ご機嫌ナナメにプレゼント!

渡貫とゐち

第1話


 とある弟くんのリスク回避術――それは、やらかしてしまったことはもう覆らないのだから、バレる前にプレゼントを渡してご機嫌を取ってしまえばいい――


 まだ小さな彼は、経験の少ない人生でその答えに辿り着いた。

 まだまだ浅いながらも濃い経験をしているのかもしれない。


「ねえちゃんっ、はいこれ、プレゼント!」

「え、花束……? どうしたの? なんなの、これ……?」

「日頃のかんしゃだよ」


 黒いランドセルがぱんぱんに膨らんでいることに違和感を覚えた姉だったが、その時は指摘しなかった。まさか、中にぱんぱんに花束が詰まっているとは思っていなかったのだ。


 まず、真っ先に排除した可能性だ。そもそも選択肢にすらなかった。弟が、花束なんて色気づいた選択肢を持つとは思えなかったからだ。


 日頃の感謝を込めて、花束である。

 色とりどりの花が差さっている。花屋さんで用意したものではなく、学校に植えられていたのを取ってきたのだろう、花束にしては野生の匂いがし過ぎると思ったのだ。


 姉は、弟の好意を素直に受け取っておくことにした。感謝の気持ちを込めて花束を贈るのは、母の日で学んだだけだろうし。

 とは言え、弟らしくない、と言えばその通りだった。


「へー、ありがとね。……ところで、あんた、なにをやらかしたわけ?」

「ぎくぅ!? ……な、なんのこと、ねえちゃん?」


「いや、分かるから。こうも露骨にご機嫌を取られたら疑うでしょ。バカね……でもまあ、乱雑でも、花束をくれたのは嬉しかったから、許してあげるわ……それで? なにをしでかしたのかな? 別に、冷蔵庫のプリンくらい勝手に食べても怒ったりしないわよ」


「ほんと!? ごめん、ねえちゃんっ、間違って食べちゃったっ!」

「ダウト」


 花束を抱えながら、姉は嘘をついた弟の額に、ずびしっ、と人差し指を突き刺した。


「嘘はダメ、正直に言いなさい」

「……ごめんなさい、ねえちゃんのって、知ってたけど食べました……」


「はい、よろしい。素直なあんたに免じて許してあげるわ。そうやって正直に白状すれば許してあげるわよ……私だって悪魔じゃないんだからね」


「え……?」

「おい。悪魔じゃないけど鬼だよね、みたいな顔してんじゃないわよ」


「その通りのことを思ったっ、ごめんねっ、ねえちゃん!」

「素直に謝ればいいってもんじゃねーのよ」


「えぇっ!?」


 さっきと言ってることが違う! と悲鳴を上げるのは、理不尽な姉を持つ弟あるあるだろうか。



 数日後、弟は姉が喜びそうなことを調べ尽くした。パソコンを使っても、当然ながら検索しても出てこなかったので、足で探すことに。


 姉の交友関係を調べ、聞き込みをし(もちろん内密に)、答えを見つけ出した――そう、姉がとある先輩に片想いをしていることが分かったのだ。


 学校でも有名なイケメンの兄ちゃんだった。弟はコンビニでよく会う(これは偶然を装った)イケメン先輩と親しくなり、家へ呼ぶまでの仲になった。

 年齢差があるのによく親しくなれたな、と思われるが、なんてことない、今やアプリゲームが年齢差を埋めてくれる。兄貴ってものは年下に頼られたら兄貴ぶってしまうものなのだ。


 スマホのアプリゲームを一緒にやろう、と約束をし、家へ招いた――その目的はゲームではない。ない、わけではないが、予定通りのことを言えば、姉と先輩を部屋でふたりきりにさせることが本来の目的である。


 弟が画策し、計算通りに実行した、作戦である。


 そして、その作戦は成功したのだが…………しかし。


 憧れのイケメン先輩と距離が近づいたと言うのに、姉はなぜか部屋から逃げ出してきてしまった。まるで転んだようにどたどたと階段を駆け下りてくる姉が、泣きそうな顔で弟に詰め寄る――いつも強気な姉が弱々しくなるなんて……、なにがあったのだろう?


「あ、あんた、ね……今度はなにをしでかした。現在進行形でまさにしでかしてる途中ではあるけど、元を辿ってあげる……ッ。なにを誤魔化そうとしてる!?」


「なな、なんのことかなー……? た、単純に、お兄ちゃんと仲良くなったから、ねえちゃんとも仲良くなってくれたらいいな、って、それだけなんだけどー……」


「そんなわけあるか。そ・ん・な・わ・け・あ・る・かッ! あんたが私のためだけになにかをすることなんてあり得ないのよ! その裏に、別のなにかがあることは明白……なにを隠してるの、なにをやらかした! 言ってみなさいよ、こらっ」


 鬼であり悪魔でもあるような形相に、弟は観念した。


 イケメン先輩と距離が縮まるイベントでも誤魔化せないならもう無理だ。どう言い繕ったところで、この怒りを鎮めることは無理だろう。現状、逸らすこともできそうになかった。


「……怒らない?」

「内容による」


「うぅ……お兄ちゃん、連れてきてあげたのに……」

「それとこれとは別! なの!」


「じゃあ、迷惑だし、お兄ちゃんには帰ってもらって――」


 待たせても悪いし、と先に帰らせようとしたところで、横から、がし、と姉の手が伸びて弟の腕を掴んだ。……強い、痛い。骨がみしみし言ってるんだけど……っ。


「先輩には残ってもらって。余計なことしないでいいから」

「怒らない?」

「怒らない」


 ――本当かよ、と弟なりに疑いながらも、姉の視線にがまんできなくなって白状することにした。


 弟は、「てへっ」と舌を出して、


「ねえちゃんって、『ぶいちゅーばぁ』じゃん? それバレちゃった」


「…………は、?」


「言ったつもりはなかったんだけど、聞かれたみたいでバレちゃったの、ごめんね」


「…………バレたって、どこからどこまで――――」


「なにからなにまで。ねえちゃんが知ってる人はみんな知ってそうかも。今や、全世界の人がねえちゃんのことを知ってる感じになってる、かも……?」


「…………」


 まだ受け入れられていないのか、噴火はしていない。姉は、天井を仰ぎ、ふぅ、と溜息を吐いて――落ち着きを引き戻しつつ、右の手は握り拳に。


 それが、次の瞬間には弟の脳天に落ちていた。


 目にも止まらぬ速度だった。


「いてぇ!?!? お、怒らないはずじゃん!?!?」


「――怒るでしょうが! プレゼントで誤魔化せてないっつーの!! もっといい貢ぎモン持ってこないとこの怒りが鎮まるわけねーでしょーがァ!!」


 ぶいちゅーばぁ――顔バレなんてのは最悪だ。人気急落はもちろんのこと、元が人気であればあるほどに、敵意はバレた顔に降りかかる。

 意図せず全世界に姉の顔がデビューしてしまったのだ……わざとでなかったとは言え、怒らない方が問題がある大事件である。


 しかも顔バレだけでなく、身元までなぜか判明してしまっている。


 とくていはんってすげー。


 すげーしこえー。と、渦中にいながら能天気な弟だった。


 ある意味では、大物である。


 ――顔バレ。こんなの、好きな先輩が家にくるイベントで誤魔化せるか!!


 全世界の人にバレているとなれば、遅ればせながら気づいたが、当然、気になっていた先輩だって、姉のもうひとつの顔のことを知っているわけで……。


 ダメだ、もう、先輩とは顔を合わせられない……!


 ――姉の失敗はふたつ。情報元である弟を徹底して口止めしておかなかったこと……口約束で終わらせず、強固な契約を結んでおくべきだったのだ。

 それを怠ったのは姉だった……弟を全面的に信用しているわけでもなかったのに……。


 そしてふたつめ。姉がやっているぶいちゅーばぁが、やや、いやかなり、人を選ぶコンテンツだということだ。



「あーあ、ねえちゃんが下品な『ぶい』をやるからー」


「うっさい! あんたからバレなければ問題ない話なのよぉ!!」



 視聴に年齢制限を設けるような内容を配信している。


 ……姉の失敗は、バレた時のことを考えていなかったことだ。


 バレなければいい――言葉にしてみれば簡単なことだけれど。


 その簡単なことが、とても難しいことなのだ。




 … おわり

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