第48話 絶体絶命、絶望の邂逅

 ヨシオが訪ねてきた夜も、私はコンビニで仕事をしていた。今の私にはそれしかできることがない。

 しかし、心の中は常に不安でいっぱいだった。いつヒロインたちが現れるかわからない恐怖の中で、私は毎日を過ごしていた。


 創太と詩織はどうなったのだろうか。


 ヨシオの狼狽ぶりを思い出すたび、私の胸は不安に締め付けられる。詩織がキスをしたという事実は、この世界のバランスを大きく崩しているはずだ。


 夜も更け、客足が遠のいてきたころ頃、コンビニの自動ドアが開く音が響いた。


 私は顔を上げると、血の気が引いた。


 そこには詩織が立っていた。


 真っ白のワンピース姿でいつものように上品な微笑みを浮かべているが、その目の奥には何か違う光が宿っている。


「霧島さん、なんでここが……」

 私の体が緊張で固まる。ついに来たのか。殺される?


「ふふふ、あなたに貸した水着が入ってた袋には発信機がつけてあったのよ」

 詩織の言葉に自分のうかつさを呪った。

 

「安心して、あなたをどうこうするつもりはないわ」

 詩織が穏やかな声で言った。


「今日ね、私も創太君とキスをしたの。あなたのような人工呼吸じゃないわ。抱きしめあって恋人同士の本当のキスをしたの。だからもう私はあなたに興味はないの」

 詩織の言葉に、私は複雑な感情を抱いた。彼女が創太とキスをしたという事実は、私の心に小さな嫉妬を呼び起こした。しかし、同時に彼女の殺意が薄らいだことへの安堵もあった。


「じゃあ、何をしに来たの」

 私は警戒を解かずに尋ねた。


「創太にあなたがここで働いていると教えたわ。たぶんすぐにやってくる」

 詩織の言葉に、私は愕然とした。


「あなたには餌になってもらうわ」


「餌?」


「私がこの場所を教えたのは創太だけじゃないわ。小鞠と舞美にも教えてあるの」

 私の血が凍った。


「なんで?」


「創太があなたといるところを見たら、あの二人はどうするかしら?楽しみね」

 詩織の笑顔は、今まで見たことがないほど残酷だった。


 私は理解した。ヨシオは私を守るために創太が三人のヒロインを相手にシナリオをすすめる、このバランスを保とうとしていた。しかし、この女はすべてのバランスを壊すつもりなのだ。


「あらたいへん、時間ね。私はもう行くわ。無事生き残ったならまた会いましょう」

 詩織は腕時計で時間を確認し、優雅に手を振ると、店の外の闇に消えていった。


 一人残された私は、震え上がった。


 創太がもうすぐここに来る。そして、小鞠と舞美も。

 私はどうすればいい? もう時間がない。


 ひとまずここから離れよう。


 そう思って顔をあげると、時すでに遅し、店の外にはすでに創太の姿があった。詩織はこのタイミングまで計算して、私が逃げないように会話で誘導していたのだ。私が彼女の計画に気づいてももう遅い。

 創太は店の中の私に気づき、急いで店の中に入ってこようとしている。


 すでに舞美たちも近くに来ているかもしれない。

 私は必死に首を振って拒絶を表した。ここに来てはだめ。危険すぎる。


 しかし、私の思いは届かず、創太は店の中に入ってきてしまった。


 今創太と一緒にいるわけにはいかない。


「待って!」


 私がバックヤードに逃げ込もうとした時、駆け寄った創太が逃げる私の腕をつかんで話しかけた。

 

 

「佐伯さん、無事でよかった」

 創太の表情には、心からの安堵が浮かんでいた。しかし、それがかえって私を苦しめる。


「なんでここにきてしまったの? ダメなのよ、私には近づかないで!」

 こんな姿をあの二人に見つかったら……私は慌てたように暴れて手を振りはらおうとする。創太の手は温かく、優しく私を包んでいるが、それがかえって恐ろしい。


「大丈夫、ぼくがなんとしても君を守るよ」

 創太は私をレジカウンターに押さえつけるようにして、真剣な表情で見つめる。


「君もこのゲームのことを知っているんだろう? ぼくはあの三人のだれとハッピーエンドになっても殺されてしまう。君の存在だけがイレギュラーなんだ。君とハッピーエンディングを迎えられれば、ぼくも君もこの世界から解放されるかもしれない。このゲームから抜け出すために協力してくれないか?」

 創太の言葉に、私の心は揺れた。彼と一緒にこの世界から脱出する。それは私が最も望んでいたことだった。


「駄目よ、シナリオは変えられない」

 私は絶望的な表情で首を振る。


「すでに物語はシナリオから大きく逸脱しているはずだ。ぼくらが助かるにはシナリオに描かれていない新しいエンディングを創造しなくちゃならない、君とならそれが可能だ」

 創太が、私を抱きしめた。

 その瞬間、私の心は大きく動揺した。翔の温もりが、私の不安を和らげる。でも、同時に恐怖も増していく。


「ダメなの、だって私は……」

 何とか逃れようと体をねじるが、思いの高ぶった創太の力は強く逃れられない。


 その時、店のドアが勢いよく開いた。


「創太!」

 間に合わなかった。店の入り口には小鞠が立っていた。その表情は普段の明るさとは正反対の、狂気に満ちたものだった。目は血走り、髪は乱れ、まるで別人のようだった。


「なんでここに……」

 創太がつぶやく。


「詩織ちゃんの言うとおりだった。創太はあんな女のことなんかもう忘れたと思っていたのに……」

 小鞠が低い、怒りに満ちた声で答える。


「まさかこんな現場を見ることになるなんて」

 小鞠の手には、いつの間にかカッターナイフが握られていた。その刃が蛍光灯の光を反射して、不気味に光っている。


「この泥棒猫!」

 小鞠がカッターナイフを振り上げ、私のことを狙って襲い掛かってくる。

 創太が私をかばうように小鞠の攻撃を避ける。空を切ったカッターナイフの刃がレジのカウンターに突き刺さり、乾いた金属音を立てて刃が折れた。


「創太、なんでそんな女をかばうの」

 刃を失ったカッターナイフを放り捨て、二人を捕まえようと小鞠が迫る。カッターナイフを失ったとは言え、小鞠の腕力はそれだけで立派な凶器だ。

 創太と私は命からがら店の外に逃げる。


「小鞠、やめろ!」

 狂気に満ちた瞳で私たちにじりじりと近寄ってくる小鞠。創太が必死に声をかけるが、彼女の耳には届かない。


 店の中の小鞠に意識を集中していた私たちの背後から、別の声がかかる。


「創太、あなたが私達とデートしていたのって、私達の意識をそこの泥棒猫から遠ざけるためだったって、ホント?」

 薄暗い街灯に照らされる駐車場に、舞美が一人立っていた。

 抑揚のない声で語りかけてくる舞美の手には、街灯に照らされ怪しい光を放つ包丁が握られている。


「創太、あなた私を騙していたのね……殺してやる、創太も、その女も、全部!」

 包丁の切っ先をこちらに構え、舞美がじりじりと近づいてくる。舞美の動きに気を取られ、店の中の小鞠への警戒が緩んだ。

 その隙をついて飛びかかった小鞠が、私の黒く長い髪をつかむ。


「つかまえたぁ」

 創太の胸から私の体が引き離される。


「い、いたい……」

 髪を引っ張られ、私は創太から引き離される。すごい力で引きずられ、硬いアスファルトの上にたたきつけられる。

 踏みつけられたことで、肺がつぶされ息が止まる。もがく私の上に、小鞠は馬乗りになって躊躇なく首を絞めた。


「やめろ!」

 止めようと創太は背後から羽交い絞めにするように抑えるが、小鞠の力にはかなわない。


「わ、私を無視しないで!」

 悲痛な叫びが響きわたり、舞美が駆け寄り、そのまま創太のわき腹に包丁を突き立てた。


 血しぶきが夜の闇に散り、創太の苦痛の叫び声が響いた。







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あとがき


クライマックス、最終話まであと3話です。


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 小説完結済み、約15万字、50章。

 

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* * *


 過去の作品はこちら!


女子高生〈陰陽師広報〉安倍日月の神鬼狂乱~蝦夷の英雄アテルイと安倍晴明の子孫が挑むのは荒覇吐神?!猫島・多賀城・鹽竈神社、宮城各地で大暴れ、千三百年の時を超えた妖と神の物語

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