その小さな背中を見送りながら、俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。


(……なんだ、今の)


 “私は”の後に続く言葉を、彼女は言わなかった。


 でも――言いかけたその気持ちが、やけに胸に残った。


 ちょっとだけ、心臓が跳ねた。


 なんだか、月森さんの中で、俺の存在が他人から少しずつズレてきてる気がする。


 たぶん、本人は気づいてない。

 でも――無意識って、けっこう本音に近いんじゃね?


 月森さんも――自分の気持ちに、まだ気づいてないだけかもしれない。


 ……ここまで考えて違ったら全力で赤っ恥だぞ、俺。


 それに神崎にバレた件も話せなかったな……

 次の機会に話しておこう。



 だけど――


 あの時の月森さんの表情は、

 “私が勝手にやったことです”って言いながら、

 どこか泣きそうだった。


 俺の手よりも先に、自分の手を差し出してくれた彼女の姿が、

 ずっと頭から離れなかった。


 やばい。

 ほんとに俺、変な病気になってきてるかもしれない。

 しかも、処方箋はきっと月森詩乃っていう、手遅れなやつ。



 ていうか、まだ心臓の鼓動バグってんだけど?

 このままじゃ庇われたら好きになる病とか診断されかねん。


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