第3話 狼藉(ろうぜき)

 


騒動はいつも夜起きた。純が中学二年生になったばかりのある夜のことである。

あの幽霊騒動からずいぶんたっている。


電気スタンドをふとんの中に持ちこんでもぐりこみ、

学校で借りた図書の本を、純はこっそり読んでいた。


するといきなり咬みつき亀が襖(ふすま)をバタンといきおいよく開け放って、

かなきり声でどなり散らした。

「あんたちゅう子は、いったいなにをしよるんでぇ」


叫んだかと思うと、読んでいたぶ厚い本を純の手から取り上げ、

怒りにまかせて思いっきりビリビリッと引きさいた。

純は恐怖でかたまったままなにもいえなかった。


佳奈は本を畳の上に投げつけると、さらに踏みにじった。

それだけの乱暴を働いたあと、やっと気がすんだらしい。

咬みつき亀は二階の自分の部屋へ戻っていった。


『なんでみつかったんだろう。怖っ』

本当に怖かった。

『あいつはいつもぼくをみはっている。こっそりのぞいている。きき耳をたてている』


恐ろしかった。いつまでも震えが止まらない。

あれだけの大騒ぎがあったにもかかわらず、誰も助けにきてくれなかった。


「なにを大騒ぎしとるん」

と気づかう者が誰もいない。


咬みつき亀がどなるのはしょっちゅうだった。

だけど今は夜中なのに誰も止めにきてくれる気配がない。

あきらめているのか、眠っていて気がつかないのか。


いくとかえって咬みつき亀を怒らせ、大騒ぎになる恐れがあるから、

みてみぬふりをしているのかもしれない。


それじゃ

『佳奈と同じだ。やはりぼくはこの家族とは人種が違う』

そう思う。


両親も、弟の剛(ごー)も、祖父母や、誰からもみすてられた気がした。

淋しかった。哀しかった。

こっそり電気スタンドを持ちこまなければ本を読めない家も嫌だった。


隠れて本を読んでいたやましさと、うしろめたさと、

なにもかもが合わさって、口の中が苦(にが)い。


それなのに、あんなことがあったのに純は眠った。眠れたのだ。

いきなりわけのわからないことで、叔母に叱りつけられたり、

ふってわいたようにどなられたりするのはいつものことだった。

なれていた。少しだけ図太(ずぶと)くなったらしい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る