第11話 スラムとギャング

濁った水たまりと油の匂いが混ざり合うスラムの裏路地。

 私はここに、違法部品の売人──“バルド”という名の男を探しに来ていた。


 >「警告:周辺エリアは《クロウズ・ネスト》の影響圏内。非公式武装組織。構成員の約60%が銃器を所持」


 「……知ってる。だから“最短で用を済ませる”んだよ」


 その矢先、路地の先から三つの影が現れた。

 革ジャケットに染み込んだ血の跡、片腕に組織の印。──見覚えのある連中だった。


 「よう、姐さん。ここ通るには“通行認証”がいるの、知ってるか?」


 一人が言いながら、腰のホルスターから短銃を抜いた。

 小口径の古い型だが、至近距離なら致命傷になる。


 「悪いが、手持ちはない。あんたらに渡す金も弾も、私にはねぇよ」


 私は冷ややかに返しながら、《スレイヴ・ラプチャー》のセーフティを外す。


 「おい、やる気か? 銃だぞこっちは──」


 「で?」


 言葉より先に、私は地面に向けて一発、AP弾を撃ち込んだ。

 粉砕された路面と同時に蒸気が吹き上がり、熱風がギャングたちの足元をさらう。


 >「威圧成功確率:現在67%。敵1名、トリガーに指をかけた状態。反応速度次第で交戦不可避」


 「そのまま引き金を引けば……三人まとめて煙になる。弾は惜しまないから安心しろ」


 一瞬の静寂。

 次の瞬間、男たちは撃ち合いを避けるように後ずさり、舌打ちした。


 「……チッ、どこの軍崩れか知らねぇが……覚えてろよ、“スレイヴ使い”!」


 「どうぞ。背中なら撃たない主義なんでな」


 連中は蒸気をかき分けて去っていった。

 私は銃口を下げながら、周囲を警戒して目を細めた。


 >「敵対フラグ:確定。以後このエリアでの奇襲リスク+35%。推奨:即時目的地へ向かい離脱」


 「……ああ。長居は無用だ」


 引き金の感触が、まだ指に残っていた。


路地の奥、壊れかけたレンガ造りの建物。その地下、薄汚れた布を下げただけの戸口をくぐると、目の前には脂ぎった男がいた。


 「おっと、嬢ちゃん……いや、姐さんか。そのツラと銃、並の稼ぎじゃねぇな?」


 「バルド。こっちは暇じゃない。早く“物”を見せてくれ」


 私はその場に立ったまま、銃を見せつけるように腰に当てる。


 「へいへい……殺気立つなっての。ほらよ。遺物指定の“未登録構成品”……3日前に北の区画で拾ったばかりだ」


 バルドが布で包んでいたのは、小型の魔導演算基板と見られる黒光りしたプレート。回路石板にも似ているが、構造はもっと複雑で未解析だ。


 >「検出:未知構成の回路石板。型番不明。記録痕あり──軍用魔導兵器に類似した符号多数。出処:違法の可能性70%」


 「ほう……これは確かに、役に立ちそうだな」


 私はプレートを手に取る。表面にはびっしりと魔法語のルーンが彫られ、通常の構文よりも階層構造が深い。


 「これは、どこで拾った?」


 「へっ、姐さんも食いつくか。……北の廃線跡よ。旧帝都防衛線の名残りらしい。だが今は獣と自律機兵の巣。探索者でも二の足を踏む場所さ」


 私は目を細める。

 ──つまり、そこにまだ遺されているわけだ。放棄された兵器、無人防衛網、そして使える部品。


 「場所、座標付きで教えろ。報酬は?」


 「そうだな……銅貨50枚ってとこか。情報料としては良心的だぜ?」


 「高いな。どうせ裏でも誰かに売ってるんだろうが」


 >「提案:交渉材料として《暴走機兵から得た回路片の解体データ》を仄めかすことで値引きの可能性あり」


 私はニヤリと笑った。


 「だったら交渉材料をやろう。──この前拾った暴走機兵の魔力回路、解析できるんなら、アンタにも利益あるはずだ」


 バルドの目がギラリと光る。


 「暴走機兵の魔力回路……!? マジかお前、それ、売り物にするつもりか?」


 「それ次第で、こっちの財布の開きも変わってくる」


 「……へっ、いいだろ。座標を教える。そっちは“魔力回路の写真”を、あとで送ってくれりゃいい。どうせここで扱える代物じゃねぇ。おまけに最近入った情報もくれてやる。この辺を支配してるギャングが”心核”の情報を持ってる。これを聞いてどうするかは、お前さん次第だ‥」


 「心核‥なんだそれは?まあいい‥契約成立だ」


 >「交渉完了。目的地座標登録完了──エリア名:《死者の鉄路》。廃区画内リスク:高」


 私は情報を受け取り、回路片をポーチに戻すと、バルドに背を向けた。


 「……気をつけな、姐さん。そこにあるのは“まだ目を覚ましたままの鉄の亡霊”かもしれねぇ」


 「だったら、私の銃で永眠させてやるさ」


 地下の薄暗がりに、私のブーツ音だけが響いていった。


 薄暗いスラムの裏通りを抜けようとした、そのときだった。


 >「警告:周囲に高熱源10体接近中──半円隊列。奇襲攻撃を意図した配置、射線制圧の意図明確」


 「……10人?」


 私は反射的に廃材の山の影に身を潜める。すぐに銃声が響き、石壁に火花が走った。


 カンッ! カンッ!


 「撃てぇぇッ!! 逃がすなぁッ!!」


 ギャング共の怒号が飛び交う。完全に包囲されている。


 「ユグド、戦況評価!」


 >「即時演算──現在位置・周囲遮蔽率38%、敵戦力10名・全員火器所持。推定勝率:正面突破時19%。煙幕・奇襲を組み合わせた分断・撃破戦術でも、推定勝率は42%。」


>「推定勝率42%。回避推奨──」


 「……ユグド、分析は感謝する。でも──」


 私はそっと腰のホルスターに手をかけ、銃を抜いた。


 「お前、私の実力をまだ見くびってるな?」


 >「認識修正不能:敵戦力10名、全員火器所持。正面交戦は危険──」


 「危険なのは知ってる。でも私は、元・特殊部隊所属で、元傭兵だ。追われて逃げるだけのネズミじゃない」


 私はスモーク・エミッタを手に取る。


 「ここで逃げたら、次はもっと酷い目に遭う。見せてやろうじゃないか──《生き残る者》が誰なのかを」


 >「……了解。作戦方針変更:《殲滅》ルートに再演算。戦術補助開始」


 スモーク・エミッタを起動し、白煙が爆ぜた。


 私は霧の中、素早く遮蔽物を活かしながら、まずは最も射線が通る位置にいたスナイパーを急襲。発砲音をかき消すように動きながら、頭部を一発で貫いた。


 「──1」


 そのまま身を屈めて移動。敵の連携が乱れ始めたタイミングで、遮蔽の裏から姿を現す。


 「そこが甘いんだよ!」


 2人目、至近距離で急襲。3発の連続射撃で撃ち抜く。


 >「戦力2名無力化、敵隊列:後衛右側に空隙発生」


 「次。そこ──っ!」


 3人目のギャングが煙の外から踏み込んだ瞬間、跳躍して背中に蹴りを入れる。倒れた敵に容赦なく銃口を向け、止めを刺す。


 「──3」


 >「推定戦況変化中。敵:混乱拡大、命令系統崩壊の兆候」


 ギャングの1人が叫んだ。


 「なんだこいつ!? 見えねえのに、なんで正確に来るんだ……!」


 「くそっ、照準合わせられねえ……っ!」


 >「戦術提案:突撃ではなく、後衛から順に各個撃破を継続。遮蔽と煙を最大限利用し、被弾リスク最小化」


 「言われなくてもやってる。──こっちはもう、殺る気だからな」


 残りのギャングたちは半包囲陣から退避し始めた。だが、もう遅い。


 私は別の廃材の影から姿を現し、4人目・5人目を立て続けに撃ち抜く。


 敵の誰かが怒鳴った。


 「ちくしょう、こんなことしてただで済むと思うなよ! 戦争だ!!」


 >「現在:敵残存数5名。うち2名は戦意喪失、後退行動。突撃可能」


 「よし、ここで畳みかける──」


 私は腰のポーチから最後の手段として購入していた《プレッシャー・シールド》を取り出し、腰のベルトの散布ユニットに装着、起動。


 蒸気の膜が体を包み込み、弾丸1発分の耐久を得る。


 「さあ、終わりだ。狩られる側の気分を味わえ」


 私は飛び出し、残る敵に向けて銃を乱射する。一人、また一人と倒れ、最後の一人は膝をついた。


 >「全敵勢力:戦闘不能または逃走。殲滅完了」


 ──静寂。


 私は煙の残滓が漂う中で、ゆっくり銃を下ろした。


 「言ったろ。私は、逃げない」


 >「評価更新:《戦術遂行能力》:想定より上方修正。新たなプロファイル構築中……」


 「やっとかよ」


 私は血と硝煙の残るスラムの路地を見渡し、小さく吐息をついた。


 ──この街では、情けをかける方が危険なのだ。

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