パン作り皇帝のドラゴン討伐

モンブラン博士

第1話

ブレッド帝国二代目皇帝カイザー=ブレッドの趣味は休日に自らパンを焼いて国民に配ることだった。専用の厨房で早朝から起きて無心になってパンを作るときが彼にとって何よりも幸せな時間だった。焼きたてのパンを大きなかごに入れて嬉しそうに運ぶ彼の姿を見て、弟のジミーは頬を緩めた。


「兄さん。今日も素晴らしい焼き加減ですね」

「君もひとつ食べていくかね」

「お言葉に甘えていただきます。やはり、兄さんの作るパンは絶品ですね。子供たちもきっと喜ぶと思いますよ」

「ありがとう。そういってもらえると、嬉しいものだ」


兄の大きな背中を見送る弟だった。

ジミーは幼い頃から兄を尊敬していた。文武両道に秀で人望も厚く知恵もある。

皇帝を継いでからも類まれなる才能を発揮し襲い来るドラゴンや魔物などを討伐し、国内外問わず平和のために尽力してきた姿勢は他国からも尊敬を集めていた。


「さあ子供たち。好きなだけ食べるといい」

「カイザー様、ありがとうございます!」


礼を言って子供たちは争うようにパンを受け取り頬張る。

完璧に焼き上げられたロールパンにクロワッサンなど種類も豊富でどれもおいしい。

子供たちの嬉しそうな顔にカイザーも微笑した。

自身もパンを手にとって食べる。自画自賛ながら味はいいものだと彼は思った。

ある日のこと。

ブレッド帝国に漆黒のドラゴンが現れ、アリスという八歳の少女を連れていった。

悲しみに暮れる両親にカイザーは自分が必ず取り戻すと言って城に帰るなり大剣に盾を取り出して弟のジミーに言った。


「ジミー。私が留守の間、国を頼む」

「もちろんです。兄さんには及びませんが」

「謙遜することはない。君なら立派にやれる」

「ありがとうございます。必ず帰還してください」

「そうでなければアリスの両親に顔向けできぬ」


そのまま城を飛び出そうとした皇帝を大臣が引き留めた。


「お待ちください皇帝陛下。兵隊を引き連れてくださいませ」

「私はひとりで行く」

「なぜなのです」

「ドラゴンと戦闘になれば大勢の部下を失うかもしれぬ。私にはそれが耐えられぬ」


強く拳を握りしめるカイザーに大臣は言った。


「皇帝陛下のためならば皆、喜んで命を捧げる覚悟があります」


カイザーは振り向くと口角を上げて、大臣の両肩を力強い手で掴んで言った。


「その気持ちだけ、ありがたく受け取っておくよ。これで私はたとえ千匹のドラゴンが相手でも勝てるだろう。私はよい兵に恵まれて幸せだ」

「陛下……」


溢れ出る涙が止まらない。一度決めたことは曲げないのがカイザーの性格だった。

兵をつけるのは叶わない望みだろうと大臣は確信した。

今は彼の帰還を祈ることしかできない。

白馬に乗って駆ける皇帝を大臣は最敬礼で見送るのだった。

それからカイザーは凄まじい速度でドラゴンの住処である古城の廃墟に到着し、白馬を降りると獅子のような大声で告げた。


「漆黒のドラゴン。出てくるがいい。カイザー=ブレッドが少女を連れ戻しにきた」


声に応じて現れたドラゴンは城の半分ほどの大きさだった。漆黒の巨躯と黄色い瞳、黒い舌をチロチロと出して口からこぼれる涎は周囲の城壁を溶かしている。ドラゴンはカイザーの姿を認めると目を細め荒々しい声で言った。


「娘は将来わしが妻にすると決めたのだ。誰にも渡さぬ」

「彼女は若く未来がある。彼女の人生を貴様の思い通りにはさせん」

「口だけは達者なようだが、わしと戦えば嫌でも絶望することになる」


息を吸い込み黄緑色の炎を吐くがカイザーは盾で防いだ。真っ赤な盾は先代皇帝も使用したこともあるファイアーシールドだ。

腰の鞘から大剣を引き抜き太陽光に照らす。

並の男では持ち上げることもできない剣をカイザーは巨体故に普通の剣のように軽々と扱うことができた。吹き荒れる炎を容易く両断し距離を詰めていく。

跳躍しひと振りで太いドラゴンの両腕を切り落とし怯んだ隙に背中から駆け上がって脳天に深々と刺した。剣から特大の炎が放たれドラゴンを焼き尽くす。


「邪悪なるドラゴンよ。私の炎の剣で滅され来世に生まれ変わるがいい!」

「ギャアアアアアアアアアア……」


断末魔を上げて崩れ落ちて消滅したドラゴンを見届けたカイザーは額の汗を拭って息を整える。敵は倒したが、まだ仕事は残っている。

廃墟を捜索した末に金の巨大な鳥かごに囚われの身になっているアリスを発見し、救出した。お姫様抱っこをして安心させるように笑って言った。


「帰ろう」


こうしてカイザーは帰還し大勢の国民から祝福と喝采を受け、再び子供のためにパンを作る日々が戻ってきたのだった。


おしまい。

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