第11話 東風(こち)吹かば
一度目の蘇生では上手く行かず、時間をおいて二度目で心拍が戻った。その後安定して心音が刻まれ、一命を取り留めた。そのまま1週間位、眠ったっ様になり心配もしたが、ようやく意識も取り戻した。その顔を見るなり集まって居た家族は涙した。もちろん僕も声にこそ出せなかったけれど、号泣だった。口々に「良かった」「頑張った」などの言葉か静かに飛び交っていた。意識を取り戻した翌日、法子が何かを言いたげに僕を見るので、「どうした?何か言いたい?マスク外そうか?」と聞くと少し笑って、小さく頷いた。苦しくなったらすぐに出来る様に、そっとマスクを胸元に下した。じっと法子を見つめると。微かな声で「私、夢を見ていたの。会えなかった私たちの、子供と和也と3人で、お花見しながら、お弁当を食べていた。」と苦しそうな顔をしながら話してくれた。しかし、それよりも驚いたのが、あの日、法子の心臓が一時停止した時に、僕が見た夢と同じだったことだ。続きを話そうとする法子の唇にそっと人差し指を当て「僕も見た。その続きは、君とその男の子が遠くに行ってしまう夢。そしたら君が危篤状態になったんだ。」と続けると、目を大きく見開き「じやぁ、あれは夢じゃなかったのね?」と法子が続ける。その見開いた眼に涙をいっぱいに貯め「会えたんだね、私達」そう言って静かに涙を流した。後日回復して、もう少し話が出来る様になってから、更に続きを話してくれた。その後、その男の子が桜吹雪の中走り回るので危ないと思い、急いで追いかけた。程なくして捕まえて抱っこする。和也に手を振るけれど貴方は気付いてくれない。そうこうして居るうちに、その子が下ろしてくれとせがむから、下すといきなり私を突き飛ばして、走って行ってしまった。その時、声だけが頭の中に響いて、「ママごめん。一緒に居られなくて、ごめんなさい。」そんな声が聞こえた所、で暗闇に落ちるように意識を失ったらしい。「僕が見た夢と少しの違いこそあれ、辻褄は合うと思う。多分あの子は法子を守ってくれたんだ。」と言い法子の手を取った。それからの法子の回復は目覚ましかった。そんなことが有った、あの日から数か月でみるみる体力を回復し、沢山ではないが自力で食事も出来る様になった。
そして、回診に来た主治医からは「経過がだいぶ良い様ですから、お薬減らしましょうね。」と言われた。こんな日が来て欲しいと願いながらも、無理かもしれないと思った事もあっただけに、その一言が、本当にうれしかった。そして更に半年が過ぎる頃には、リハビリも始まり、退院と言う大きな目標が出来た。それは、法子が闘病に入って2年と4か月が過ぎた頃だった。それでもまだ、寝たきりになって居て、細くなってしまった筋肉を食事に依って回復させながら、同時に体を動かしてリハビリすると言う、気の遠くなるような時間だった。それでも、法子の素晴らしい生きたい思いは、全ての物を生きるエネルギーに換えた。
入院して3回目の正月が過ぎる頃、まるでアンドロイドの様に沢山の管やセンサーケーブルで繋がって居た彼女から、それらは少しずつ外されていき、今は数本になった。最悪のときから考えると、顔もふっくらとして笑顔も増えて来た。回診にに来た看護師が「ずいぶん良くなって来ましたね。でも、焦りは禁物です。自然の力に任せたらどんどん良くなりますから、焦らず、自然に身を委ねてくださいね。」とにこやかに言って、病室を出て行った。
窓から病室に差し込む日差しも、だんだん強まって来る事も相まって、心が軽くなって来るのが解る。「やっと、やっとここ迄来れた。」と心の中で呟き、彼女の為に力を尽くしてくれた病院関係者、そして精神的にも金銭的にも支えてくれた法子の兄や母には感謝しかない。何より、頑張った法子が一番だと思う。
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