第3話 絶対に起っちゃいけないゲーム転生

 目を覚ますとベッドの中だった。


 光に包まれた記憶が薄れていく中、ぼく、桜木翔はゆっくりと意識を取り戻した。


 柔らかな布団の感触。頭上から差し込む朝日の暖かさ。窓の外から聞こえてくる小鳥のさえずり。


 ゆっくりと伸びをして妙に凝り固まった体をほぐす。なんだか体の感覚がいつもと少し違うような気がする。


「ここは……どこだ?」


 見覚えのない部屋。六畳ほどの空間を見渡す。勉強机と本棚、そして今眠っているベッドがあるだけのシンプルな洋室。窓からの景色が高いことからマンションの一室であると思われる。


 ベッドから起き上がり、窓から外を見下ろすと、整備された住宅街と、遠くに見える学校らしき建物が目に入る。街並みも記憶にないものだ。まだ頭がうまく回っていない。


 クローゼットの前には真新しいブレザーがかけられている。紺色の上着に白いワイシャツ、赤いネクタイ。高校の制服だろうか。


 高校は何年も前に卒業している。それに制服はぼくが通っていた学校のものではないようだ。


 ここが自分の部屋ではないのは確かだが、だが、どこか記憶に引っかかるものがある。


「この部屋、この制服、見覚えがあるぞ……」


 ぼくは頭を抱えながら記憶を辿る。そういえば自分は何をしていたんだっけ?

 そこまで考えて、今さっきまでゲームの配信途中だったことを思い出す。


「そうだ、隼人は? 配信は?」


 慌てて周囲を見回すが、配信機材も友人の姿もない。


 あの時、トキメキめめんともり♡をプレイしていて、画面が光って……


 そこで突然、恐ろしい可能性が頭をよぎり、もう一度部屋の様子を見回す。


 この部屋はゲームの中で主人公が一人暮らししているマンションに似ている。壁にかかる制服も、ゲームの登場人物が着ていたものだ。


「まさか……」


 ぼくは布団を跳ね上げ、部屋を飛び出す。廊下を駆け抜け、洗面所へと向かう。鏡の前に立ち、そこに映る自分の姿を凝視する。


 その姿は見覚えのある自分の姿ではない。若い高校生の姿。黒髪に茶色の瞳、均整の取れた顔立ち。現実の自分よりずっと整った容姿だ。


「冗談だろ……」


 ぼくは自分の頬を強くつねってみる。痛みがある。夢ではない。


 慌てて部屋に戻り、制服とともに準備されていたカバンをあさると、生徒手帳を発見。震える手で開くと、中に書かれた名前が目に入る。

『神代創太』

 トキメキめめんともり♡の主人公の名前だ。


「あの時、隼人からコントローラーを奪ったから、ぼくがゲーム内に取り込まれてしまったのか」

 ぼくは頭を抱えて床に座り込む。ゲームの噂は本当だったのだ。

 

 プレイした人間が次々と行方不明になる。それはゲームの世界に取り込まれていたということなのか。

 机に置かれたデジタル時計の日付を確認する。今日がゲームのスタート日、入学式だ。新たな高校生活の始まり……そして、悪夢の始まり。


「まてまてまて、ゲームの中ということは、今日これからヒロインたちと出会い、三年間ぼくはここで生活することになるのか?! そして最後にハッピーエンドデッドエンド……」

 ぼくは言葉を途切れさせる。ハッピーエンド。それはイコール死だ。隼人から聞いたゲームの各ルートのエンディングが脳裏に蘇る。

 

 詩織エンド:ストーカー行為が悪化し、拉致されて永遠に一緒にホルマリン漬け。

 小鞠エンド:SMプレイがエスカレートしてプレイ中に死亡。

 舞美エンド:アイドルコンサート中に突然交際発表し、激怒したファンに殺される。

 ハーレムエンド:ヒロイン三人で主人公の体を切り刻んで三等分に分け合う。


 「どのエンドを選んでも死ぬのか……」

 ぼくは冷や汗を流しながら考える。もしかしたらゲーム内で死んだら元の世界に戻れるかもしれない。しかし、呪いのゲームとして有名なこのゲーム。行方不明者が戻ったという話は聞いたことがない。


 少なくともヒロインエンドを迎えたら必ず死が待っている。唯一可能性があるのはバッドエンド。ボッチエンドで自殺だけだ。自殺は自分の意思でやめることが可能かもしれない。


「ボッチエンドなら……」

 だが、そこで隼人の言葉を思い出す。


『ヒロインたちを放置すれば彼女らの不満度がたまって爆発。途中でもデッドエンドが待ち構えてるんだ』


 どの道も死に通じているようだ。絶望感がぼくを包み込む。


「とにかく落ち着こう。冷静に考えれば道はあるはずだ」


 ぼくは落ち着くために深呼吸をする。もし本当にこれがゲームの世界なら、ゲームのルールに従った行動が求められるはずだ。そして、ゲームのルールを知っているのは自分だけだ。それはある意味でアドバンテージかもしれない。


 そうだ、ヒロインたちから好意を向けられても絶対に気づかないふりをしよう。何とかイベントを無難に過ごして、ボッチを目指す。これしかない!

 

「はあ、こんなことなら攻略法についてももっとよく聞いておけばよかった……」

 こんなゲームを持ってきた隼人に恨みの念を抱いていると、ふと、頭の中に選択肢が浮かんだ。


 【登校する】

 【もう少し考える】


「なんだこれ?」

 選択肢が実際に目の前に表示されているわけではないが、明確に「選ばなければならない」という感覚がある。ゲーム内ではある程度の動きが制限されているようだ。選択肢以外の行動もできなくはなさそうだが、すごく体に負担がかかる。嫌な感じがしてその行動がとりづらい。


 例えば『登校しないでサボって別の場所に遊びに行く』という行為もできなくはなさそうだが、相当に強い意思を持たないとその行動はとれないようだ。


「もう少し考えたいところだけど……」

 ぼくは【登校する】を心の中で選択する。すると不思議と自然に体が動き出し、制服に着替え始める。まるで誰かに操られているような感覚だ。


「これがゲームのシステムか……」

 着替えを終えると、冷蔵庫からトーストを取り出し、口にくわえる。これもゲームの設定通りの行動なのだろう。


「あぁ、走って登校するシーンだ」

 ぼくの体は口にトーストをくわえたまま、アパートを飛び出す。学校までの行き方は自然に頭の中に浮かんでくる。まるでカーナビが道案内するように、どこに向かえばいいかが直感的に分かる。


「とりあえず、学校に行くしかないか……」

 ぼくは考えながら走る。

 

 ヒロイン達とのファーストコンタクトは避けよう。最初の出会いを避ければ、少なくともすぐに彼女たちとの関係が発展することはないはずだ。


 ぼくはこの後のオープニングイベントのことを思い出していた。






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あとがき

 新作、長編ストーリースタートしました!

 小説完結済み、約15万字、50章。


 当面は、午前7時、午後5時ころの1日2回更新予定です!

 



 過去の作品はこちら!


女子高生〈陰陽師広報〉安倍日月の神鬼狂乱~蝦夷の英雄アテルイと安倍晴明の子孫が挑むのは荒覇吐神?!猫島・多賀城・鹽竈神社、宮城各地で大暴れ、千三百年の時を超えた妖と神の物語

https://kakuyomu.jp/works/16818622170119652893


三か月後の彼女~時間差メール恋愛中:バイトクビになったけど、3ヶ月後の彼女からメールが届きました~ -

https://kakuyomu.jp/works/16818622173813616817
























 

 

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