第5話 虫のうごめくスイカ

 毎年夏になると、思い出す不気味な出来事がある。

 これはボクが、小学4年生の夏休みに体験した話。

 あの日ボクは友だちといっしょにプールに行って、ひとしきり泳いだ後、友だちと別れた。


「じゃあな、ショウタ」

「うん、またねー」


 手をふってから、自転車に乗って自分の家へと帰っていく。

 それにしても暑い。

 プールに入って涼しくなったばかりなのに、もう汗が出てきた。


 たくさん泳いで疲れたし、エアコンのきいた部屋でゴロンと横になって昼寝でもしたいけど。

 お母さん、節約のためって言ってなかなかエアコン使わせてくれないからなあ。


 なんて、心の中で愚直りながら帰宅。

 真っ先にお風呂場に行って、使い終わった水着を洗濯機に放り込む。

 前に入れ忘れて、お母さんに怒られたからなあ……。


「ああショウタ、帰ったの?」

「あ、お母さん」


 濡れた水着を洗濯機に入れていると、お母さんが声をかけてきた。


「ちょうどよかったわ。ショウタが帰ってきたら、スイカを切ろうと思ってたの」

「あ、そうなんだ」


 ボクは気のない返事をする。

 お父さんやお母さんはスイカが好きだけど、実はボクはそこまで好きじゃない。

 特別嫌いなわけでも、食べられないわけでもないけどね。

 けどここでふと、不思議に思った。


 うちではスイカはデザートで食べることが多いのに、どうして今食べるんだろう?


「手を洗って、茶の間に行きなさい。お父さんとお姉ちゃんが待ってるわよ」

「え、お父さん帰ってるの?」


 いつもならこの時間、お父さんは仕事に行ってていないのに。

 首をかしげながら手を洗って茶の間に行くと、そこにはお父さんとお姉ちゃんがいた。

 そして驚いたことが一つ。

 普段はなかなか使わないエアコンがついていて、涼しかったんだ。

 今日はいったいどうしたんだろう?

 お父さんはいるし、エアコンもつけてる……。


「どうしたのショウタ? 早く座りなさい」

「う、うん」


 お姉ちゃんに促されてテーブルについたけど、モヤモヤした気持ち。

 何かがおかしいような気がして、心の中に引っ掛かりがある。

 考えていると、お母さんが大きなスイカと包丁を持ってやってきた。


「みんなそろったわね。じゃあ、切るわよ」


 お母さんはスイカに包丁を入れて、切り分けていく。

 切ったスイカをお父さん、お姉ちゃんに配っていって、ボクの前にも置かれたけど。

 ボクはその切られたスイカを見て驚愕した。


「ひぃっ!」

「どうしたのショウタ?」

「す、スイカの中に虫が」


 目の前に置かれたスイカを指差しながら、声を震わせる。

 言っておくけど、ボクは特別虫が苦手なわけじゃない。

 蝶々やカブトムシを取ることだってあるし、毛虫のような嫌う人の多い虫も、そこまで毛嫌いしたりはしない。

 だけどそれでも、これは見過ごせない。

 だって切られたスイカの中にある、真っ黒な種。

 それは種じゃなくて、黒い蟻のような虫がモゾモゾと動き回っていたんだもの!


 何だコレ、何だコレ、何だコレ!?

 あまりの気持ち悪さに、吐き気が込み上げてくる。

 こんなものを見せられたら誰だって気持ち悪いし、食欲だってなくなってしまうだろう。

 だというのに、お母さんは平然と。


「しょうがないわねえ。だったら、お母さんのと取り替えてあげる」

「えっ?」


 ボクは耳を疑った。

 取り替えるとか取り替えないとか、そういう問題じゃないと思うんだけど。

 しかも新しく渡されたスイカにも、さっきと同じように虫が群がっていたんだ。


 ゾワゾワ、ゾワゾワっと、うごめく虫たち。

 ひぃっ! ムリムリムリムリ!


 だけどボクがこんなに怖がっているのに、お母さんもお父さんもお姉ちゃんも平然としている。

 もちろんみんなのスイカにも、虫が群がっているのにだよ!

 それどころか……。


「いただきます……うーん、やっぱり夏はスイカが一番だな」

「本当。冷たくて美味しいわ」


 お父さんもお母さんも、虫のうごめくスイカを平然と食べ出したんだ。

 なにやってるの! 早く吐き出して!


 だけどお父さんもお母さんも食べ進めて、お姉ちゃんまでスイカに口をつける。


 もう限界だった。

 さっきから何かが引っ掛かっていたけど、これは明らかに異常だ。

 ボクは慌てて立ち上がった。


「どうしたのショウタ?」

「どうしたのじゃないよ! みんなおかしいよ! どうしてそんなもの食べれるのさ!?」

「スイカを食べるのが、なにかおかしい?」

「ショウタ、好き嫌いはいかんぞ。早く食べなさい」

「そうだよショウタ。はい、あーん」


 お姉ちゃんが普段は絶対にやらないような、「あーん」をしてくる。

 たくさんの虫がいるスイカを、差し出しながら。


 違う、こんなのお姉ちゃんじゃない。

 お父さんもお母さんも、ボクの知らない人だ。


「うっ……うわああああっ!」

「こらショウタ、どこに行くの!?」


 ボクは無我夢中で部屋を飛び出して、それどころか家まで飛び出した。

 お父さんもお母さんもお姉ちゃんも、おかしくなった!


 外に出てしばらく走っていたけど、やがて息が切れて立ち止まる。

 お母さんたちが追いかけて来てないかと恐る恐る振り返ったけど、幸い後ろには誰もいなかった。

 けど、どうしよう?

 家に帰ったら、またあのおかしくなったみんながいるんだよね……。


「ショウタくん?」

「うわああああっ!?」


 いきなり名前を呼ばれて、ボクは驚いて悲鳴を上げた。

 声のした方を見ると、近所に住んでるおばさんが、ビックリしたようにボクを見ている。


「どうしたのいったい? 靴もはかないで」


 言われてボクは初めて、靴を履かずに逃げ出ていた事に気がついた。

 そういえば、太陽の熱を浴びたアスファルトがものすごく熱い。


「遊びに行くなら、靴くらいはいた方がいいわよ」


 おばさんは不思議そうにボクを見ながら言って去っていく。

 どうしよう? このまま裸足で歩き回るのはさすがに辛い。

 靴くらい、取りに帰った方がいいのかなあ……。


 ボクはいったん、家に帰ることにした。

 けどもしもお母さんたちに見つかったらと思うと、怖くてたまらない。


 開けっ放しにしてきたはずの玄関の戸は閉まっていて、ボクは恐る恐るそれを開いたけど……。


「あらショウタ、帰ったの?」

「──っ! お母さん!」


 玄関の戸を開いた瞬間、お母さんに見つかってしまった!

 また何かおかしな事を言ってくるんじゃとビクビクすると、お母さんはボクを見て言った。


「アンタ靴はどうしたの?」

「えっと、これは……」


 さっき飛び出した際にはき忘れたことを言うと、お母さんはキョトンとする。


「みんなでスイカを食べた? なに言ってるの、スイカなんて買ってないわよ。だいたいお父さんもお姉ちゃんも、まだ帰ってきてないじゃない」


 そ、そうなの?

 詳しく話を聞くと、どうやらさっきボクがプールから帰ってきてからの事が、お母さんの記憶からごっそりなくなってるみたい。


 それに確かにさっき脱いだはずの靴が玄関になく、それに洗濯機に入れたはずの水着もなくなっていることがわかった。


 ボクは靴と水着をなくしたことで、お母さんからこっぴどくしかられちゃった。

 しかられながら、こんなの理不尽だと思ったけど、それでもいつものお母さんに戻っていたことが、嬉しかった。


 だけどいったい、あの時のお母さんたちは何だったんだろう?

 この事を友だちに話しても、誰も信じてくれない。

 ただ一人だけ、幽霊やオカルトに詳しい友だちが……。


「信じられないなあ。けどもし本当なら、そのスイカを食べなくて良かったかも?」

「当たり前だよ。虫の入ってるスイカなんて、気持ち悪くて絶対に食べたくないよ!」

「それもあるけど……なあ、こんな話を知ってるか? 人はまれに異世界や霊界に迷い込むことがあって、そんな時は絶対にその世界の食べ物を食べちゃいけないって」

「そうなの? 食べたらいったいどうなるの?」

「二度と元の世界に帰ってこれなくなる。もしもショウタがこことは違う世界に迷い込んでいたんだとしたら、食べてたらヤバかったかも?」


 友だちの話を聞いて、ボクは再び恐怖が込み上げてきた。

 もしかしたらあのスイカに、虫がいてくれていたおかげで、助かったのかもしれない。


 ボクはあの時の光景がトラウマになって、二度とスイカが食べられなくなったけど。


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