EX②この物語の結末について ハロルルート
「僕はハロルさんを裏切れない」
僕の言葉を半ば遮る様な勢いで、ニシキさんは僕の首をサイコキネシスで絞める。
見えない手は恐ろしい速度で首を絞める力が強まり、やがて圧迫で気道を塞ぐどころか首の骨が軋むような嫌な音を上げる。
「殺すと言ったのが聞こえなかったのですか? Dr.前橋。貴方は選択を間違えたのです」
抵抗どころか、声を発する事すら出来ない。脳に酸素が行き渡らず徐々に意識が薄れていく。
もうじき僕は死ぬだろう。それが良い。死んでしまえばもうこれ以上間違いを犯す事も無い。僕を見つけて、最後まで信じてくれたハロルさん。彼女を裏切るくらいならそれこそ死んだ方がマシだ。
自分の首がゴキンッと鈍い音を立てた後に、僕は死んだ。
私が脱走した子供二人を捕獲している間、京一さんは子供部屋に行っていた。
ここ最近は実験の経過観察を通して、京一さんは子供部屋に居る子供達と深く関わっていた。同じ種族の大人と子供なのだ。接していれば愛着が湧いて来るのも無理は無い。
『脱走者二名は確保。残り一名は地上へ脱走。繰り返す。脱走者二名は確保。残り一名は地上へ脱走。脱走予想地点は――』
施設内部で放送がされると、京一さんは子供部屋を出て地上へ向かった。
京一さんは自らの脆さを理解していない。
いや、そもそも今回脱走した人間――もといエータ星適合化に失敗した個体を直接見ていないのだ。
体の一部を我々エータ星人のように変化させた人間は、知性が欠如し見境なく襲う。それは同じ人間相手でも変わらない事だ。現に大人部屋に入り込んだ脱走者によって、人間の大人達は皆殺しにされてしまった。
京一さんを止めるべきだった。彼は代わりの効かない唯一の存在なのだから。
今からでも遅くは無いか。
私は同胞達にBASE復旧の指示を出した後、京一さんの位置を知らせる発信機の信号を追った。
地上は破壊の限りを尽くされた後だった。
建物は悉く破壊され、街の至る所では火災が起き消防が必死に消火と人名救助を行っている。これだけの破壊をこの短時間で行えたのは、脱走した個体が持っていた超能力が原因なのだろうか?
しかし、現在戦闘音のような激しい音は聞こえてこない様子から、既に人間側の武力によって鎮静化、もしくは殺害されてしまったのだろう。
貴重な研究資料という事もあるが、我々の遺伝子情報が含まれた存在を人間側に渡す訳にはいかない。私は研究員達に生死を問わない脱走者確保の指示をした後に京一さんが居る地点へ向かう。
光学迷彩で姿を隠し、飛行して地上を見下ろしながら目的地へ到着すると、そこには戦闘用車両が一台停めてある。どうやらあの中に京一さんが居る。もしくは人間達に監禁されているに違いない。
京一さんの位置情報は小型の端末で常に表示するようにしている。それは位置情報だけではなく心拍数や脈拍も表示されていが、その時の心拍数は急激な上昇を示していた。
人間側も京一さんの価値には気付いているはずだ。殺すような事はしないはず。
しかし、もし感情的になった人間が彼を殺してしまったら。
急激に血の気が引くような悪寒が私を襲う。
地面へ急降下し、勢いのまま戦闘用車両のドアが力任せに破壊し放り捨てる。
ドアが外れたと同時に首の骨が折れ、真っ青な顔を力なくぐったりと傾けた京一さんが倒れるように落ちた。車内には涙を流す女が一人。
目の前の光景が信じられず、一瞬呆然とした後に急いで私は京一さんの遺体を抱き起して状態を確認する。
どれだけの力で首を絞められたのだろう。首の骨が折れ、喉は完全につぶれてしまっている。
心臓も止まって、完全に死んでしまっているが、今ならまだ治せる。
後遺症は残るかもしれないが、まだ助けられる。
「良かった」
京一さんの遺体を抱きかかえて立ち上がる私を車内に居た女は、威圧的な目で睨んでいた。
「ソレをどうするつもりなのですか?」
「私は京一さん蘇生の為に急ぎ戻ります。この女はBASEに持ち帰り裏実験に使用します」
通信で研究者の一人に命ずると、私はその場を離れようとした。
「何一人で喋っているのですか? この私の質問に答えるのです」
「ああ、そうそう。一つお前に言っておく事があります。自殺するなら今のうちですよ」
「何言って……!」
女は一瞬のうちに見えない何かに拘束され、意識を落とされた。
京一さんには口が裂けても言えない裏実験の非検体として、BASEで一年飼うとしよう。
「ああ、無事で良かったです京一さん」
私は京一さんの遺体を抱えたまま、小走りでBASEへと帰還した。
暖かい液体の中で僕は目を覚ました。
目を開けるとそこは多分BASE内だと思うが、大きな機械が幾つも設置された薄暗い部屋で、中には研究者達が数名立って機械に付いている画面を見ていた。
彼等は僕が意識を取り戻している事に気が付くと、機械を操作して僕が入っている水槽の水をゆっくりと抜いた。
「げほっ、げほっ」
久しぶりの肺呼吸に思わず咽ながら、僕はゆっくりと立ち上がる。
やがて水槽の役割をしていた透明なガラスが左右に開き、研究者の一人である黒人の男性が僕に白いタオルを差し出す。
彼も一見人間にしか見えないが、ハロルさん同様エータ星人だろう。
「ありがとうございます」
タオルで体を拭っている最中、僕は研究者の男性に尋ねる。
「あの、僕はどれぐらい意識を失っていたんですか?」
「……およそ二週間程度です」
何気にハロルさん以外の研究者の人と会話するのは初めてかもしれない。
今まで話し掛けてはいたけど、全部無視されていたから少し驚いている。
今度は研究者の男から僕に言葉を発した。
「おめでとうございます。貴方は正式に我々に認められました」
「どういう事ですか?」
「意識を取り戻した事を知れば、きっとハロル様が喜ばれます。ハロル様は資料室に居ます」
彼は僕の質問に答えず、代わりに新品の白い被験者服を僕に差し出した。
着替えた僕は一度研究者達にお礼を言ってから、資料室へ向かう。
資料室の中では、ハロルさんが椅子に座って待っていた。
手元に資料や本の類はなく、ただ座っている。まるで僕が来るのを分かっていたかのようだ。
「意識が戻られたのですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます。なんだか、二週間も意識を失ってたなんて変な感覚ですね。正直自分が何でこんな状況になってるのか覚えてないんですが、地上で一体何があったんですか?」
「どうやら一部記憶が消えてしまってるようですね。ご安心下さい、逃げた子供達は全員保護しました。京一さんは地上で人間の女に襲われた際に頭部を強く打ち、私が駆けつけた頃には意識を失っていました」
「そうですか。ハロルさんが僕を助けてくれたんですね。ありがとうございます」
ハロルさんは僕の周りをぐるっと一周した後に安堵のため息を吐いてこう言った。
「後遺症が残らなくて良かったです」
「頭を打っただけなのに、全身を見て大袈裟ですね」
ハロルさんは僕の言葉にコンマ数秒沈黙した後。
「お恥ずかしい話。私にとって京一さんは大切な人ですから、少し大袈裟になってしまいました」
そう言って頬を少し赤らめるハロルさんに、なんだか僕まで恥ずかしくなってくる。
「でも、こうして被験者の服を着てるとなんだか自分も被験者になった気分ですね」
恥ずかしくなって、話題をそらした時にハロルさんは先程よりも長く、分かりやすく動揺し沈黙した。
その様子に得体の知れない恐怖と共に寒さが襲ってくる。
「流石京一さん。鋭いですね」
スッと無表情になり、僕の目をじっと見つめてくる彼女に僕は固まった。蛇に睨まれた蛙とは正にこの事だろう。僕は指先一つ動かせないままハロルさんの言葉を聞くことしか出来ない。
「我々に残された時間は残り僅かです。その中で成果を出すためには今までと同じ実験と並行して別の実験をするべきだと、BASEは判断しました」
「……別の実験?」
「その被験者が貴方です。京一さん」
その瞬間、ブワッと全身から汗が吹き出し、この場から逃げなければいけない衝動に駆られた。遂にこの日が来てしまったのだ。
僕の発案した計画は失敗に終わり、無能だと判断された結果研究者側から被験者側に移動させられる。最初から分かっていた結末が、いざ目の前にあると怖くて仕方が無い。
「怯えているのですか?」
ハロルさんの質問に首を縦に振りたくても、恐怖で体が硬直し動かない。
何度か失敗しながらも辛うじて声を発して僕は尋ねる。
「じ、実験内容は……一体……?」
僕の質問に視線を逸らしたハロルさんは、しばらく言い淀んだ後に意を決した様に少し小さな声で答える。
「交配、実験です」
「…………はぁ?」
「あの、どういう事ですか? 交配って、何と何を……いや、僕が被験者という事は……まさか!」
言いかけようとした僕の口を慌てて両手で塞ぐ。ハロルさんは顔を真っ赤にしていた。
理解が全く追いつかないが、ハロルさんに口を塞がれてなければ声を大にして叫びたい。
なんでそうなった? と。
戸惑う僕の口を塞いだまま、ハロルさんは僕に追い打ちをかける。
「貴方の遺伝子を私に下さい」
一年後。
この一年間、沢山の出来事やトラブルが起こったが、ここには結末だけ記そうと思う。
結局エータ星人の遺伝子を人間が取り込む方法は上手くいかなかった。
実験の過程で沢山の犠牲者も出た。とても僕には背負いきれない罪だ。
しかし、僕は人間よりもハロルさんの、エータ星人の味方になると決めたのだ。その選択には今も後悔していない。
事件の過程で生まれた超能力者達は、残されたBASE内を拠点として僕と共に生活していく事になった。
エータ星人が地球を発つ日、最後の別れを告げる時のハロルさんは僕の子供を身籠っているがその姿は変わらなかった。
それも当然だろう。僕が見ている姿は科学技術によって作り出された仮初なのだから。
最後までハロルさんは本当の姿を見せてはくれなかった。
「それでは、我々は星に帰ります」
「やっぱりお腹の子供も心配だ。ハロルさんだけでも地球に残れないのか?」
最後の最後に格好悪いところを見せる僕にハロルさんは優しく微笑む。
「我々の技術を信じてください。お腹の子も私も必ずまた地球にやってきますから」
その言葉に僕も彼女に負けないような笑顔で答えるべきだろう。
「じゃあ、それまでに僕はエータ星にも無いような。発明品を沢山作っておくからまた地球に来るときを楽しみにしててよ」
「それは楽しみです。今までありがとうございました。京一さん、私は貴方に会えて幸せでした」
最後にそう言い残し、エータ星人達を乗せた母艦は瞬く間に宇宙へと飛び立って行った。
遥か上空をしばらく見上げた後、僕はBASEへと戻った。
エータ星人達が残してくれた資料を元に、地球の歴史に名を残すような大発明をするのだ。
五十年後の未来でもきっと僕の名前が残る様な、そんな発明を――。
Esper from BASE 花水 遥 @harukahanami
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