ロックオンG
@take1117
第1章1 等級のある日常
朝五時五〇分、第七層・一般市民区域。
ハルは、目覚ましのアラートが鳴る前に目を覚ました。
まだ薄暗い室内。
手首に装着された**接続端末(デバイス)**に指先を滑らせ、パネルを二度軽くタップする。
円形の青いアイコンが開き、静かに起動音が響いた。
「コマンド:ウエイクアップ(快適起床モード)」
→ 室温+2℃、照明10%点灯、再生音:筝曲『春の海』
室温と照明が調整され、ゆっくりと音楽が流れだす。
ハルの覚醒を、穏やかに、しかし確実に導いていく。
コマンドは、G〈ガルド〉ネットワークに接続された市民が、自身の情報等級に応じて実行できる生活最適化命令だ。
日々の生活から戦闘支援に至るまで、Gが人類に与えた最大の恩寵である。
続いて、昨日のスコアがハルの前に表示される。
昨日の文化貢献度:2500C〈コスト〉
労働 2370C〈コスト〉
発信 110C〈コスト〉
ログ提出 20C〈コスト〉
等級維持ライン:2000
「今日もギリギリ……」
貢献ポイントC〈コスト〉は、かつての通貨に代わる新たな価値単位。
等級が下がれば、文化アクセスも制限される。
ハルは腕に巻いたブレスレット型デバイスを撫でた。
このデバイスは、皮膚電位と体温に反応して操作でき、声・視線・指先・心拍数までもがGに送信される。
また、微弱な電気信号による感覚誘導と、視覚・聴覚を通じた高精度な文化提示機能を備えており、G〈ガルド〉が推奨する文化体験を半自動的に刷り込む仕組みとなっている。
装着者が“必要”と判断した情報は、G〈ガルド〉ネットワークを通じて脳へ直接フィードバックされ、総合的な“文化適応度”としてスコア化される。
「コマンド:コンパス(最適生活補助)」
→ 本日の行動提案:徒歩通勤/文化感想文投稿/推奨食品1件レビュー
提案の正確性は、ハルの等級とログの蓄積に基づいており、彼にとっては重要な“生存補助”だった。
ハルのデバイスは古いモデルだったが、接続維持に必要な最低限の機能は備えていた。
朝食は、支給品の栄養ブレッドと合成茶。
画面には「本日の推薦文化」として、短歌と古典舞踊の断片映像が提示されていた。
いまの日本では、文化こそが価値であり、情報こそが通貨だ。
G〈ガルド〉は文化を選び、評価し、管理し、それによって“価値ある人間”を選別する。
貨幣も株式もとうに意味を失った。
今あるのは、どれだけ文化に適応し、情報を生産・保持できるかという「接続格差」だけだ。
ハルは服を着替え、仕事に向かう。
遅刻寸前だったが、交通機関を使うほどのC〈コスト〉は持ち合わせていない。
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