アニスの為のひつまぶし2

 霧島はうなぎを取り出すと、木製のまな板の上へ乗せた。うなぎに目打ちを打つと、まな板へ固定させる。

 えらより、少し後ろのところの皮にぐるりと切り込みを入れ、さらに一カ所、縦の切り込みを入れた。

「さてと」

 霧島は一連の作業を終えると塩を取る。指先に塩をつけ、先ほどうなぎに切り込みを入れたところをつまんで、一気に引っ張るようにして皮を剥いた。

 包丁を頭に当て、頭を切り下ろし、腹を割いて内蔵を取り出し、中骨を取った後にひれをはさみで切った。

 そのうなぎをよく水洗いし、水気を拭き取ると5㎝幅の筒切りにする。

「この後は……」

 霧島は手を冷水で洗うと、次は米の準備をする。米を一人分救うと、土鍋へ入れた。

 艶々で綺麗な米だ。一種の宝石のように光る米を霧島はしっかりと研ぐと、なんども冷水で洗い流し、最高のモチベーションへと持っていく。

 しっかり研ぎ終わった米に水を注ぎ、竈の上へと乗せた。竈を温める為に火を点けると、赤い火が点ったのが見える。

 米を炊く準備はこれできた。上蓋の為に土鍋に蓋を被せると、霧島は次の作業へと移った。厨房にある台から鍋を取り出し、鍋の中へみりんをいれると竈へと乗せ温める。

 徐々に熱を持っていくみりん。そのみりんから気泡が溢れ、内包するアルコールを飛ばしていく。

 みりんの芳醇な香りが溢れ、アニスはくんくんと香りを鼻で追う。

 そんなアニスを見てにっこりと霧島は微笑むと、みりんの入った鍋へ味噌と濃い口と試食で判断した醤油と、たまり醤油と似た味の醤油を鍋の中へ入れて煮詰め始めた。

 味噌の風靡な香りと、醤油の芳ばしくもあり、引きつけるような風光明媚な香りが厨房より溢れる。

 ぐつぐつという腹を空かせる香りと音を立てながら、しっかりと煮詰められるタレ。その隣では土鍋から米がゆっくりと炊かれている様が見て取れた。

 白磁のカーテンのように湯気から内包される米の甘い香り。蓋を底から上げるようにぐつぐつと煮える様は爽快感がある。

 良く煮立ったタレから食欲がそそらる香りが溢れてきたところで、霧島はタレを温める火を消した。

 タレが出来た事を確認すると、わさび、海苔を取ってくる。わさびを下ろしでおろすと、ツーンと鼻に来るような優麗な香りを浮かばせ、その緑の主は小皿の上へと滑っていく。

 海苔を細かく刻み、別皿へ置くと、ふわりと浮き上がるような黒の絨毯を彷彿とさせた。

 霧島はさきほど切ったうなぎにタレを適量に塗り、そのうなぎをアルミ皿の上へ乗せた。

アルミ皿をオーブンの中へ入れてから霧島はオーブンに火を点け、加熱をし始める。

 赤い火を放ちオーブンが徐々に温まり始める。良く温まった辺りだろうか、オーブンの中へ入れたうなぎが、ぱちっという音を立てて焼かれる音がする。

 うなぎが焼かれるときの甘く洗練された香りが漂い、その香りを嗅いだアニスはごくりと喉を鳴らした。

 タレの甘く、優雅で清麗さのある香りが厨房へ流れ、霧島はその香りをかぐと満足げな表情を浮かべた。

 それはまさしくふくよかでありながら、爽やかで透き通った旬な香り。

「……おいしそう……」

 早く食べたい。元より空腹のアニスはこの香りに抗う事が出来なくなってきていた。特に幼いころに長老方が良く焼いてくれたうなぎを思い出してしまう。

 小さな頃は、このうなぎが楽しみで仕方がなかったなとアニスは思う。小さな自分を可愛がり、先に熱々のうなぎを食べさせてくれた長老達。

 自分が情報局員を目指し、王都に上京しようとした時に、みんな泣いて心配してくれたっけと思い出す。

「そういえば、みんなに手紙を書かないとな……」

 王都へ来て、長らく手紙を出していない事を思い出した。みんな元気にしてるかなと自然豊かだった村を思い出す。

 王都は建物が優雅であるが、村のように大自然を感じさせられる事はない。草原で、両手両足を広げ大きく深呼吸をして眠りたい事もある。

 別にホームシックという訳でもないが、望郷を懐かしむ事もある。

 うなぎだけで、こんなにも昔の事を思い出させるのだなと、料理に対して深い感情を抱く。旨く感じさせる料理という物は偉大なのだなと。

 昔を思い出しているアニスを霧島はちらりと見た後に、霧島はオーブンで焼けたうなぎを取り出した。

 タレが飴のようにねっとりとした感じになり、醤油をベースとした茶褐色の色がうなぎの白色を彩る。

 香ばしく、そして焼けたうなぎとタレの香りが溢れる。やや甘く感じるその香りと湯気を上げてふっくらとした感じで焼き上がったうなぎを見て、霧島は満足げな表情を浮かべた。

そんなうなぎに合わせるように炊きあがりそうになっている米に目を向けた。

「そろそろかな」

 ことことという音を立て、上蓋を動かしながら白磁の蒸気を上げる土鍋の米。霧島は上蓋を持ち上げ、中の米を確認する。

 米が土鍋の中でびっしりと隙間なく広がり、白の絨毯を彷彿とさせる。天頂を目指す白米から甘く、そして深い香りを内包する湯気が溢れ、優麗さを感じさせる。

 木べらを取り出し、霧島はしっかりと土鍋の白米を混ぜるようにして解すと、結構大きな茶碗を取り出した。

「よいしょっと」

 茶碗の中へ炊きあがったばかりのご飯を半皿分器へと盛った。蒸気を上げる米の上へタレの余りをかけると、味噌と絡まった醤油だれが艶やかに光る。

 その上へ半量のうなぎを乗せると、その上へご飯を再度半量盛った。更にその上へ残ったタレとうなぎを乗せ、全体をざっくりと混ぜ合わせた。

 ふんわかとした湯気をあげ、茶色のタレとうなぎが華麗と言える様子で混ぜ上がっていく。

「これに大切な物を付け合わせないとな」

 霧島はそう言うと、樽の中で漬け込んであるキュウリと白菜、そしてニンジンの塩漬けを取ると冷水でざっと洗い、小皿へと乗せた。

「うなぎのひつまぶし風定食の完成かな」

 霧島はそう言いながら、うなぎのひつまぶしへ僅かなワサビと海苔を置くとトレイへ乗せる。更に料理の乗ったトレイにお冷やを乗せ、カウンターへ座るアニスへと渡した。

「おまちどうさまでした」

「い、いえ」

 霧島から料理を受け取るとアニスはじっと、ひつまぶしを見ながら深呼吸する。

「なんたる研ぎ荒まれた香り。それなのにふくよかさを感じる……ああ、なんていい香りなの」

 霧島はカウンター越しから深くお礼をするとアニスへこう言った。

「うなぎのひつまぶし風と四季の野菜のお漬け物です」

「うなぎ?」

「あ、いや……ブラックゼリーフィッシュのひつまぶしです……」

 なんかネーミングが格好悪いなと思い霧島は額に汗を掻きそうになる。

 そんな霧島の目をじっと見た後にアニスはひつまぶしへ再度視線を落とした。洗練されたタレの香りに混じり、米の甘く流麗な香りが溢れる料理。そんなひつまぶしの上にはうなぎがふんだんに乗っており、上に乗せられた海苔がゆらゆらと湯気で揺れている。

「白くない」

「あー、白焼きの方がお好みでしたか?」

 と霧島は言ったが、このルイーダには白焼き以外存在する訳もない。醤油や味噌、みりんなどで味付けするのは日本文化のみと言っても過言ではないだろう。

 そう言えばここは世界が違うんだった、というワードを忘れる事が多い霧島。料理はこんな感じであるというイメージがあるために、ごく稀にそうした錯覚を覚えさせる事がある。長い間地球で料理人していた名残なのかもしれない。

「い、いえー、初めてみたなと。ルイーダが広いといえど、こんな風に調理をする人は店主さん以外いなんじゃないかと。ごくり……」

 喋っている時間がもったいない。少しでも冷ましたくなくて、ごくりと喉を鳴らすアニス。アニスの説明を聴いて、霧島はそう言えばそうかもと世界が違うことに今気がついた。

「店主さん」

「はい」

「食べます!」

 フォークとスプーンを手に取り構えるアニスを見て霧島はふんわかとした微笑みを浮かべた。

 アニスはフォークとスプーンで米とうなぎを取り分ける。蒸気を上げているのは米だけかと思えば、うなぎも米の余熱のせいなのかふっくらとした身から湯気を上げているのが確認できた。

 米とうなぎにタレが絶妙に絡みつき、その香りだけでダウンしそうになるアニス。でも食べてもいないのにダウンする訳にもいかない。

 アニスはまずタレと良く絡んでいる米へと手を付ける。スプーンで掬った米を口の中へ入れると

「はふ、ふうー」

 と、米が持つ熱に悪戦苦闘する事になる。でも冷ましたくないという気持ちが先走り顔を歪ませながら米を咀嚼する。

「はふー、ふう、お、おいしい……米に甘辛いタレが絡み合ってなんともいえない」

 炒られた味噌と醤油、そしてみりんのなんとも言えない味と香りが口の中を包み込むように広がる。

 ご飯の上に乗った海苔が、その味を広げるように磯の香りをふんだんに含ませる。おいしくて泣けてくるが、でもうなぎだけだとどうなんだろうとアニスは思い、うなぎへと目線を移すと豪快にフォークとスプーンで掬い取り食べた。

「ほふ、ふう……こ、これは……う、うまいなんてものじゃない! ああ、生きてて幸せ……」

 タレがうなぎと神秘的な出会いを果たす。うなぎの持つ深くコクのある甘みと、さっぱりとした舌触りがアニスの口内へと広がる。

 僅かに付いていたワサビが、その味を尚のこと高め、天界に住まう神魚へと昇華している。

 皮は剥いてあるが、それでも皮のなごりか皮の部分がこんがりと香ばしい味がして、アニスは身をよじった。

「う、う――ん、た、たまらないぃぃ――!」

 身の味と皮のこんがりした味が渾然一体になり、その味を更に高める。では米と合わせるとどうなるのか? という興味をアニスは持ち、うなぎと米、そして海苔をナイフとフォークで絡めて食べる。

「ああ、あう……」

 勢いよくかきこむと、その余りの美味しさに声さえでない。米の舌触りのよい甘みと薫り高い香りと味。それがうなぎのさっぱりとしたようで、その反面に持つ濃厚な味が米を包み込む。そんなうなぎの味にストッパーをかけるように、タレが深く絡み合い一体となるような調和を醸し出した。

「……」

 ごくりと熱々のひつまぶしを飲み込んだ後に、アニスは四季折々の漬け物を口の中へ入れた。

 さくさくと言う小気味のいい音がアニスの口から聞こえる。

「うーん! うなぎと米の強烈な味を、このさっぱりとしたサラダが洗い流すような新鮮さを覚える」

 どんぶり物には漬け物だろうと霧島は思っている。そこが評価された事が嬉しくて霧島は後片付けをしながら鼻歌を歌った。

「……」

 もうなりふり構っていられない。アニスは子供のようにうなぎのひつまぶしにがっつくと朦朧とした頭にこんなイメージが浮かんだ。

 うなぎ侯爵を追いかけている自分。どうやら彼は取材嫌いなようだ。そんな彼は自分にこう言う。

「おいしいお米と、タレがあれば取材に答えてやらんわけではない。いやワサビと海苔もだな」

 なかなか難しい質問だが、用意をしたら、

「おほう……米にくるまりたい」

 と、うなぎがいい蒸気を放つ米に潜り込む。そんな上には海苔の布団とわさびの枕。

 そんなうなぎの周りにはタレの川が流れており、いつでも自分の身を清める準備はできているようだ。

 うなぎのまったりした表情を見てアニスは質問を始めるのだった。

 という妄想を朦朧とした頭に浮かばせながらアニスは、料理を無言で食べ、完食するのであった。


 ――――


「ごく……ぷああ」

 冷水を飲み干したアニスはフォークとスプーンを置き深く頭を下げた。

「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」

 アニスの言葉に霧島は、深く頭を下げそう返事を返した。食べ終わった後も、この世の料理とは大きく隔たったこの料理に賞賛を送りたい程だ。

「本当においしかったです」

「そう言って頂ける事が、私にとってはなにより嬉しい事です。本当にありがとうございます」

「と、とんでもない」

 霧島が深く頭を下げたのを見て、アニスは両手を前にやりぶんぶんと振った。二人が会話をしている最中だっただろうか。ルクソワールとモモ、そしてフランカが出勤してくる。

「あれ、鍵開いている」

「おねえ……閉め忘れたとかじゃないよね」

「絶対にそれはないよ」

「あ、師匠がいますよ」

 モモの言葉で何故鍵が開いているのかが解ったルクソワールはむくりとフランカに対してむくれた。

「だから言ったでしょう。お姉ちゃんはそんなミスはしないの」

「ごめんなさい」

 疑った言葉を言ってしまった事にフランカは素直にぺこりと頭を下げて謝る。そんな彼女たちの後ろにはルーベンスとシェフィールドが立っている。

「久しくここの料理が食べたくなってね。なあシェフィールド君」

「そうですね。肉が食べたいです」

 世界の豪商ルーベンスミケロマと剣聖三傑のシェフィールドがその後ろに立っていた。

「丁度ルーベンスとシェフィールドさんはオフだそうで、料理を食べてゆっくりしようかと思っていたそうです」

 と二人の代わりにルクソワールは説明をすると、二人に向かって霧島は深く頭を下げた。

「どんな関係なんですか?」

 交友がある事は解っているが、アニスはそれでも訊いてみた。霧島は二人についてどんなイメージを持っているのだろうかと。 

霧島は二人の顔を見た後にきっぱりとこう言い切った。

「かけがえのない恩人です。そして友人でもあります」

「そうですか」

 その顔には本当に情深い表情が浮かんでおり、その言葉にはお世辞や嘘偽りが混じっている風には全く見えない。

「店主さんは、正直な人ですね」

「え?」

 アニスの感心する声に、霧島はやや間の抜けた声を漏らした。そんなアニスの頭にはこんな囁きが一瞬浮かんだ。

 それは、ここで張っていれば色々な記事を書けるのでは、と。

「いやいやいや」

 そこでアニスはなんども頭を振った。この純粋で曲がりのない店主に対してそんな真似をしたくないとう気持ちが働く。自分を助けてくれ、おいしい料理まで出してくれた店主。

 そんな彼に恩を仇で返す真似だけは絶対にしたくない。

「どうされたのですか?」

「い、いえ。とてもおいしかったです。ごちそうさまでした」

 話を逸らすようにアニスは立ち上がると霧島へ料金を聞いた。

「幾らでしょうか?」

「いえ、営業時間外でしかも試作品の段階なので、そうですね……3メル5エクセつまり原材料費だけでいいです。その代わり次来られた時にはスペシャルな物を」

 このルイーダではうなぎは高級品ではない。霧島にすれば試作品の段階の物で満足して貰ったのだから、原材料費だけで十分だった。

 レストランに不釣り合いなほどに安いので、アニスは身構えた。

「そ、そんな悪いです」

「いやー、料理は試作品の段階だろう? それでもいいと思うけどね。私的には」

 身構えるアニスの会話に入るようにして、シェフィールドはにこやかに笑ってそう言う。そんなシェフィールドに続くようにルーベンスは顎髭に手を置きながら笑う。

「試作品か、じゃあ、その値段は妥当かな。それでキリシマ君がこの料理でいけると思ったんだろう」

「はい。大丈夫と確信しました。これもアニスさんのおかげです」

「そ、そんな私のおかげだなんて。申し訳ないです。ではですね。次は本当にスペシャルな物を頼みますので、是非にです」

「はい。お願います。ははっ」

 ぺこりと頭を下げるアニスを見て朗らかに笑う霧島は。深い礼をし終えるとアニスは踵を返して霧島に背を向けた。そんなアニスを見てルーベンスとシェフィールドは互いの顔を見合わせてこう言うのだった。

「どこかで見た顔ですね」

「うーん。確かに」

 そんな呟きを聴きつつ、アニスは門扉を開け退出すると手をぐっと握り思う。

「ここに対する無粋な記事は書かない。代わりにどれだけおいしいのかという事を書く事にしよう」

 と、アニスは晴れ渡った早朝の空を見て思うのだった。


 ――――


 そうあの時変な魔をさして記事を書かなくてよかったのだ。なんどもあの素敵なレストランに行き、みんなと仲良くなって、自分は自然と情報局の人間と明かす事ができた。

 そんな自分に、特ダネと言わんばかりに情報を提供してくれる人も多くなった。書いて良いのと? と何度も確かめるようにして聴いたが、みんな良いと言う。

 無粋な考えでレストランに行った訳じゃない。そして下心がある訳でもないアニスにだからこそ情報をくれた人も多い。

 そうしている内にアニスは誰よりも多くの情報を仕入れる事になり、こうして情報局長にまでなったのだ。

「本当に些細な事で知り合ったのだけど、邪な考えを持たないときに限ってこうなるんだから。不思議なものだわ」

 そう言いつつアニスは思う。そんな自分に対して不思議な事を巻き起こしたのはラ・ラファエルであり霧島なのだと。

 そう思うと、アニスは一度目を瞑り、ラ・ラファエルの魅力を伝えるための記事作成に戻るのだった。

 


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金色のシェフ 異世界での食の魔術師 番外編及び王都編 霜月華月 @Shimotsuki_kagetsu

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