REAL experience ──ツンツルテン学ランが世界を鳴らす!
雨樋 ハジメ
第1話 世界を鳴らす寸足らずの学ラン
ハジメは静岡市立第六中学校の2年生。
ツンツルテンの学ラン(学生服の田中でおばちゃんに押し切られて購入)、黒縁丸メガネ(フランス堂静岡駅前店謹製・度強め)、体育館履き(幼馴染・千春ちゃんの家の靴屋「靴の松原」で“おつとめ品”として売られてたやつ)――が、いつもの装備。もはや本人ですら「俺は何のジャンルだ?」と悩むファッションだが、本人はいたって真面目に生きている。
家は、静岡駅北口から徒歩6分。木造二階建て・謎の増築あり・ポストに「夜は開けません」と貼られている古民家で、富士町商店街の端っこにぽつんと建っている。
で、ハジメの生活圏においてもっとも重要な拠点。それが――
家から徒歩15秒、ラーメン屋「麺屋やよい」である。
注文するのは毎回、ラーメンライス。というか、それ以外を頼んだことがない。スープは黄金色、麺はちょい細め、豚バラごはんは油がイイ感じに罪深い。「カロリーって、魂に効くんだな」とハジメは思っている。
ラーメン屋のカウンターの向こうにはいつも、やよいさんがいる。
手拭いを上品に頭に巻き、可愛らしいエプロンにジーンズ姿。この春、大学を出て実家のラーメン屋を継ぐ決心をした、ラーメン屋オヤジ夫妻自慢の看板娘だ。
長身の美人。だが、しゃべった瞬間、すべてが吹っ飛ぶ。
「おめぇ、またラーメンライスけ!? ほんなもんばっか食っとったら、まんまるんなって、転がってっちまうに!」
この静岡弁が、ハジメの鼓膜をビンタしてくる。毎回。
それでも、ふとした瞬間に見せる“はにかみ笑顔”に、ハジメの中の何かが“オーバードライブ”を起こすのだった。
⸻
明日、富士町商店街では、年に一度の大騒ぎ――「夏祭り」が開催される。
ステージでは、地元のおじさんバンドが昭和歌謡で場を温め、葵高校吹奏楽部がさわやかに吹き鳴らし、トリにはなんと!
あの伝説(自称)のロックバンド《THE ELBOW CUTS(ジ・エルボーカッツ)》が登場する予定だ。
この日、ハジメもいつものようにやよいさんのラーメンライスをズルズルやっていた。
「やよいさん、オレさ、最近ギターやってんだ。兄貴のやつ、ホコリかぶってたけど、弦張り替えてさ。あと家にレコード3枚しかないんだけど、これがなんか、すげぇのばっかで……真似してるんだ」
「へぇ? ギターけ? おもしれぇじゃん。で、なに聴いてんの?」
ハジメは、ちょっと照れながら言った。
「SOFT MACHINE、ジミヘンのエレクトリック・レディランド、あと、至上の愛」
弥生さん、コップのお冷を持つ手が止まった。
「ちょ、ちょっと待った! ホールズワースにコルトレーンて…おまん、何歳け!?」
「14っす」
「大丈夫け!? その選曲で、クラスメイトと話合っとるけ!?」
「いや、だいたい引かれてます」
「そりゃそうだら…」
やよいさんは、笑いながら言った。
「ほんならさ、あんた、明日ステージ出てみやぁ」
「えっ?」
「ジ・エルボーカッツ、たぶんギタリスト出られんら? 飛び入り、できるって書いてあったに!」
その瞬間――
視界の隅に、ぺらぺらの紙が電柱に張られてるのが目に入った。
⸻
《緊急告知》
THE ELBOW CUTSのギタリスト、重度のイボ痔により出場不可!
飛び入りギタリスト、絶賛募集中!
即興セッション形式! ステージで己を解き放て!
⸻
(な、なんちゅー理由で欠場だよ…)とツッコミかけるハジメ。
しかし、脳内ではもうジミ・ヘンとホールズワースとコルトレーンが、体育館履きでセッションしていた。
「……出るよ、オレ」
⸻
祭り当日。富士町のステージ前は大混雑。
まず登場したのは、静岡バージョンに全振りしたお笑いコンビ、コールポッツ。
「なーにー!? やっちまったなぁ!」
「男は黙って――おでんカレー!」
会場、爆笑。
続いて親父バンドの暑苦しい演奏、葵高校吹奏楽部の青春メロディー、そして――
ついに「飛び入りタイム」!
司会のコールポッツ・小野フマジメが叫んだ。
「ギターキッズ、ステージへカモーン!」
\ハイッ!!僕、ギター弾けますッ!!/
ど真ん中から声が飛んだ。
学ランツンツルテン、足首丸出し、黒縁丸メガネ、体育館履き。
会場「……誰!?」
小野フマジメ「なーにー!? スタイルが謎すぎる!」
ハジメはマイペースにチューニングを始める。
「男は黙ってチューニング」って空気を出しながら。
そして――
「アチョーッ!!!」
謎の奇声とともに、アンプから異音…じゃなかった、異次元音が炸裂。
ジミ・ヘン的ワウに、ホールズワース的速弾き、コルトレーン的スケール無視。
最前列でスマホを構えるJK達は膝から崩れ落ちた。たまたま帰省で居合わせた、大物プロデューサーも腰が立たなくなっている。
でも止まらない。ギターは火を噴き、体育館履きが床を叩き、黒縁丸メガネが光る。
コールポッツも絶叫。
「なーにー!? おまえ、本物か!!」
その日、静岡でいちばんロックだったのは、ツンツルテンの中坊だった。
アチョーッ!最後の絶叫と共に、ハジメは気絶した。
ステージに駆け寄るエプロン姿のラーメン屋の看板娘、やよい。
「大丈夫!っハジメっ」
目が覚めると、そこは見慣れた梁の木目。
煮干しの出汁の香りと、洗い立てのシーツの良い香り。そうだここはいつものラーメン屋の2階。
ガラガラ。扉の開く音。
ゴメンね、やよいちゃん。ウチのハジメがお世話になっちゃって。
かあちゃんだ。
いいんですよ。それよりハジメくんの演奏、凄かったんだから。何故か誇らしげだ。
———
翌日、ハジメは地元で噂の人物になっていた。誰もがハジメを知っている。
学校では、「俺、サイン貰っておけば良かったなー」などと、中島が訳のわからないことを言っている。
いつもは、喋ってもくれない女子達からも、「コルトレーンチェンジってどうやるの?」などと質問責めだ。
おい、ハジメ、教頭が呼んでたぞ。
え、やっぱり昨日の演奏が問題になったのかな?ヤバいなー。
コンコン、失礼します。雨樋です。
おぉ!富士町のジミヘンのお出ましだね!
教頭はいつになくご機嫌だ。
部屋の奥には、スーツ姿(省エネルック)の男が2人。
紹介しよう。こちら、学生服の田中の田中社長。そして、メガネのフランス堂静岡駅前店の権田支店長。
実は昨日のお祭りでの活躍が、YouTubeで配信されて、ツンツルテン学ランと、黒縁丸メガネはどこで手に入るのかと、問い合わせが殺到してるんだ。ウチの学校も、ロックの殿堂として、有名になるぞ!
教頭は訳のわからないことを言っている。
でね、ハジメくん、田中社長が言った。君と我が社と、フランスさんでコラボ企画をって話が進んでるんだ。どうかね?
え、戸惑うハジメ。
あの、僕、まだ中学生だし、もうちょっと考えてから。
あ、僕のやよいさん、じゃなかった、いつもお世話になってるラーメン屋のお姉さんに相談します!
権田支店長:あぁ、ラーメン屋の、あの看板娘か。いいなぁ、青春だなー。
いつものラーメン屋。いつものラーメンライスを啜りながら、「実はね、制服の田中と、駅前のメガネのフランス堂がコラボをしないかって。どうしよう?」
「決まっとるじゃんか!伝説は続いてくんだに!」
———
街には10mおきに、「制服の田中 × フランス堂× ハジメ」の超絶トリプルコラボポスターがずらり。
男は寸足らずがちょうどいい(制服の田中)
黒縁丸メガネはインテリの一撃(フランス堂)
俺の列車に乗れ!乗ればわかる(ハジメ)
──などという謎キャッチコピーが街中で踊り狂っていた。
そんな中、お祭りLIVEにたまたま居合わせた某・大物プロデューサーから学校宛にメッセージが届いた。
「君にもっと大きな舞台を用意してある。早急に連絡を願いたい」
──えっ、どゆこと?
「なんだか、大事になっちゃったよ、やよいさん。どうしたらいいかね?」
カウンター越しにラーメンを湯切りしながら、やよいは吠えた。
「おうよ、こんなの迷っとるヒマなんかないら?もう始まっちょるだに、やるしかねぇら!」
「でも……一緒にやるバンドメンバーがまだ見つからないんだ。」
そう。この街には楽器店もスタジオもなく、音楽やってる中学生なんて“絶滅危惧種・レッドデータ入り”だった。
「それなら、果物屋の次男坊、ユウジ。確か部活でチューバ吹いとるが。低音同士、ベースもいけるんじゃね?」さすが弥生さん。人脈の生き字引。もはや『人間・タウンページ』。
「あとさ、乾物屋の長男カナメ。夜な夜な使われとらん倉庫で、ドラム叩いてるって噂もあるに。」
──それ、絶対ヤバいやつじゃん。
でも、音に飢えてそうな雰囲気は悪くない。よし、会いに行くか!
⸻
まずは果物屋のユウジ。
「こんにちは~。ユウジ君いますか?」
「ああ、奥でベースの練習しとるよ!」とおばちゃん。
(…え、もうベースやってんの!? 早いな!)
「やあ、こんにちは。俺、2年A組の──」
「知ってるよ。お前、富士町商店街のジミヘンだろ。何の用?」
──え、あだ名あるの!?
「やよいさんから聞いたんだ。音楽やってんだろ?バンド組まないか?」
「オマエ、お祭りLIVEでの演奏、話題だったぜ。よし、ちょっと音出し行ってみっか?」
グオオオン!!
唸るドライビングベース。地を這う毒蛇。いや、もはや地底から出てきたUMA(未確認低音生物)。
何故か腰をクネクネさせながら弾くスタイル。こうしないと調子が出ないらしい。
「決まりだ。ベースはユウジ、お前だ!」
⸻
次は乾物屋のカナメ。
夜な夜な使われていないビルの2階からは、ドカドカ!バタバタ!ガッシャーン!
どう考えても苦情レベルの轟音が。
「やあ、キミがドラムやってるって聞いて来た。セッションしないか?」
カナメ、不敵に笑う。
「ふっ……お前、随分調子に乗ってるようだけど、俺のドラムについてこれるか?」
──中二病、発症中!
「試してやるぜ!」
ハジメは、持参した小型アンプと、兄貴のお下がりのストラト(フェンダージャパン製・ラージヘッド)を取り出した。
アチョーーーッ!!
ギターが吼える。fuzzサウンドにホールズワーススケール!
もちろんコードはコルトレーンチェンジ。中学生にして変態的。
ユウジのベースが唸る。まるで、地底から這い出た二匹目の毒蛇。
カナメのドラムは──やたらと手数が多い!
いやこれ、フィルインしかしてねえよ!!
まるであの伝説の英国のバンド、あの暴れん坊ドラマーのよう。そう、ザ・フーのキース・ムーンの再来だ!
ジーーーッッ……(残響音)
「オマエ、スゲーな……」
「オマエもな……」
決まりだ。ドラムはこの男、カナメ。
⸻
いつものラーメン屋。ちゃぶ台を囲んで戦略会議。
「次はボーカルだな。オーディション開こうぜ。」
「よっしゃ、じゃ、やよいさんに頼むか!」
やよいのツテで、乾物屋の倉庫に歌自慢が殺到!……したのはいいが、
• カラオケスナックの帝王サラリーマン
• 西野カナに憧れるOL
• 元アイドルを名乗る40代マダム(証拠なし)
……こ、これは地獄絵図。
「やっぱりな。ロクなの来なかったな。。」
そのときだった。階段を駆け上がってくる影が———。
「すみません、まだオーディションってやってますか?遅れてしまって……」
清楚系。葵高のブレザー姿。声も性格も、蚊の鳴くような可憐系。
「すみません、名前はミサキと申します。どうぞよろしくお願いします!」
礼儀正しい、いいとこのお嬢様風だ。
マイクをそそくさと準備する姿に──
「おいユウジ、この子全然ロックっぽくないけど大丈夫か?」
「お前もな。見た目、学ラン・丸メガネ・体育館履きだぞ。ハジメ。」
──その瞬間。
少女は、「おいっ!こらっ!おめーら、なめた演奏しとったら、ぶっくらかすら!」
豹変!!
魂の静岡弁!!
どこ行った、清楚系!?
そして──
「アチョーーーッ!!」
ハジメのギターが吼える!ユウジが毒蛇の如くベースを唸らせ、カナメがドラマーというよりも“打楽器の暴君”と化す。
そして彼女の歌声は──
「だらあああああああっ!!」
魂のシャウト。強烈ハスキーボイス。
まるで、そう──ジャニス・ジョプリンの再来!!
「ふう……すみません、ちょっと入りすぎちゃって……」
──また戻ったぞ!?
「いや、君しかいない。なあ?」
「そ、そうだとも!」
俺たちは、バンド!今日から一心同体だ!!
———
いつものラーメン屋、いつもの2階の和室、そして、いつものちゃぶ台。季節は秋。
商店街振興組合主催、秋祭りライブに向けた戦略会議──いや、作戦会議 with 餃子。
「ついに来たな……」
ユウジが枝豆をつまみながら呟く。
「どうやら、俺たち……めちゃくちゃ期待されてるらしいぜ。」
「何しろ、“富士町のジミヘン”が組んだバンドだもんね。」
「おい、そんなふうに言われてんのか!?」
すでに噂は街中を駆け巡り、
学生服の田中社長(寸足らず界のパイオニア)も、メガネのフランス堂の権田支店長(丸メガネ界のラスボス)も、宣伝にひと肌もふた肌も脱いでくれていた。
町内掲示板にはでっかく、
【注意】秋祭り当日、爆音注意。バンド名:REAL experience(リアル体験)】
──
「もう、やるしかないな……!」
ハジメがギターの弦を一本ずつ睨みながら、決意を固めた──が、
「いや、それ張り替えろよ。3弦、もうサビてるぞ。」
⸻
【秋祭り当日】
富士町商店街・特設ステージ。
前説は、まさかの本物お笑いコンビ、
“ドブロッカー(静岡ver.)”が降臨!
「もしかしてだけど〜♪」
「これって俺らのボケが一番ウケてるんじゃないの〜♪」
客席、爆笑。おじさん、おばさん、ついでに消防団まで笑ってる。
続いて、地元市立第六中学校・吹奏楽部。
「エル・クンバンチェロ」の音が鳴り響き、観客はすっかり陽気な南米気分。
──だが!そのあとに控えるのは……俺たちだ。
⸻
バックステージ。円陣を組む俺たちREAL experience。
「いいか、今日は俺たちのデビューステージだ!」
「遠慮は要らん!暴れてこい!ぶっ飛ばしてこい!」
「……あ、でもコード間違えたら一旦静かにしてな。俺も分かんなくなるから。」
⸻
ステージ袖。
司会のドブロッカーが、叫ぶ!
「お待たせしましたあああああ!!」
さあ大トリです!!!
地元中学生バンドの登場だぁぁあああ!!
「REAL experience!!」
\ワアアアアアアアア!!!!!/
⸻
アチョーーーーーッッッ!!
チョーーーチョーーーーーーッッ!!!
いつもより3割増で長く吠えるハジメ。
「今日だけは!“フランス堂特注”のメガネがぶっ飛んでもかまわねぇッ!!」
ユウジのドライビングベースが唸る。
それはもはや、音ではない──地鳴りだ。地震速報が間に合わないほどの低周波。
ドラム・カナメ、ビートという概念を破壊する。
もはや“暴力”そのもの。
そして、ギターが!吼えた!
グァァァァァァンッッ!! ギャオーーーン!!
fuzzサウンドに、ホールズワーススケールがねじ込まれる!
中学生のやることじゃねえ!
これはもう、教育的指導モノ!!
ハジメの時折見せる、汗でずり落ちるメガネを中指でチョンチョンする仕草に、地元JKは腰も立たなくなっている。
そのとき──客席最後列で腕を組んでいたあの大物プロデューサーが、
「なんてギターだ……ジミヘンの再来?いや……いや違う、これは……」
ごちゃごちゃ言いながら、
人混みをバタフライ泳法で突破して、
最前列へ躍り出た!
「ジミヘンの二番煎じじゃない……!もはや、その先を行っている……!」
「地味じゃない、むしろ派手だ。そう、彼は‥‥‥!ハデヘン。。」
⸻
だらあああああっ!!
ボーカル・ミサキ。葵高のブレザーに、アーミーブーツ。
見た目は図書委員、中身は火山弾。
「おめーら!チンタラしとると、置いてっちまうでなァ!!」
「耳かっぽじって、魂で聴けぇぇぇぇえっ!」
キツめの静岡弁、ハスキーなシャウト!
まさに静岡のジャニス・ジョプリン!!
一曲目──“地獄のワルツ”
Aメロ:レゲエ調でしれっと登場
Bメロ:突如サンバのリズムで会場を翻弄
サビ:なぜかポップな3拍子
ギターソロ:ジミヘンサウンドでホールズワーススケール大爆発!
結果──
ジジババ12人が、入れ歯飛ばして大興奮だ!
うち2名、テンションが上がりすぎて踊り出した!
観客10名、膝から崩れ落ち、完全に昇天寸前!!
「し、静岡で……中学生がこんなライブを……ッッ!」
と、救護スタッフがAED片手に右往左往している。
⸻
俺たちは、6曲一気に駆け抜けた。
ミサキが叫ぶ。
「ありがとよぉおぉぉ!またなぁああ!!」
「あばよッ!!!!」
\ワアアアアアアアア!!!!!/
でも──
観客の熱は、冷めなかった。
アンコール!アンコール!アンコール!!
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