第49話 絶対にあきらめない

「創太!」


 創太の苦痛の叫び声を聞いた小鞠は、私の首から手を放し、血まみれになった創太にかけ寄った。


 私は地面を転がるように逃げ出し、小鞠から距離をとった。喉が少しつぶされたためか、ヒューヒューと下手な口笛のような音がのどを鳴らす。息をするのも辛いが、大丈夫、私はまだ生きている。


 真っ赤な血だまりの中心に倒れる創太。彼の顔は苦痛に歪み、わき腹から大量の血が流れ出している。


「創太ぁ、死なないでぇ」

 涙ながらに創太の傷口を押さえる小鞠。さっきまで私の首を絞めていた手が、今度は必死に創太の命を救おうとしている。

 一方、包丁を持ったまま呆然と立ち尽くす舞美。彼女の顔は真っ青で、自分が何をしてしまったのか理解できずにいるようだった。


「違う、違うの……私は……」

 舞美の声は震えていた。手に持った包丁には、創太の血が付いている。


「あらあら……、舞美さん大変なことしてしまったわね」

 凄惨な事件現場に、まるで砂糖と塩を間違えて入れてしまったのを注意するような、場違いなトーンの声が響く。


 この地獄のような舞台に、場違いな真っ白なワンピース姿の詩織が現れた。まるで天使のような装いに、その表情には満足そうな笑みが浮かんでいる。詩織は冷静に、計算通りに事が進んでいることを確認するように、この状況を眺めていた。


 詩織の姿を背後から、こちらに向かってサイレンを鳴らしながら近づいてくるパトカーのヘッドランプが照らす。

 詩織を避けるように、大きく弧を描いてコンビニの駐車場に入ってきたパトカーから警官が降りてきた。


「警察だ!」

 パトカーから複数の警官が降りて駆け寄ってくる。


「通報を受けました。傷害事件ですね」

 私は呆然とした。いつのまに警察を呼んだのだろうか。


「事件を起こしたのは、この二人です」

 詩織は立ち尽くす舞美と、創太のわきにしゃがんだ小鞠を指さす。


 詩織が警察官に状況の説明を行う。その表情は冷静そのものだった。


「小鞠ちゃんと舞美ちゃんが、佐伯さんを襲っているのを見て、急いで通報したんです」


「詩織……君が?」

 創太が苦痛に顔を歪めながら呟く。


「はい。創太君も大丈夫ですか?」

 詩織が創太の様子を気遣うような素振りを見せるが、その目には明らかに満足感が宿っていた。完璧な演技だった。


「お前たち、武器を置いて手を上げろ」

 警察官が小鞠と舞美に命令する。


「そんな、私たちは……」

 創太から離れた小鞠が抗議しようとする。しかし、今まで私の首を締め上げていたことは間違いない。カッターナイフを持っていた証拠も、店の防犯カメラにもしっかりと残っているだろう。


「私は、私は……」

 舞美はまだ茫然自失の状態で立ち尽くしている。包丁を握った手は震え続け、現実を受け入れることができずにいた。


「とりあえず署まで来てもらう」

 二人は手錠をかけられ、パトカーに乗せられた。


「創太、助けて!」

 小鞠が叫ぶが、創太は傷の痛みで答えることができない。


「これは誤解よ!私たちは騙されたの!」

 舞美も必死に訴えるが、警察官は聞く耳を持たない。血の付いた凶器を持っていた以上、彼女たちの訴えなど無意味だった。

 暴れる二人は警察のパトカーに押し込まれた。


 サイレンを鳴らし、パトカーが去っていく。


 入れ替わるように救急車が現れた。白いボディに赤い十字のマークが、夜の闇に浮かび上がる。

 ストレッチャーに乗せられ、運ばれていく創太を私は眺めることしかできない。彼の顔は苦痛に歪み、意識も朦朧としているようだった。


 私の心を絶望が支配していた。

 彼を守ることができなかった。それどころか、私のせいでこんなことになってしまった。

 創太が救急車に乗せられると、立ち尽くす私に詩織が声をかけてきた。


「あら、まだいたの?あなたの役目は終わったわ。どこに行くでも好きにしたらいいわ」

 詩織の声は、勝利者の余裕に満ちていた。


「これからどうするの?」

 私は震え声で尋ねた。


「もう競争する相手もいないもの。創太君が回復したらハッピーエンドでこのゲームは終了よ。それまであなたは自由にしたら?どうせこのゲームがエンディングを迎えたら、あなたは消去されちゃうんだから」

 詩織の言葉は残酷だった。彼女にとって私は、もはや取るに足らない存在なのだ。


 詩織が創太の付き添いとして救急車に乗ろうとした時、そこにヨシオが現れた。


「詩織、よくもやってくれたな。せっかくうまくシナリオが進み始めていたのに」

 ヨシオの声は怒りに満ちていた。


「あら、無事にハッピーエンドにはたどり着くわ。時間はちょっと早くなってしまったけど、またバカな男が一人このゲームに収監されるのよ。喜びなさい」

 詩織は涼しい顔で答える。


「くそっ」

 すべてお前のせいだと言わんばかりに、ヨシオは私をにらむが、何も言わずに去っていった。彼の計画も、詩織によって完全に狂わされてしまったのだ。


 詩織が乗り込み、救急車も去っていく。私だけが一人、血の匂いが漂う夜の駐車場に残された。


 この後、私はどうすればいい?


 創太と詩織がエンディングを迎えるのをただ待つことしかできないの?

 いや、違う。まだ諦めるわけにはいかない。

 ゲームのシナリオは『詩織エンド』に向けて一気に畳みかけてくるだろう。ほとんどのキャラクターは退場してしまった。


 でも、まだだ。


 ここから一発逆転を狙うには協力者が必要だ。もうなりふり構っていられない。

 私はスマホを取り出し、これまで私に嫌がらせをしてきたSNSアカウントに向けて、詩織の罠によって舞美が逮捕されたことを暴露した。


『舞美ちゃんが冤罪で逮捕されました!詩織の罠にはめられたんです!助けてください!』


 本来のシナリオでは、舞美のファンたちは主人公を殺してしまうような狂信者たちだ。彼女の危機を見逃すことはないだろう。

 私はSNSに情報を拡散すると、これから起こるであろうことを予想し、舞美が連れていかれたであろう警察署に向かった。


 * * *

 

 警察署に着くと、既に異様な光景が広がっていた。


 パトカーが黒づくめの男たちに囲まれている。手にはバールのようなものや鉄バットなど物騒な武器を構えている。男たちの背中には『舞美命』と書かれたTシャツや『舞美を救え』といったプラカードが見える。


 私の計画通り、舞美のファンは徒党を組んで、舞美救出のために警察署を襲撃していた。


「舞美ちゃんを返せ!」

「無実の舞美ちゃんを逮捕するな!」


 ファンたちの怒号が夜空に響く。


 パトカーのガラスが割られ、車体がボコボコに破壊される。中から舞美と小鞠が男たちによって救出されている。

 警察が男たちと応戦する中、彼女たちは黒づくめの男たちに守られ警察署から逃げ出した。

 

 それを確認した私は、次の行動に移る。


 小鞠と舞美は創太を取り返すために詩織の元に向かうだろう。

 このゲーム内で大きな病院と言えば一つしかない。創太が運ばれたとすればそこに間違いはない。


 「今度は私があなたたちを利用させてもらうわ」

 

 私は陰から舞美と小鞠の行動を観察し、跡を追った。

 


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あとがき


最終話まで残り2話となりました。最後まで応援よろしくお願いします。


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 小説完結済み、約15万字、50章。

 

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* * *


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