第四話:お詫びの時間

 沈黙がしばらく続いたあと──まひるがそっと、手を差し出した。


 空の前に差し出されたその手は、ほんの少しだけ震えているようにも見えたけれど、しっかりと意思を持った動きだった。


 空が戸惑いながら手を伸ばすと、まひるはそのまま空の手をやさしく握り、自分の隣のスペースをぽんぽんと叩いた。


 「……わたしのこと、そんなによく見てくれたの。……嬉しいよ」


 まひるはまだ少しだけ頬を赤らめたまま、だけど口元にはイタズラっぽい笑みが浮かんでいた。


 「でもね、空に言われた言葉で……ほんのちょっと、傷ついたの。だから今日は、ちゃんと“お詫び”して?」


 「お詫び……?」


 まひるは空の手を引いたまま、自分の横にそっと座らせる。


 「まず、クッキー。食べさせて」


 「……あ、うん」


 空は少し照れながら、ラッピング袋をほどいて中からクッキーを一枚取り出した。形は不揃いだけど、まひると一緒に作ったやつだ。昨日の夜、台所で笑いながら生地をこねた記憶がよみがえる。


 まひるは少し体を傾けて、空の方を向く。空はぎこちなく、クッキーをまひるの口元に差し出した。


 「ん……」


 まひるが小さく口を開き、クッキーをぱくっと齧る。


 さくっ、と音がして、ふわりと甘い香りが鼻に届いた。


 その瞬間、空の心臓が跳ねた。


 (なに……なんで、こんな……)


 口元に触れる唇、ほっぺの動き、まひるの喉がごくんと動く音──全部がやけにリアルで、全部が、ドキドキを連れてくる。


 「……んふ、やっぱり美味しいね、これ」


 まひるがほっとしたように笑う。口元に残った小さな欠片を指先でぬぐいながら、空の目をまっすぐに見る。


 「それから……今日一日、お出かけのあいだは、ずっと手を繋いでてね」


 「……うん」


 頷くのがやっとだった。


 まひるの柔らかい笑顔と、ほのかに光るリップが、また空の視界をくすぐる。


 (……やっぱり、エッチだ)


 心の中だけでそう呟いた空の顔は、どうしようもなく真っ赤だった。

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