第7話 折れたナイフと出会い

午前中、いつものようにロシェルと二人で迷宮に潜った。

前回の戦闘経験を踏まえて立ち回りを工夫し、戦いはずっとスムーズだった。

ヨウイチの取得したスキル《必要経験値100分の1》のおかげで、わずかな戦闘でも経験値が蓄積され、確かな成長を感じる。


コボルトとの戦いで、ヨウイチの反応速度も上がっていた。

しかし――


「っ……!」


乾いた音と共に、手にしたナイフの刃が真っ二つに折れた。


「ヨウイチさん、大丈夫ですか!?」


ロシェルの声が響く。コボルトは既に倒れていたが、武器の破損は致命的だ。


「くそ……今日のところは引き上げよう」


「はいっ」


ロシェルは汗をぬぐいながらうなずく。その目にはほんのり心配と信頼が混じっていた。


 


町に戻った二人は、宿の主人に教えてもらった路地裏の小さな武具屋を訪れる。


ギイ、と音を立てて木の扉を押し開けると、中は鍛冶場特有の鉄の匂いと熱気に包まれていた。


「いらっしゃ〜いっす〜」


奥から現れたのは、思わず目を奪われる少女――

いや、年齢は少女っぽいのに、その体はまるで大人顔負けだった。


彼女は明らかにドワーフ族だ。肌はやや褐色、小柄な体つきだが、腰のくびれと豊かな胸元は視線を逸らすのが難しい。

タンクトップのような薄着から、鍛冶仕事の過酷さがうかがえる。だが、その格好が逆に妙な色気を醸し出していた。


「あたしはマルナっす!武器修理っすか〜? あっ、それナイフっすね?」


「あ、ああ。俺はヨウイチだ。刃が折れちまって……」


ナイフを差し出すと、彼女は手を添えるようにして受け取る。

そのまま、俺の手を包むように両手で握ってきた。


「ん〜〜、硬度にムラがあるっす。これ、安物でしょ?」


(う、近い……!)


柔らかな指先の感触と、腕にふわっと触れる柔らかさ。

マルナはそんなことにはまったく無頓着な様子で、手元のナイフを観察していた。


「戦ってると、どうしてもこうなるっすね〜。新品買うより、ちゃんとしたやつ選んだほうが長持ちするっすよ」


「オススメってあるか?」


「あるっす! ちょっと待っててね〜」


軽やかに店の奥に下がり、少ししてから持ってきたのは、艶やかな黒光りのナイフだった。刃の根元にルーンのような紋様が刻まれている。


「これ、自作っすよ。鍛冶スキルと加工スキルの合わせ技。刃こぼれしにくくて、しかも切れ味もいい!」


そう言って彼女は、自分の手のひらのせた木に軽く当ててスッと紙を裂くようにナイフを滑らせた。

刃はまったくブレず、完璧な切れ味を見せつける。


「すごいな……で、値段は?」


「う〜ん、特別に……8000ルナっすかね〜」


「高いな……」


財布の中には、ロシェルの食費や宿代も含めて、残り1万ルナほど。

装備を更新するには勇気のいる金額だった。


「そっかぁ……じゃあ分割でもいいっすよ。分割払い〜ってやつ!」


「……いいのか?」


「うん、ヨウイチさん、ちゃんと返してくれそうだし。目がまっすぐしてるもん」


そう言って彼女はニコっと笑い、ナイフを俺の手に握らせた。

そのとき、彼女の体がぐっと近づき――


「……!」


胸元が、ナイフと一緒に当たった。


(おいおい……それは、反則だろ……!)


だがマルナ本人はまるで気づかず、ニコニコしながら「よろしくっす〜」と肩をぽんっと叩いてきた。


「あ、あと鞘はサービスでつけとくっすね〜」


「……助かる」


ナイフを受け取り、店を出た後も、しばらく鼓動が落ち着かなかった。


ロシェルは不思議そうに首をかしげていたが、何も言わずそっと寄り添って歩いてくれていた。


 


こうして――

俺の旅はまた一歩、変わっていく気がした。


次は、より深い迷宮へ。そして――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る