第6話 フェス余韻
《──そして。》
“REAL experience”がステージを去った瞬間、
ファジーロックの空気が──変わった。
帰ろうとしていた観客たちは、立ち尽くしたまま何も言えない。
なぜなら、なにかが起きたのではなく、
なにかが始まってしまったのを、全員が感じ取っていたからだ。
⸻
バックステージ。
呆然とした沈黙のなか、最初に動いたのはスマパン粉のビリー・コーナン。
「もう……いい。俺、バンド辞めるわ」
ジェームス・イナダが即座に返した。
「またそれか?ていうか──
あのドラム……」
ステージを破壊した最初の一発目。
あの音がいまだ耳から離れない。
「アレ、雷だったよな」
「正面から雷打たれたみたいな音圧だった……中学生だろ?」
ケルヴィン・シーラントは、イヤモニを外しながら呟いた。
「アイツら、音で殴ってくる……」
⸻
そのころ、楽屋裏。
ユウジはジャージのズボンをまくりながら、
「靴下ずれた」とボヤいている。
ユニクロの三足千円。片方無くしたようだ。
だがそのベース──
たった四本の弦で、世界中のプレイヤーたちを黙らせた。
サンダル履きのまま突き刺してくる低音。
“静岡のジャコ・パストリアス”と称されたのは、翌週のRolling Rock誌だった。
⸻
ミサキはというと──
さっきまでブチギレたテンションが嘘のように、今は普通にタピオカミルクティーを飲んでいる。
「やっぱ黒糖よね❤️」
と、どこにでもいるJKの表情。
だが、さっきのシャウト──
「静岡なめた奴ぁ、富士山ぶん投げんぞコラァ!!」
日本の富士が、世界にFIREにした瞬間だった。
⸻
ハジメは黙ってギターを片付ける。
ツンツルテンの学ランのまま。
その袖はボロボロだが、誰もそれを笑えない。
ギターを背負って、会場の方を振り返り、
「……まぁ、悪くなかったな」とひと言。
レディオブレインのスタッフが、震えてその姿を見ていた。
⸻
翌朝──
全世界が“REAL experience”に目を奪われていた。
SNSでは、
「#REALexperience」
「#フジロックなめたら富士山飛んできた」
「#学ランのfuzzサウンドが魂に効く」
とトレンドを独占。
YouTube公式チャンネルにアップされたライブ映像は、
24時間で5,800万再生突破。
コメント欄は英語・スペイン語・韓国語・タガログ語・静岡弁で埋め尽くされた。
中には「I don’t know what she said, but I cried.」という声も。
⸻
数日後──
UKRの特番『Next Rock』にて、こう紹介された。
“REAL experienceは、ただの若者ではない。彼らは、時代が予測し損ねた“感情の爆発装置”である”
⸻
世界は、この日を境に思い知ることになる。
ロックは終わったんじゃない。
本当はまだ始まってもいなかったのだ。
──REAL experience。
ギター:学ランと黒縁メガネ、体育館履きの音楽侍、ハジメ。
ベース:底なし沼のような重低音、ユウジ。
ドラム:雷鳴そのもの、笑わないビート職人・カナメ。
ボーカル:清楚と獣を併せ持つ静岡の業火、ミサキ。
彼らが「REAL」だ。
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます