ファールの為のガスパッチョ2

「凄いな……」

「いらっしゃいませ。お一人様でよろしいでしょうか?」

「あ、はい。おおっ、なんて綺麗なドレスなんだ」

 感激していたファールはにっこりと笑いながら、つい本音を言ったのだが、ルクソワールは若干むっとした表情をする。

 何故なら、なんて綺麗なドレスとお嬢さんなんだ、というお世辞が女性には必要である。なのに、おお、なんて綺麗なドレスなんだと、服ばかり見られてもあまり面白いものではない。

 天才気質のファールならではの、気のきかない台詞であったが、でも決して悪気がある訳じゃない。

「ごほん。お一人様で宜しいでしょうか?」

「え? ああ、おおっ! あの格好はなんだ?」

 メイド姿のフランカを見て、ファールはにんまりと笑いながらそう言ったが、フランカは引きつった笑みを浮かべた。

「あ、あは……」

 珍しい格好を見て、感激しただけのファールだがこれは不審人物に思われても仕方がない。なので、ルクソワールはファールの目線に手を置き、視界を遮ると

「席はカウンターの前でよろしいでしょうか?」

 と、やや冷めた声音で言った。彼女のやや冷めた声にファールは首を傾げつつも、はいと返事を返すのだった。

 カウンターの席へ深く腰を掛け、ファールは霧島の格好を見て目を見開く。

「な、なんだこの白づくめの男は……」

 女性陣の華やかな格好にも驚いたが、でも霧島は頭から下までコック服という出で立ちである。

「て、店主。その格好は趣味なのか?」

「え? い、いえ違いますよ。これはコック服というのです」

「ほ、ほうー。私も変わっているが店主もなかなか変わっているな」

「そ、そうですか……あれ、そう言えば……」

 そこで霧島はファールへ既視感を感じた。どこかで見た青年という事を思い出そうとする。そこで霧島は思い出した。

「あ、ああ、お客様は、あの時の設計書を持たれていた」

「ということは、あの時ぶつかった男性が店主なのか……」

 出勤時と厨房で作業をしている霧島の格好が違いすぎて、誰が誰だかファールには分からなかったぐらいだ。

 あの時、身分が高い男性に見えた理由は、服装である。複数の商会やギルドに話をしにいくのに変な格好ではいけない。なけなしのお金で身分が良く見えるようにスーツを買ったのだ。

 設計書という言葉で、ファールの目の前に現実が見え始める。そうだった、こんなところで優雅に食事を取ろうとしている場合じゃない。

「あ、こんな事をしている場合ではなかった」

 ファールは、そこでなぜか悩める男のように頭を抱えてしまう。そんな彼の行動を見た霧島はやや驚きの声を上げた。

「え?」

「直ぐに、また他の商会へ設計書の話をしにいかないと」

「という事は、やはりなかなかこちらの世界では認められにくい物なんですね。多分」

 なんとなく、ファールが頭を抱えた理由が分かったので、霧島は作業する手を止めて気さくに述べた。

「え? 店主、まさかこの設計書の正体が分かるのか? ま、まさかなー、コックさんが分かるわけがない」

「ところが、これが分かってしまうんですよね。何故か」

「ま、まじか!?」

「はい。これと良く似た技術を知っている物でして」

「ど、どどどど、どこの国の技術者だ」

 これは霧島は失言をしたと思う。この世界では、恐らく彼以外これの設計図を引けるものはいないだろう。だから、それと良く似た物を知っているというのは失言以外他ならない。

「い、いえ、そのー、あのー、ち、地球です……」

「あ、主……大丈夫か、この世界にはそんな国はないぞ……」

 ルクソワールは頭を抱えた。どんどん変な会話に変わっていくのを聴いて、これはそろそろサポートに入らないといけないなと思う。

 勘定台から立ち上がろうとした彼女。だが霧島は若干乾いた笑みを浮かべ、ルクソワールの行動を制した。

 解決できるかどうか分からない。でも、彼の苦悩は決して独力で解決できるものじゃない。だから、自分はその力添えになろうと思う。

 何故なら今の自分があるのは、多くの人に支えられてきたからだ。それがないと今の自分はない。

「そ、そうですね。えーとお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「あ、ファール・ルーランという」

「霧島秋都といいます」

 霧島のフルネームを聴いたルクソワールは目を丸く見開いた。アキト、アキトさんというのかと。そしてどんどんその顔に柔和な笑みを浮かべ始める。

「うふ……アキトさんっていうのか……うふふ」

 嬉しそうにはにかむルクソワールの脇をどんとフランカが小突くと、はー、と大きな溜息を吐く。

「アキトでいいんじゃない?」

「そそそそそ、そんな……アキトさんで」

「私はキリシマの方が呼びやすいかな。今更アキトとか言われても……」

「そそそそ、そうよね……キリシマさんでいいよね」

 本心からして見ればアキトさん、と呼びたいところだが確かに今更感、いや恥ずかしい気持ちが心の奥底からこみ上げてくる。

 そんな姉妹の様子を、モモは厨房から見るとにっこりと微笑む。姉妹っていいなとモモは思う。

「少し、このお話、この霧島秋都の任せてはもらえませんか?」

「どういう事だ?」

「ひょっとすると頼りになる人が五名いるんです」

  剣聖三傑の一人シェフィルードと、大手鍛冶商会のルーベンス。そして困った事があったら言ってくれと言った画伯のオルゼ、そして今では優しくいつでも頼りにしてくれと言ってくる神父様のオルエス。更にそういう世界に詳しい行商人のフルル。

 更にルーベンスはもっと自分の他に頼りになる人がいるかもしれないぞと言っていたのを思い出した。そうそれは霧島がその正体を知らない第三王女のエマである。

「どうでしょうか?」

「うううむ……いや、キリシマ君を疑っている訳じゃないんだ。こんな偉大な設計書を見せて君までおかしくなったと思われたらと思うと」

「いえ、それはないです。そして、きっとファールさんもそういう風に思われません」

「そ、そうなのか」

「はい。では今日は、お話はここまでにして料理をお楽しみください。丁度お昼ですからね。考え事をしていては、折角の料理も味が分からずに終わったという事になりかねませんので」

「そ、そうだな」

「その前に、モモ君、ちょっと用事を頼めるかな? ルミリアさんへ、もし今日どこかでお時間があるのならば来て頂きたいと伝えてくれると助かります」

「了解しました! では不肖このモモが言づてを承りました」

 霧島の言葉に、モモは冷水で手を洗うと出かける準備をし始める。厨房から出て行くモモの背中を見て、霧島はこれは忙しくなるぞと思うと料理をするために行動を開始するのだった。

 今日は少し変わった料理にしようと思っていた霧島は、野菜を最大限に生かすあの料理の準備を既にしてあった。

 それは、スペイン料理のアンダルシア風ガスパッチョだ。この料理は即興でできる物ではない。

 最初に赤くルビー色に光る、艶やかなトマトを湯むきし、そのあとぎんぎんに冷やした冷水に入れ皮を剥く。その後、種を取り除いてざく切りにしないといけない。

 その後の下処理が大変だ。ボールの中へワインヴィネガーを浸し、オリーブオイル、パン、切ったにんにく、パプリカ、そしてタマネギ、草原を思い出させるピーマンと、情熱の赤を思い出させる赤ピーマン。そして酸っぱくもあり、それでありながら爽やかで後味がさっぱりであるレモン汁をふんだんに入れる。

 それをよく混ぜ、一晩付けた物が、今霧島の目の前にあるボールの中身だ。さてここからが問題だ。昔のスペインの女性は、これが大変だったらしい。

 その大変な事とは、一晩つけたワインヴィネガーの具材をすりつぶすという事だ。昔のスペインの女性は、このガスパッチョが出ると、夏場の健康食として、飛び上がって喜んだらしい。

 モンテロという石臼で気長にすり潰したらしいので、霧島は風の魔法鉱石を利用し、臼で具材をすり潰し始めた。

 ゴリゴリ、というなんとも威厳のある音が鳴り響き、具材をすり潰していく。臼の中で丁寧にすりつぶすと、臼の隙間から潤沢な汁が流れてくる。

 赤のルビーのトマトを主体とし、その汁からニンニクの薫り高い香り、レモン汁の爽快な香りが混じり、そんな包み込むようなふくよかな香りのエキスに混じって、細かくすり潰された青々しいキュウリ、白色のタマネギの繊維と赤、緑のピーマンがすりつぶされ、優美な色を放つ。

 汁の中に付けられていたパンの相乗効果なのか、普通はさらっとしたドレッシングが、僅かに濁りととろみをまして臼から出てくる。

「さてと、後は臼に任せてと……」

 霧島は潤沢に溢れてくるヴィネガー混じりの果実を満足げに見ると、次はガスパッチョに付け合わせる具材を切っていく。

 霧島は素早く鍋の中へ水を張ると、竈へかけた。竈に火をつけ水を沸騰させると、卵を取り出しゆで卵にするために湯煎した。

 ふつふつという、気泡を放ち、湯気を上げながらお湯の中で優雅に泳ぐ卵。その卵を煮ている間に、霧島は一度厨房から離れ、野菜置き場に行く。

 ガスパッチョと言えば付け合わせの野菜だろう。霧島が取ってきた野菜は、赤と緑のピーマン。そしてキュウリ、タマネギである。

 更にパン置き場からパンをまたしても取ってくると、全ての具材をまな板の上へ乗せる。まず霧島はタマネギの皮を剥くと、冷水で洗い、細かく刻んでいく。

 タマネギを細かく刻む事により、酸気のある深い香りが厨房へ流れた。さくさくという小気味のいい音がまな板の上で鳴り響き、尚々食欲がそそる。

 薄く切る事によって、シルク布を想像させるには十分な出来だ。更に、キュウリも素早く冷水で洗うと、細かく切り始めていく。

 トントンというテンポのよい音がファールの耳に聞こえてくる。

「な、なんという良い香りなのだ。大草原を感じさせつつ。その割には力がみなぎるほどのパワーのある香りだ」

「ははっ……」

 立ち上がり、何故かガッツポーズを取り始めて力説を始めるファール。霧島はファールに目をやると小恥ずかしそうにはにかむ。

 霧島はファールから視線を外すと、キュウリを切る続きを始める。包丁を入れる事によって、皮が一瞬の抵抗を見せるが、中にぐっと滑らせると、身が包丁を包み込むように吸い込み始めた。

 じゅわりという音を立ててもおかしくない程に、キュウリの水気が切れ口から溢れる。キュウリを素早く切り終えると、霧島は赤と緑のピーマンを切る。包丁を入れる事によって、キュウリより弾力のある皮が抵抗するが、包丁が入る事によって、香ばしいような芳しい香りを放つ。

 ピーマンを素早く細かく切ると、ゆで卵をゆでる火を止めた。鍋を持ち上げ、ざるの中へお湯を流し、ゆで卵を取り出す準備をする。

 お湯を捨てた鍋に冷水を注ぐと、その中へゆで卵を入れ、素早く皮をむき始める。皮を剥くことによって。ぷるんと赤ちゃんを想像させる弾力が手を包み込み、霧島はなんとなく微笑んでしまう。

 皮を剥くと、霧島は素早くゆで卵に包丁を入れる。一瞬の抵抗も見せないゆで卵。それどころか、包丁を受け入れるようだった。

 身が綺麗に解け、中から綺麗な黄色の花が咲いた。中身が黄色の花なら、周りは白百合。そんな湯気を放つ卵を細かく刻むと、ややクリーミーな香りがする。

 全て切り終えると、霧島はパンを細かく5㎝感覚で刻み、銀皿を取り出し、切った全ての具材を移した。

 旬の野菜と、自家製のパンで彩られた具材。そして臼で引いているエキスと合うパンをチョイスし白磁の皿に上へ乗せた。

 そして臼ですり潰している果実を銀製の容器に移すと、スプーンとナイフを取り出し、全てトレイへと乗せていく。

 お冷やとコップを用意してから、霧島は自分の手でファールの前へ運んだ。ファールはじっとその料理を見ると、ごくりと唾液を嚥下する。

 その見栄えのよさに、一瞬ファールの心へ不安がよぎった。

(そそそそ、そう言えば、私はそんなに、お金が無い……ここ、すんごい高そうだけど、ど、どうしよう。まさか払えないとか……)

 今になって自分の財布が寂しい事に気が付いたファール。この料理が8メル3エクセという事を知らないファールは怯えた。

「あ、あのー、その私は今思ったのだが」

「はい?」

「私は、そんなにお金を持っておらず、ここに立ち寄ってしまった。この場合はどうすればよいだろうか?」

「あ、はい、ツケでいいですよ」

「ま、まじで。いやー20メルしかもってなかったから、高額な料金は払えないからさ。なにを思って入ったんだろうか、お金も大してないのに……」

 最後の弱々しい言葉を聴いて、霧島はにっこりと微笑みながらこう言った。

「この料理は8メル3エクセです」

 地球で言えば、約八百五十円な訳だ。そんな料金を聴いてファールは驚いた。

「は、払えるじゃないか。な、なんて低料金なレストランなんだ」

「どちらかと言えば、みんなに楽しんで貰えるレストランにしたかったものでして」

「そ、そうなのか……いやー、店主の懐の広さに感動したよ。だってさ、この王都、どこのレストランに行っても、高いんだよ。おちおちいけやしない」

「技術関係もそうですが、みんなにこんな凄い物をこんな感じでというコンセプトがあるじゃないですか」

「ああ、それはあるな店主」

「それと同じです。そして、この料理の主役と言えるトマトですが、ある国では観葉植物でした。そう見るための植物だったんです。それがどういう訳か、料理をされるようになったんです」

 コロンブスが新大陸大発見の折に押し寄せたスペイン人の手によってヨーロッパに渡ったトマトの原種であるファースト。それは暫く観賞用として用いられたが、食用として盛んになったのは18世紀になってからだ。

 更にこのトマトは17世紀日本にも伝来したが、やはり観賞用として扱われ、食用になったのは、明治の後期になってからだ。

「つまり、最初は相手にもされない物が、こうして大変おいしい食べ物として、庶民に受け継がれるようになったんです。どうでしょうか? 技術の発見と似てませんか?」

「なるほど、最初はやはり見られているだけなんだな」

「そうです、最初は食材であろうと、技術であろうとそんな物だと思います。この世に紆余曲折してない物はないと思います」

「……なんか、それを聴いていると元気が出てきて、よし! 食べるぞという気になってきたな。ははっ」

「その方が食材も喜ぶかと」

 霧島の顔を見て、ファールは力強く頷くとスプーンとナイフを持った。じっと見るとトマトが主体のドレッシングなのに、ややオレンジがかった色をしている。

「おおっ……なんと綺麗なオレンジなんだ。そしてこの爽やかでありながら、コシのあるコクのある香り。野菜が主体で彩られているのは分かるが、しかしこのパンチのある香りはなんだ」

 スプーンをドレッシングで掬い、口の中へ入れた。口に入れた瞬間、ファールの体がびくりと跳ねた。

 すっと口の中へ広がるワインヴィネガーの味。そこへニンニクのコクのある味とタマネギのやや酸味のある清廉な香りが広がる。

 そして口の中にレモンの爽やかなフレーバーな香りがすっと広がった。そこへキュウリとピーマンの緑黄色野菜の風味が溢れるように出てくる。

「もぐもぐ……ずっ……う、旨いなんてもんじゃないよこれは。本当にこれは野菜が主体の料理なのか!?」

 勿論それだけではコクのある味が出るわけもない。オリーブオイルなどが味に深みを持たせているのだ。

 更にそこへとろみのましたパンのくずが絡み合い、この世の物の味を超えている気がした。

 そして、震える手でファールは、フォークとスプーンででサラダ上になった具材をよそうと、ドレッシングに豪快につけて食べる。

 サクサクというなんともいない歯ごたえがする。少し堅めに感じるパンも軽快なほど歯ごたえがいい。

 タマネギのスライスの味が脳髄を刺激しそうになるのを、キュウリの爽やかさがそれを止めるストッパーになる。

 更に卵のまろやかな味が口の中へ広がり、そのまろやかさがピーマン類の渋い味を更に引き立たせる。

 それがドレッシングに絡み合う事で、この世界の料理を超越している事に感激しながら、ファールは身を捩った。

「ううう、うおおおお、うまい――! な、なんたる味だ!」

 このドレッシングにこのパンを染み込ませたらどんな味になるのだとファールは思うと、パンを手に取り豪快にドレッシングへつけ口の中へ放り込んだ。

「うおおおおお、こ、これはやばいぃ! もぐもぐ、ほ、ほう、はふ」

 もう声にならない。この組み合わせは意識が飛んでしまう程だ。ファールの脳裏にこんな光景がよぎる。

「君、その図面を取ってくれ」

「はい」

 うやうやしく頭を下げるパンの助手。オレンジの四季折々の野菜汁のインクでパンの助手が図面を引いていく。

 引かれていく図面は、にんにく、タマネギ、ピーマン、そしてキュウリだ。パンの顔をした助手はその顔に満面の笑みを浮かべながらこう言うのだ。

「絶対にこのプロジェクトを成功させましょうね」

 と、そんな妄想を頭の中で抱きながら、その後ファールは声を発することもなく、子供の様に食べ進め、あっという間に完食をするのであった。


 ――――


「う、うんまかった……ごちそうさま」

「ありがとうございます!」

 至福の時を味わったファールは、深く霧島へ頭を下げた。そのファールの行動が嬉しくて、霧島は柔和な笑みを浮かべながら、逆に深く頭を下げた。

 それから暫く霧島とファールは談笑を楽しんだ辺りだろうか、モモがルミリアを連れて戻ってきた。

 ルミリアは深く霧島へ一礼すると、ファールと霧島の元へと歩んでくる。

「おおっ、なんて綺麗な人なんだ、あなたは」

「ぷっ……」

 あまりに直球的な言葉に、流石の霧島も吹き出してしまう。この人はあまり言葉を隠さない人なんだなと思う。ルミリアにそう言って、自分に言ってくれなかった事にルクソワールは少しむくりと頬を膨らませたが、でも、正直な人なんだなと霧島と同じ事を感じた。

「は、はあ、どういたしまして。ところでキリシマさん、ご用とはなんでしょうか?」

「あー、すみませんが、ルーベンスさんの空いている時間は分かりませんかね」

「はい。えーと3日後の午後は少し時間が空いているとは言っておられました」

「そうですか。では非常に心苦しいのですが、明日の午後に是非こちらに来ていただけないかと思いまして」

「左様でございますか」

「はい。紹介したい人と、是非紹介したい技術情報がありまして」

「左様でございますか。キリシマさんですので、なにか考えがあるのでしょうね。分かりました主に伝えておきます」

「すみません」

 そういうやりとりをした後に、ちょっとこの後、用がありますのでと言ってルミリアは要件だけを聴いて戻って行く。

「ル・ルーベンス・ミケロマ様の事を言っているのか店主は」

「あ、はい。私はルーベンスさんに本当にお世話になって、この店を持つことができたんです」

 意外な組み合わせだと思った。料理人と武器商人とどんな接点があったのか知れないが、でもこの料理人は凄い奴なんだと言う事が分かった。

 そんな風にやりとりした後日。ルーベンスが一度話を聴いて、これは凄いなという事になり、ルーベンス方面や霧島の頼りになる仲間などがファールを混ぜて話し込んでいた。

「つまり。バネとゼンマイの動きによって一日という時間を明確に数えられる訳です。この三本の大小違う針で」

 ファールの説明にルーベンスは顎に手を置きながら言った。

「私は、この案に乗ろうと思っている。知り合いのギルドにも話を通してある。皆様方はどうされますかな」

 ルーベンスの言葉にフルルは頷いた。フルルは行商人と言えど、かなりの人脈を持っている。かなりの利き腕の職人も知っている事が多い。

「俺はこの案に乗りますわ。行商人の世界で秒だっけ? 時間だかを数えられるのはありがたいですから」

「いや、画家の私から言わせてもらうと。正直感ではなく、時間を計測できるのはありがたい。絵の具などの乾き具合などをカウントしやすくなる」

 フルルとオルゼに続いて、オルエスとシェフィールドが言葉を続けた。

「この話が実現すると、子供に受けさせている学問の時間やご飯の時間や、神父なんかの行事進行も楽になりますね」

「それはこちらも同じ話になる。沿岸警備の交代時間や、訓練時間なんかも管理できる」

 そうオルエスとシェフィールドが言ったのを聴いて、ルーベンスが王女様達とやりとりした事を思い出した。

 それはこんな様子であった。

「という若者がおりまして、この設計書によると一日を秒と時間という物でカウントできるらしいのです」

「ほうー。それが実現できると、素晴らしい事この上ないの」

「しかしじゃエマ。それが実現できる物という確証はない」

「しかし、若い者の情熱にかける、そして技術を衰退させない、便利になるという三項目には目を付けるべき事と申しておきまする」

「ふむ……試作品じゃったかな? ルーベンス」

 袖のフリルを揺らしながら右手を挙げた王女様。そして設計書を手に取ると

「この機械仕掛けを、もし成功させる事ができたら、大型のそのなんじゃったかの……」

「ある者が言ったのが時計という単語でした」

 ある者とは霧島の事である。時計という単語はこの世界にはない。時間を計測するという意味で時計と霧島は地球での固有名詞を付けた訳だ。

「その時計を鐘楼台へ建設を行う事を許可してもよいと余は思うておる。まだ役人や議員と話をしていない勝手な段階の話じゃがの」

 効くに、小型も大型も技術的な齟齬はない。しかし素人判断は良くないので、ルーベンス達、玄人の力で見極めるべきだと王女様は思った。

 王女様の話を聴き、エマはピンクのドレスを翻しながら深く椅子に腰を掛け、観音開きの窓から溢れる遮光を眺めながら言った。

「この若者を生かすのは、余達ではなく、主ら技術者である。そうでありましょう姉上」

「そうであるな。お前達の技術を結集するがよい。国から資金も出すように計らっておく」

「ありがとうございます」

「ルーベンスよ」

 王女様はエマに釣られるように遮光を眺めながらこう言った。

「お前達の技術も若い者に受け継がせていかんとのう。後生へ後生へそうやって技術という物が受け継がれてきた訳じゃしな」

「左様でございます。私もそうして技術を受け継ぎ、昇華をするために研鑽して参りました。なにか、私の若い自分を思い出しますな。そう思うと」

「若い頃を思い出し、今後も余達の相談相手になって欲しいと思うのう。政治問わず、私事でもじゃ」

「お聞きできる範囲、そして答えられる範囲であればいつでも」

 ルーベンスの言葉にエマは微笑み、王女様はうむと目を静かに閉じるのだった。


 ――――


 しかし、この時計が完成するのはもう少し後の話になる。何故なら

 技術ギルド開発事務次官ファリス・メルクがある注文を付けたからである。

 それは、その技術が本当に確かな事か、その真偽を直に確かめたいと言ったからだ。だが、彼はルーベンスから去るときにこう言ったのは確かだ。

「場所は、ラ・ラファエルで行う物とする。食事をしながら私は聴こうと思う。問題はないなルーベンスよ」

 その言葉を聴いた時にルーベンスは口をあんぐりと開ける事になる。

 それは……

 ファリス様、あなたは公に霧島の店に来れないので、そういう話をこじつけて単に食べたいだけではないのかと。

 図星なのだが、そう言っても違うというだろう。なので、ルーベンスは大きな溜息を共に畏まりましたと深く一礼するのだった。


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