第21話「鈴音と黒曜、ふたりの共闘」
金の属性を持つ核の呪の符は、切れ味鋭い刃物を思わせる危険な気を放っていた。研ぎ澄まされた刃のように鋭く、近づくだけで肌がひりつく。解除を間違えば、霊的な刃で切り裂かれてしまう。一瞬の油断が命取りになる。
鈴音の額に汗が流れた。手のひらも汗でべっとりと湿り、符を持つ指先が震える。慌てないように慎重に印を結んでいく。
(落ち着いて……一つずつ、正確に……)
術式の抵抗が激しく、生きた刃物が鈴音を拒んでいるかのようだった。
三つ目の核が消失した時、鈴音はその場に膝をついた。体力と霊力の消耗が激しく、立っているのがやっとだった。
「随分と疲れているようだ……少し休め」
「いえ、時間がありません、あともう少しですから」
黒曜が支えるように手を差し伸べた。鈴音は黒曜の手を取り、立ち上がった。あと二つ。絶対に諦めるわけにはいかない。
この辛さなど、皆の命に比べれば何でもない。
北の呪の符は、危険な罠が仕掛けられていた。水の属性を持つ核には、強力な反撃呪術が込められている。
鈴音の全身に悪寒が走った。この核からは、死の気配が濃厚に漂っている。
解除を試みた瞬間、呪いの逆流が鈴音を襲った。ゴオオオという耳のそこで鳴る不気味な音と共に、闇色の波動が彼女の精神を侵食しようとする。
「これは……!」
腐った池の底のような、嫌な匂いが感じられ、鈴音の意識が闇に引きずり込まれそうになった。
手足の感覚が消え、自分の身体が遠くなっていく。まるで深い沼に沈んでいくような絶望感。この逆流に捕まれば、永遠に戻ってこられないと、遠のいていく感覚の中で鈴音は思った。
身体が宙に浮き上がり、見えない力に引きずられていく。
(だめ……意識が……)
鈴音の視界が薄れていく中、最後に見えたのは黒曜だった。その美しい顔が、まるで水の中で揺らめいているように見える。時間が止まったかのように、その一瞬が永遠に感じられた。
「鈴音!」
その声が、薄れゆく意識の中で鮮明に響いた。
黒曜の叫び声には、これまで聞いたことのない切迫感が込められていた。
黒曜は咄嗟に鈴音を抱きしめ、自分の妖力で庇った。冷たい妖力が鈴音を包み、呪いの熱を中和していく。その瞬間、呪いの逆流が激しく爆発し、周囲の空気が震えた。
やがて呪いの熱さが引いていき、鈴音の意識がはっきりしてきた。自分を支える強い腕、包み込む優しい妖力――黒曜が自分を救ってくれたのだと理解した瞬間、胸が熱くなった。
「……黒曜……さま!」
鈴音の声が震えた。喉がからからに乾いて、声がかすれている。自分のせいで黒曜を危険に巻き込んでしまった。彼女は自分の心配をするより先に、黒曜を案じた。
「お怪我は、ありませんでしたか!」
その声を聞いた瞬間、黒曜の表情が安堵に変わった。鈴音が意識を取り戻したことへの安心が、彼の顔に浮かんでいる。
「構わない。君は無事か」
腕の中の鈴音を見下ろす黒曜の声には、安堵が込められていた。しかし、その表情には切迫感も漂っている。
「はい……黒曜さまこそ。ご無事で良かった」
「……ですが、この核は危険すぎます」
鈴音の声が震えた。このままでは、最後の核にたどり着く前に力尽きてしまう。
「私も力を貸そう、私に掴まるといい」
「ありがとうございます」
鈴音は黒曜の腕で支えられながら、立ち上がった。
鈴音が術式を発動させると、彼は彼女の周囲の気配を鋭く監視した。呪いの逆流が起こりそうになるたび、妖力がそれを察知し鈴音を庇う。
黒曜が危険を取り除いてくれることで、鈴音は術式解除だけに専念することができた。複雑な陰陽術の手順を一つ一つ確実に進めていく。
黒曜の完璧な警護の元、鈴音は自らの技術で四つ目の核を無力化することに成功した。
術を成功させた瞬間、鈴音は言葉にできない感動を覚えた。一人ではできなかったことが、彼がいたことで成し遂げられた。
最後の核は、大広間の中央に潜んでいた。土の属性を宿すそれは、五つの中で最も強力で複雑な呪術が施されている。脈動し、禍々しい黒光りを放っていた。
人々の呼吸が次第に浅くなっている。顔色は青白く、屈強な焔でさえ苦しげに眉を寄せていた。もう一刻の猶予もない。
「鈴音、気をつけろ」
黒曜が鈴音の真後ろで警戒していた。彼の鋭敏な感覚が、異常な気配を察知している。紫水晶の瞳が会場の隅々を見回し、妖力で周囲を探っていた。
その時、死のような静寂の中で、石を打つような冷たい足音が響いた。
「まさかここまで、あなたにできると思わなかったわ」
聞き覚えのある声に、鈴音が反射的に振り返る。薄暗い会場の奥から人影がゆっくりと現れた。深い眠りに落ちているはずの来賓たちの間を縫って、その人物は悠然と歩いてくる。
足音の主が姿を現した時、鈴音の世界が音を立てて崩れ落ちた。
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