若さゆえの過ち
ねこピー
第1話
若さゆえの過ち」
夜の雨は、事件現場を一層冷たく包んでいた。
刑事の浅倉は、現場のマンション前で立ち尽くしていた。白いシートに覆われた遺体を見下ろし、唇を噛む。
「被害者は元検事の佐伯裕二。転落死です」
後輩の西谷が淡々と報告する。
「……自殺に見せかけた他殺かもしれん」
浅倉はそう言いながらも、心のどこかで自分の手がかりの乏しさに焦っていた。
この事件には、腑に落ちない点が多すぎた。
第一発見者は佐伯の元教え子、弁護士の結城理沙。
彼女は泣きながら、こう訴えていた。
「先生は最近、誰かに脅されていたんです。『過去の過ちがバレる』って……」
佐伯は何かを隠していた。
過去の「過ち」とは何なのか。それがこの事件の核心にある。
浅倉は、かつての自分を思い出していた。
新人だった十年前、佐伯裕二は浅倉にとって「憧れの検事」だった。
あの日、浅倉は佐伯の裁判を傍聴した。
決定的な証拠がないまま、佐伯は被告を有罪に追い込んだ。
浅倉は、その執念に感動し、「正義とはこういうものか」と思い込んだ。
だが、それが間違いだった。
翌日、佐伯から呼び出され、こう言われた。
「正義は時に捏造される。だが、それも必要悪だ」
若かった浅倉は、その言葉を鵜呑みにした。
見て見ぬふりをして、疑わしい証拠を黙認した。
あの時、自分は……。
「認めたくないものだな。自分自身の、若さゆえの過ちというものを」
浅倉は心の中で呟いた。
捜査を進めるうちに、真実は浮かび上がった。
佐伯は数年前、冤罪を生んだ証拠捏造を、裏社会に知られていた。
口封じのために金を払っていたが、ついに追い詰められたのだ。
だが、犯人は別にいた。
それは――結城理沙だった。
彼女は、佐伯に教えられた「正義」を信じ、検事を目指した。
だが、大人になるにつれ、その「正義」が偽りだと知った。
「先生は、私に嘘の正義を教えたんです。だから……もう終わりにしたかった」
理沙は自白した。
佐伯を屋上から突き落とした、と。
浅倉は黙って彼女に手錠をかけた。
自分もまた、同じような「正義」に憧れ、過ちを犯したのだ。
それを認めるには、十年という時間が必要だった。
「俺も、間違っていた」
帰り道、浅倉は夜の雨に打たれながら、独り言のように呟いた。
それが、自分への唯一の償いだった。
若さゆえの過ち ねこピー @neco-pi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます