第4話 島

 三人は電車に乗っていた。もうすぐで流流塚駅につくという時に――


「あの時、理心はなんでわかったんだ?」


 漣夜は理心を不思議そうに見る。


「私じゃなくて、紫苑よ。普通に不審者を見たっていうからやばそうって思っただけ」

「なんだ! そういうことかよ……」


 漣夜は安堵したのか、紫苑の背中を叩いた。


「紫苑! 俺にも言ってくれればいいのによ!!」

「ハハハ…………」


 紫苑は曖昧に笑った。




 三人は流流塚駅で解散した。二人と別れた紫苑は帰り道を歩きながら、あの火災を思い出していた。楽しかった空気が一変、地獄へと変わった。その乱高下に紫苑は未だに浮足立っていた。

 それが原因だったのだろうか。紫苑は無意識の内にいつもだったら通らないような路地裏に入っていってしまった。


 紫苑は先が見えない路地裏を進む。時間帯はまだ夕方だ。路地裏の反対側が見えないと言うのはあり得ない。そのことは紫苑自身、一番よく理解しているはずだ。今ならばまだ引き返せる。それでも紫苑は路地裏の奥へと入っていく。



 ――長い



 紫苑はあれからどれくらい歩いただろうか。壁から換気扇が消え、配管が消え、いつしか木造に変わっていった。



 ――おかしい。



 ――何かがおかしい。



 ――だが、手遅れだった。



 引き返すことができないという確信だけが紫苑の中にあった。



 ――光だ。



 眩い光に紫苑は手で目を覆う。そして、光が収まり、紫苑はゆっくりと目を開けた。



 ――は?



 紫苑は後ろを振り向く。しかし路地裏などあるはずがない。なぜならここは――


「島……?」


 紫苑の背後には砂浜がある。そして、そこに流れ着く、波の音だけが静かな島に響き渡っている。周囲には海があり、地平線まで何も見えない。

 島の大きさは驚くほど小さく、紫苑が今、立っている場所からでも全容がわかるほどだ。島には木や草は生えておらず、あるのは砂浜、鳥居、石畳の参道、そして等間隔に配置された石灯篭。極めつけに社殿。ここは神社のようだ。


 紫苑は空を見上げる。



 ――大きい。



 天を衝くほどの巨大な鳥居だ。こんな島に作れば島のほうが壊れてしまうほどの鳥居。絶対に支えられるはずがない。しかし鳥居はびくともせずにそこに建っている。


 紫苑は社殿へと歩を進める。空を見上げた時、太陽は真上にあった。時間帯は正午くらいのようだ。ここは一体どこなのだろうか。

 

 そして紫苑が社殿の傍に着いた時、背後から何者かの声がした。


「珍しい。こんなところに客人とは……」

「――ッ!!」


 紫苑はすぐさま振り向いた。背後には広大な海が広がっており、人一人いなかったはずだ。


「ここでは、参拝できませんよ」


 立っていたのは男のようだ。白い狐のお面を被り、まるで平安時代の貴族のような着物を着ている。その服装は現代から見れば、時代錯誤ともいえる。しかしこの鳥居や建物と合わされば、場違いなのは紫苑の方に思える。


「ここは大社なんです。でも祭る神がまだいない」


 狐面は懐に手を入れる。


「まあ、せっかくこんなところに来て、何もなしってのもかわいそうなので…………」


 そして札のようなものを取り出し、紫苑に渡してきた。


(五芒星……?)


 線の一本一本が定規を使わずに乱雑に引いたように歪んでいる。辛うじて、星だとわかるが、まるで手抜きのようなその図形に紫苑の顔には困惑の色が浮かんでいる。


「好奇心は猫をも殺す。なぜここに来てしまったのか……。まあ、どうしようもなくなったら、使ってください」


 狐面は立ち去ろうとする。紫苑は慌てて狐面の腕を掴んだ。


「あなたは、何なんですか!? というかここは!? 僕は帰れるんですか!?」


 狐面が振り返り、紫苑を見る。狐面は質問の意図が理解らず、きょとんとしているように見える。


「帰れますよ? ここは――夢みたいなものです。もうすぐ、目が覚めるんじゃないですか?」


 狐面は紫苑の手を振りほどき、再び歩き出した。


「あの、貴方の名前は!?」


 紫苑は最後に名前だけでも聞こうと声を張り上げる。


「もし、あなたがまたここに来たなら、その時、教えます。でも来ないことを祈ってますよ」

 

 狐面は紫苑に背を向けて、歩いていき、鳥居の前で立ち止まった。


「何をやっても結果は同じなんですよ。今も昔も」




 ――これから先もずーっとね。

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