第14話 大切な人形

 みんなは、アルバイトをしたことある?

 コンビニだったり飲食店だったり、交通量を調べたり、色んなアルバイトがあるよね。

 でも中には高額な給与に惹かれてやったら、闇バイトだったなんてケースもあるから、アルバイトを探すときは気をつけないとだね。


 そんなアルバイトだけど、私、三坂アオイはファミレスでバイトをしてるの。

 日本中に何店もチェーン店を構えているファミレスで、私は週に2、3日くらい、そこで働いてるの。


 最初の頃は注文を取るのにとまどいもしたけど、今ではちゃんとできるようになって、問題なくこなしてる。

 そんなファミレスでのアルバイトだけど……私の働いているお店では時々、ちょっと変わったお客さんが来るの。

 どんな人かと言うとね……。


「ねえねえアオイちゃん、あの人また来てるよ」


 バックスペースで私に話しかけてきたのは、先輩の女性スタッフ。

『あの人』っていうのは、たぶんあの人かな?


 すると、8番テーブルから呼び出しがかかった。

 私が行くとテーブルには高齢の、60代くらいの女性が一人。

 ニッコリとした笑顔で注文をしてくる。


「カルボナーラと、ハンバーグセットをお願いね。あとデザートに、こちらのケーキも」

「はい、かしこまりました。カルボナーラとハンバーグセットと、ケーキですね」


 注文を取りながら、内心思う。

 きっと一人でこんなにたくさんは、食べられないよね。

 けどこれはいつものこと。

 私はテーブルの、女性の向かい側の椅子にチラリと目をやる。


 たくさん注文したのは自分で食べるためだけじゃなく、たぶんアレにあげるからだよね……。


「え、なに? サティちゃん、ポテトもほしいって? すみません、ポテトも追加でお願いできますか」

「かしこまりました。ポテトをお一つですね」


 私はスマイルを保ちながら、注文を取る。

 たぶん事情を知らない人が私たちを見たら、不思議な光景に思えただろう。

 ポテトを頼む前、女性が話していた『サティちゃん』という人物。

 いや、正確には、人物と言っていいのかな?

 それは女性の向かいの席にちょこんと座っている、フランス人形だった。


「それにしても、今日は暑いわねえ。サティちゃん、お水飲む?」


 まるで子供か孫と話すみたいに、人形に話しかける女性。

 青い目にブロンドヘアー、黒いゴシックドレスを着ている人形は、どうやらサティという名前のようだ。

 私はそれに対してはなにも言わずに、注文を受けるとバックスペースへと戻っていく。


「カルボナーラとハンバーグセットとポテト、それと食後にケーキです」

「ご苦労様。それにしても、相変わらず人形の分まで頼むわねえ」


 苦笑いを浮かべる先輩。

 あの人形を連れた女性は、このお店の常連客なの。


 来るときはいつもサティちゃんというフランス人形を持ってきて、大事そうに扱っている。

 いや、持ってきてると言うより、連れてきてる?

 たぶんだけどあの女性は、サティちゃんのことを自分の子供みたいに思っているのだろう。

 人間と同じように話しかけ、サティちゃんの分のご飯も注文する。

 バイトをはじめたばかりの頃はビックリしたけど、今ではもうだいぶ慣れた。

 ちょっと変わった人だとは思うけど、人形を大事にするのがいけないわけじゃないしね。

 他のお客さんと同じように接客するというのが、ここのスタッフの取り決めになっていた。


「料理を大量に残されるのだけは、どうにかしてほしいけどね」


 苦笑いをする先輩。

 うっ、それに関しては先輩と同意見だよ。

 いくらあの人がサティちゃんを人間同然に扱っても、やっぱり人形。

 注文した料理を、食べることはできない。

 いつも仏壇へのお供え物みたいに人形の前に置いて、そのまま手をつけずに帰っていってる。

 だからいつもサティちゃん用に出した料理は、廃棄するしかないの。


 食品ロスが問題視されている今、まだ食べられる物を捨てるのはどうかと思うけど、帰ってきた料理を他のお客さんに出すわけにもいかないし。

 いつもちゃんとお金を払ってくれてる以上、注文を拒否することもできないんだよね。


 調理スタッフも、あの人形を連れた女性が来たと聞いて「またか」って顔をしたけど、すぐに料理を作りはじめる。


 そうしている間に、私は別のお客さんの注文を取りに行く。

 今度はいたって普通のサラリーマン風の男性。

 注文を取って、バックスペースに戻ろうとした時、あの人形を連れた女性のいた席が空席になっていることに気がついた。


 いや、正確には空席じゃない。

 席には女性のバッグが置いてあったし、なにより人形のサティちゃんがちょこんと席に座っている。

 たぶんあの女性は、トイレにでも行ったのだろう。

 気にせず戻ろうとしたその時……。


「おい、あの見たかよ婆さん。人形に話しかけてたよ」

「ああ。キモいよな」


 そんな声が聞こえてきて、見れば近くの席にいた私と同じくらいの歳の、男子高校生が3人、ゲラゲラ笑っていた。

 あの制服。私が通ってる、浅蔵高校の制服だ。


「サティちゃん、だってよ。あの婆さんには、あの人形が子供みたいに見えてるのか?」

「なあなあ。それじゃあ戻ってきた時、人形がなくなってたら慌てるんじゃね?」

「へへ、面白そうだな」


 そう言って3人組の一人が席を立ち、あの女性のいた席に近づいて人形に手を伸ばす。

 けどもちろん、そんなことは見過ごせない。

 私は慌てて、彼に声をかけた。


「あの、すみません。そちらの人形は他のお客様の持ち物ですので、勝手に触るのは……」

「はぁ?」


 不機嫌そうな声を出して、怒ったような顔をされる。

 ヤバ、これはきっと面倒なタイプの客だ。


「なにバカ言ってんだよ。オレがこの、キモい人形を盗ろうとしたって言うのか?」

「いえ、そういうわけでは……けど今、その人形を触ろうと……」

「あぁ!? この店の店員は、客に言いがかりをつけるのかよ?」


 男子高校生は逆ギレしてきて、さらには席にいた2人もやってきて、私をにらんでくる。

 マズイマズイマズイ!

 スタッフの誰か、助けに来てー!

 すると、焦ったその時……。


「あらあら、何の騒ぎかしら?」


 人形の持ち主である、あの女性が帰ってきた。

 女性は私たちのただならぬ空気に驚いていたけど、あの人形……サティちゃんを抱っこする。


「サティちゃん、何があったの? ……うん

 、うんうん……まあ!」


 人形に向かって少し話した後、女性は怒った様子で男子高校生たちを見た。


「アナタたち、サティちゃんを誘拐しようとしたそうね!」

「は? してねーよ!」

「嘘おっしゃい。サティちゃんが言ってるわ。アナタに連れていかれそうになったって!」


 そう言って女性が指差したのは、さっき人形に触れようとしていた男子。

 だけど……あれ?

 その時この女性はいなかったはずなのに、どうして実行犯が彼だってわかったんだろう?

 指摘された彼はギョッとしたみたいだったけど、すぐに言い返す。


「なんだよババア! いいかげんな事言ってんじゃねーよ!」

「ふふっ、サティちゃんは何でもお見通しなのよ。浅蔵高校の石橋達二くん」

「なっ!? どうして俺の名前を?」


 あの人、石橋達二って言うんだ。

 けど、名前がわかりそうなものなんて身に付けてないのに、なぜわかったんだろう?

 すると女性は続け様に。


「サティちゃんは何でも知ってるのよ。そっちの二人は、成瀬翔くんと三上陸くんね。この事は覚えておくから」


 名前を言われたとたん、二人が目を丸くする。

 この反応、たぶん当たっているのだろうけど、次々と名前を言い当てるのは何だか気味が悪い。

 きっと彼らもそう思ったのだろう。

 さっきまでの勢いはなく、3人で顔を見合わせている。


「なんだよこのババア……おい、もう行こうぜ」


 3人はバツの悪そうな顔をしながら、逃げるようにレジに向かっていき、後には女性と私が残された。


「あの、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「アナタはいいのよ。サティちゃんが連れていかれそうになったのを、助けてくれたんでしょう」

「え、見てたんですか?」

「ううん、サティちゃんが教えてくれたのよ、三坂アオイさん」


 今度は私の名前を言い当てた女性。

 どうして? 名乗ってないはずなのに!?


「あの、どうして私の名前を?」

「ふふ、サティちゃんにわからないことなんてないのよ。サティちゃん、アナタの事が気に入ったみたい。ねえ、抱っこしてあげてくれない?」

「ええっ……」


 女性は人形を差し出しながらニッコリ笑っているけど、いいのかな?

 さっきのを見た後だと、ちょっと不気味に思える……って、人の大事なものをこんな風に思うのは失礼だよね。


「では、失礼します」


 私は赤ちゃんを抱っこするみたいに、人形を受け取る。

 手にしたとたん、ずっしりとした重さが腕にかかってきた。

 人形って、こんなに重いんだっけ? まるで本当に、赤ちゃんを抱っこしているみたい。


「よしよし、いい子ねー」

「ふふ、サティちゃん喜んでるわ」


 子供をあやすみたいに、人形を軽く揺らす。

 最初はちょっと抵抗があったけど、やっぱりただの人形だもの。

 別にそんな怖くはない……。


「アハハ!」


 えっ?

 今一瞬、人形が笑ったような……。

 その瞬間、私は気づいてしまった。

 無表情だった人気が、ニッコリ笑ってることに!


「──っ!?」


 全身にゾワゾワ~って寒気が走ったけど、驚いて人形を落とさなかった私を誉めてほしい。

 慌てて人形を、女性に返す。


「ふふ、驚かせちゃったかな? サティちゃんのこと、怖い?」

「い、いえ。そんなこと……」

「良かった。やっぱりアナタ、いい人ね。ビックリしたかもしれないけど、サティちゃんはとっても優しいから。余計なちょっかいさえ出さなければ、何もしないわ。これからも仲良くしてあげてね」

「は、はい……」


 私は失礼のないよう受け答えした後、バックスペースに戻っていく。

 あの人形と女性は、いったい何なんだろう?

 というか、これからも仲良くしてあげてって。

 ひょっとしてこれから私は度々、あの人形を抱っこしなきゃいけないのかなあ?


「……深く考えるのはよそう」


 私は気持ちを切り替えて、仕事へと戻って行った。



 それからも女性は度々店を訪れて、私は時々サティちゃんを抱っこするようお願いされてる。

 最初はちょっと気味が悪かったけど、続けていれば案外気にならなくなるもので、すっかり慣れてしまった。


 そうそう。あの人形を持っていこうとした3人組だけど、あれからしばらくした後、学校で見かけたの。

 そしたら3人とも事故にでもあったのか、体に包帯を巻いていて、とても痛々しかった。

 そういえば、あの女性が言っていたっけ。

 サティちゃんは、ちょっかいを出さなければ何もしない。

 つまり逆に言えば、ちょっかいを出してきた相手には何かするとも取れるわけで……。


 私はサティちゃんにも女性にも、失礼な態度を取らないよう誓うのだった。

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