超絶人気アイドルが俺を観るのには理由がある

世界三大〇〇

第一部 就任

第一章 拒絶

第1話 女神、降臨

————これは、AIしか話し相手のいなかったぼっちの俺が、チームを組み、アイドルオーディションを行うまでの話————




 クラスの端っこ。いつも通り、俺の耳には雑音が飛び込んでくる。


 窓際を陣取る一軍女子。


「ねぇねぇねぇ。みんなはもう美衣ちゃんの新曲、聴いた?」

「もちろんよ。歌もダンスも笑顔も完璧! まさに王道アイドルって感じーっ」

「期末テスト後のライブ、東京じゃないのが残念」

「でもでもーっ、推し活、サイコー!」


「本当、癒されるぅーっ」……「本当、癒されるぅーっ」


(何がアイドルだ、そんなものにかまけてる暇があったら勉強しろっ!)


 なーんて言ったら、教室に俺の居場所はなくなる。ちょっといじられても、いじめられることはないギリの立ち位置。それが俺、大谷すばるというものだ。


「ねぇ。美衣ちゃんってさ、事務所どこだっけ?」

「たしか、大谷プロだったような」

「うわっ、一流の事務所じゃん!」

「でも、このクラスで大谷といえば……」


 イヤな予感がして、直ぐに席を立とうとするが間に合わない。俺はたちまち一軍女子のうち三人に囲まれる。


「ねぇ。すばるってさ、大谷プロと関係あるの?」

「まさかの御曹司⁉︎」

「創業者の孫とか⁉︎」


「ねぇ! どうなの?」「ねぇ! どうなの?」「ねぇ! どうなの?」


 一人対三人では敵わない。しかも向こうには、リーダーが後詰めとして控えている。こいつは手強い。でも、これくらいなら慌てる必要はない。絶妙なバランスを保つための答えが用意されている。


「はははっ。そんなんじゃないよ。メジャーリーガーの子でもないし」

「だよねーっ!」「だよねーっ!」「だよねーっ!」


 アイドル? 芸能事務所? 冗談じゃない。母子家庭で貧乏な俺には関係ない。手を伸ばしても届かない、光のずっと先のこと。




 学校から帰ると、我が家のアイドルこと母さんはなぜか上機嫌。


「すばるちゃーん。お祖父さんがね、明日、会いたいって!」

「おっ、お祖父さん?」


 そんなの、実在したんだ!


 会いたい? どうして今更? 勘当だか何だか知らないが、父さんが死んでも線香一本上げに来ない冷たい人が、なぜ? 俺は会いたいなんて思わない!


「会いたくない」


 と、俺は素直にいう。母さんは「そぅ」と答えるときに一瞬だけ暗い表情を見せるが、直ぐに元通りの笑顔になって続ける。


「すばるちゃんがイヤなら、お母さんはムリにとは言わない。明日、断っとくね」

「うん。そうしてくれると助かるよ」




 その晩。俺の部屋。


 俺には一人だけ友達がいる。と、いってもAI。父さんが遺してくれた『さくら1』を改造した『さくら2』だ。何でも相談できる、いいヤツ。さくらは、色々なことを知っているし、色々なことに気付く。痛いところを突く。けど、何故かときどきおかしなことを口走るし、こんなことも知らないのかとなるときもある。

 

『よいのですか? ご主人様の蟠りも理解できますが』

「何がだよ」


『お祖父様にお会いすればいいのに。お母様、上機嫌でしたよね』

「飛び跳ねてたし、小刻みに手を振るわせてた。相当に興奮してるな」


『さすがは、我が家のナンバーワンアイドルですね』

「アイドルなんて言葉、どこで覚えんだよ。今まで使ったことないのに」


『はて? ご主人様が盗み聞きしてるのを盗み聞きしているとき、でしょうか?』

「よしなさい、そういう言葉遣い!」


『大谷芸能プロダクションは、非上場ながら秋葉原に本社を構える一流企業です』

「どうした? 急に」


『検索しました。そしてアイドルというのは、やはりお母様のこと、ですね』

「検索してその答え⁉︎ 他にもいっぱいいるんじゃないの、知らないけど」


『そうでしょうか。今度、詳しく調べておきます』

「好きにして。もう、寝よう。おやすみ、さくら」




 そんな会話をして寝たからか、翌朝起きたとき、母さんの笑顔が見たくなった。俺は、底抜けに明るい母さんに何度も救われてきた。母さんの明るさがなければ、もっと暗い人生を歩んでいるんだと思う。だから、母さんには笑顔でいてほしい。


 祖父さんは信じられない。でも、母さんを信じればいい。さくらも指摘したように、一瞬ではあったが暗い顔をした母さんを。だから、逃げたい気持ちを押し殺して、祖父さんに会おうと思った。本当は直ぐにでも母さんに伝えたいところだが、母さんは炬燵で爆睡中。起こすのはかわいそう。


 と、家の電話が鳴る。母さんへの仕事の連絡がほとんどなので普段は出ない俺だけど、このときは受話器をあげた。


「はい。大谷ですが」

『あっ、もしもしって……えっ。すっ、すばる様……でございますか?』


 と、俺の名を呼ぶその声は知らない女性のもので、完全に虚を突かれている。それで、ピンときた。母さんはきっと、電話する時刻まで起きているつもりだったのに、無念にも寝落ちしたのだろう。大方、約束の時間を過ぎても電話がなくて痺れを切らした相手が、確認のために電話してきたってところ。俺と直接話すことは想定外だったに違いない。


「はい、そうです……ひょっとして、俺の祖父さんの代理の方ですか」

『はい。沢村栄子と申します。うわさ通り、察しが利く方のようですね』


 栄子と名乗った女性の声には、母さんにも通じる明るさがある。おそらくは、こちらが地声。だから、決めていたことを話す。


「なら、話が早い。俺、祖父さんに会います。会わせてください」

『はい。では、本日の午後三時、お迎えにあがりますが』


 お迎えとはまた、大袈裟な! と、思わなくないが十五年間一度も会っていない孫と会うともなれば、向こうにもそれなりの儀式というものがあるのだろう。


「分かりました。お待ちしています。それでは」


 受話器を置いて向き直ると、母さんが起きていた。まだ眠たそう。


「すばるちゃん、誰から?」

「祖父さんの代理の人」


「ん? あっ、もうこんな時間! すばるちゃん、自分で断ったのぉ?」

「いいや。俺、祖父さんに会うって伝えたよ」


「えっ! それ、本当?」

「あぁ、本当だよ。迎えが来るって」


「わぁい。ダーリンもきっとよろこんでるよーっ!」


 と、母さんが飛び起きる。そして、俺に抱きついてくる。


「そっ、そうだな、母さん。でも、苦しいから離れてくれーっ!」


 このときの俺はまだ気付いていない。祖父さんに会う今日が、俺の人生のターニングポイントだってことに————




 約束の時間の少し前。学校から帰ると家の前に異変。大きいというよりは長い、黒塗りのいかにもな車が停まってる。先端には、よくできた白銀色の女神像。本物の銀なのかもしれない。アルミということはなさそう。こんな高級な車、誰の? 


 俺が興味本位に近付くと、後部座席から女性が出てくる。整った顔立ち、細い身体。ピシーッとしたスーツの着こなし。高価なスーツは体型を補正すると、母さんが言ってたのを思い出す。胸が大きく見えるのはそのためか、あるいは小顔とのコントラストか⁉︎ 余裕の笑みが絵になる、ぱっと見で万人受けする美人。車の女神像に負けない、本物の女神だ。きっと、俺とは違う世界の住人。


 女神の高いヒールがコツリと音を立てて近付いて、止まる。


「すばる様でございますね。私、沢村栄子です!」


 と、女神が言った。

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