魔法少女よ、死神に成れ。

島流他枷

今日も、最悪の1日が始まる。

pipipipipipipipipi……


pipipipipipipipipi……




なんだ、この騒音は?


……あぁ、アラームの音か……


そうか……今日も……





最悪な1日が、始まるのか。





学校の規則通りに制服を着て、


どうせ吐いてしまうので朝食は食べない。


処方箋通りに薬を飲んで、


片道1時間半かかる、家から遠い高校へと向かう。


イヤホンをつけていつもと同じ曲を聴いて、


誰とも話すことなく席に着く。


始業のチャイムが鳴ったら教科書を開いて、


よくわからないまま授業が終わる。


閉じた教科書の裏に書いてある、「黒井 充」の文字に嫌悪感を抱きながら、


次の授業が始まるのを黙々と待つ。


昼休みになったら図書室向かいの暗くて誰も来ない階段に行き、菓子パンをちまちまと齧る。


今日がもうすぐ終わるという希望と、明日がもうすぐ来るという絶望に苛まれながら、重い足取りで教室へと戻る。


午後の授業もなんとかやり過ごしたら、


また鉄で出来た棺桶みたいな電車に乗って、


家に帰って眠るだ……け……?


カチリ、と時計の針が止まったような音が聞こえる。


それに、なんだ、アレ。


空が、裂けてる……?


裂けた空の内側には、銀河の様なものが見えた。


いつの間にか周囲はモノクロになり、人々もまるで時を止めたかのように固まっている。


「やぁ!」


「ヒョエッ!」


突然の声掛けに、思わず情けない声が出てしまった。

私なんかに声を掛ける人、いないはずなのに……


視線を戻すと、そこにはファンシーな羽のついた、顔文字みたいな表情のネコ?がいた。


「ねぇキミ、今、死にたいよね?」


「…………は?」


突拍子もない質問に、思わず固まってしまった。


確かに私は死にたい。躁鬱で、毎日死にたいと思いながら過ごしている。

だが、こんな謎の生物(?)と何の関係があるというのか?


「キミには、あの空の裂け目が見えているだろう?もうすぐ、あそこからバケモノが出てくる。」


「…………はぁ?」


だからなんだって言うんだ。私は早く帰って寝たいのに……


「だからね、キミのその『死にたい』のパワーを使って、そのバケモノを殺してほしいんだ。」


「はぁ……」


コイツは何を言っているんだ?『死にたい』のパワー?バケモノ?私が何をしたっていうんだ。バカバカしい……


「じゃあ、帰るんで……その、すみません。」


「ちょちょちょ待ってよ!!キミ以外に頼れる人がいないんだって!!このままじゃ地球滅びちゃうんだって!!」


地球が滅びる?そんなの願ったり叶ったりだが。


「はぁ、なるようになればいいんじゃないですか?地球の一つや二つ滅びたって別に……私には関係ないですし。というか、滅びて欲しいですし。」


「待ってよぉ!!本当に大変なことになるんだってば!!キミしか地球を救えないの!!一生のお願い!!ねぇ!!!!」


うるさいなぁ……と思っていたら、段々と辺りが暗くなってきた。空に目をやると、裂け目から、ゴスロリ調の服を身にまとった、巨大なフランス人形のようなものが落ちてきている。


「あぁ!!時間が無い!!もーいい!!強行突破だーっ!!!!」


「へ?」


私がそのネコのようなものの方を振り返った時には、そいつは私の胸元に、金色に輝く宝石のようなものをあてがっていた。


理解する間もなく、辺りを光の帯が駆け巡る。


ピンク色の光の帯が縦横無尽に飛び回り、身体へと巻きついてくる。

巻きついた光は腕、足、上半身、下半身と次第に弾け、幼い頃見た魔法少女アニメの様な衣装をかたどっていく。


目の前に光が収束したかと思うとそれも弾け、巨大なカミソリへと変化していた。


刀身に写る自身の瞳はハート型になっていて、髪は倍ほどに伸び、綺麗なツインテールにされている。


自身の身体を見渡せば、所々に純白の包帯が巻きついた、まさに『魔法少女』といった服装になっていた。


やがて繭のようになっていたピンク色の光の帯が霧散し、巨大なカミソリを持った状態でモノクロの世界へと舞い戻る。


脳裏に叫べと警鐘が鳴る。

何が何だかわからない。だったらもうヤケだ!!


「すべてを切り裂く愛憎の波!

          デウス・ハート!!」


なんなんだこれは。なんなんだこれは。

「なんなんだこれはーーーー!!!!!!」


でうすはーと?なんだそれは。全く意味がわからない。悪夢でも見ているのか?いや、悪夢であってくれ……


「やった!!成功した!!さぁそのカミソリを持って!アイツをたたっ斬るんだ!!」


おかしい。絶対におかしい。ネジコンはやってないはずなのに幻覚も幻聴もあるなんて!


「怖気付かないでデウス・ハート!キミの力なら、地球を救える!!」


どうやら、目が覚めるまでこの悪夢に付き合う他ないらしい。今が躁の時期でよかった。ヤケクソでなんでもやってやる!!


地面に突き刺さったカミソリに手を添え、地上に降り立った巨大なフランス人形に向かって駆け出す。


今までにないくらい身体が軽い。およそ100mはあった距離を一瞬で縮めてしまった。


自分の身長より大きいとは思えない軽さのカミソリを振りかぶる。スパッとゴスロリ服が裂け、ギギギ……とフランス人形の首がこちらを向く。


巨大なフランス人形と目が合う。

その目はどこまでも黒く空虚で、まるでブラックホールの様だ。


その目に怖気付いてしまった。身体が硬直して動かなくなってしまった。その瞬間、フランス人形の口からドス黒い粘液で覆われた触手が幾本もすべり出し、薙ぎ払われてしまう。



「きゃあっ!!!!」


「ハート!!」


カミソリの転がるカランカランという音と共に吹き飛ばされ、地面に這いつくばる。


どうやら、悪夢はまだ終わってくれないらしい。


「ぐっ……ぐぅっ……かはっ……」

吹き飛ばされた衝撃で肋骨が折れたのか、血混じりの息がこぼれる。


痛みに支配され動けない間も触手はジリジリとにじり寄ってきており、身体を掴み取らんと狙われているのがわかる。


しかし、異常なスピードで痛みは引いてくる。






まるで、戦えと言うように。







こんな必死に死を願ったことが、今までにあっただろうか?


突然訳のわからないことに巻き込まれて、死にたいのに死ねない身体にされて。


そうだ。こんな理不尽、許されていいはずがない。


「私は……」


カミソリを支えにして、なんとか立ち上がる。


「私は……!」






「死にたいんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


そう叫んだ瞬間、身体中の痛みが消え、活力が湧き出してくる。


「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


全力でカミソリを振りかぶり、眼前に迫っていた触手を両断する。


切り落とされた触手は光の粒子となり天へと舞い上がって消えていく。


勢いそのままに駆け出し、残った触手の上を走りフランス人形の頭の上へと飛び上がる。


「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」


大きく真上に振りかぶったカミソリを、一直線にフランス人形の眉間へと振り下ろす。


その雄叫びと共に、巨大なフランス人形のようなものは光の粒子となって天へと散っていった。


肩で息をしながら、天へ舞い散る光の粒子を眺める。


「終わった……?」


「ハート!!すごいよ!これで地球は救われたんだ!!」


「そっか……おわった、んだ……」


思わず全身の力が抜け、その場にへたり込んでしまう。

自身を包んでいた衣装や巨大なカミソリもピンク色の光の粒子となり、元の制服姿に戻る。


「そんな所で座ってたら目立っちゃうよ。そろそろ時間を動かすから、どこか別の場所に行こう。」


「あぁ……はい……」


言われるがまま、近くにあったベンチへと腰掛ける。


「詳しいことは人目につかない場所で話そう。まずは時を動かすね。」


そして、謎の生物はどこからか取り出した懐中時計のスイッチを押す。


すると、白黒だった世界は色彩を取り戻し、人々は何事も無かったように動き出した。


しばらく休んだ後、帰路に着く。


「……」


じわじわと『今の体験は夢では無い』という実感が湧いてきて、なんだかソワソワした気持ちになる。


あのバケモノは一体何なのか、あのモノクロの世界は何なのか、そもそもあの生物(?)は何者なのか、どうして私があんなことさせられたのか。この謎の生物に聞きたいことは山ほどある。だが、気疲れしてしまってそれどころでは無い。


制服を脱ぎ捨てベッドに横になると、すぐさま眠気がやってくる。

それに身を任せ、眠りに落ちる。もう、こんな悪夢見ないようにと願いながら。


「いやぁ、本当に、本当に想像以上だよ。」


「これからが楽しみで仕方ないなぁ……」


「今日倒したのは眷属の個体だから、大元を叩かなきゃいけないけど……この調子ならどうにかなりそうだね。」










「デウス・ハート……いや、黒井充くろいみつるちゃん。」

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